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第四十三話 一人じゃない

 アルテミスは呆気に取られていた。クロノスが吸収のタイミングを掴めぬまま、見るも無残に削られる。ラルフとミーシャ、そして白絶のコンビネーションの前にクロノスの敗北を幻視する。どれだけ再生しようが限界はある。いくら飛竜の生命力を吸い取っても、一方的に攻撃されては勝てるものも勝てない。


「ア……アルテミス様!!お助け下さい!!このままでは……!!」


 クロノスはとうとう根を上げた。助けを求めたその瞬間にも体は魔力砲に削られる。声を張り上げた喉も焼かれて痛々しい。

 突然の救援要請にアルテミスの体がピョンっと跳ねた。まったく予期していなかっただけに驚いたようだ。


『そ、そうだにゃ!イジメはやめるにゃ!卑怯者共め!!』


 アルテミスは拳を振りかぶってラルフたちに接近する。魔法が使えないが故の肉弾戦。アルテミスが作った肉体は特別製で、身体能力と体の頑強さを極限まで弄っている。ただ走っているだけが音速を越える一歩手前まで加速する。動けないラルフたちに接近するのに一秒と掛からない。

 フッと足が空回る。目の前に雲が漂い、一瞬自分がどこにいるのか分からなくなった。だが簡単に場所の区別が付く。


『……イイルクオン?次元の間じゃにゃい?』


 ラルフに接近した途端の次元跨ぎ。小さな異次元ポケットディメンションの力であることは明白。ラルフは自分を傷つけようとする敵をすぐさま放り出す。クロノスが接近した時にも同じことが起こっていた。アルテミスがちょっと間が抜けているからといって忘れていたわけではない。魔法を使えない状態で投擲、射撃武器の一つもない状況では接近する以外に攻撃方法がない。

 バッと振り返るも、既に異次元の扉は閉じられた後だ。アルテミスは虚空を睨みつけた。


『ラルフ……図に乗ってるにゃ……』


 神を相手にしてこれほど傲慢に振る舞うラルフの行動に、アルテミスの怒りはふつふつと湧き上がった。

 アルテミスの居なくなった次元の間ではクロノスが喚き散らしていた。


「アルテミスゥッ!?くそっ!!使えな……!!」


 ゴバッとクロノスの顎が吹き飛ぶ。


「神様をそんな風に言うなよ。バチが当たるぜ?」


 ラルフは調子に乗っていたが、クロノスの体をかなりの時間崩壊させ続けてミーシャの方が疲れてき始めた。それを白絶の思考共有で感じたラルフはミーシャの思考に横入りする。


(休もうミーシャ)


 ミーシャはラルフを横目でチラリと見て頷いた。彼女は穴から手を引っ込めて膝に手をつき、一息ついた後ぐっと背を伸ばしてクロノスを確認する。

 チリチリと音を立てて体から煙が出ている。抉り取られた腕や太ももはゆっくりとではあるが再生している。最初の頃の勢いは消え、クロノスの体が完全に再生しきる頃には衰弱しきっていた。絶命を回避し続けた影響か、魔力の消耗が激しいようだ。肩で息をしながら目が虚ろに、今にも意識が飛びそうである。魔力が枯渇寸前なのは明白だった。


「どうやら古代竜(エンシェントドラゴン)の魔力を使い切ったようだな。かく言う私も少し疲れたが……」


 魔力砲を大量に撃ち続けたミーシャは疲労困憊だが、それを強がりで隠す。実際クロノスに比べれば然程ではない。


「……酷い姿だな……蒼玉……君のそんな姿は……正直見たくなかったかも……」


 白絶は小さな(なり)でクロノスを見下す。いつでも余裕の姿勢を貫いてきた彼女の痛ましい姿に白絶は滑稽すら感じていた。


「……これが……時の流れというものか……君には無縁だと思ってたのにな……」


「……黙れ……」


 クロノスはようやく口を開いた。


「……寄ってたかってこの私を……よくも、よくも……!!」


「卑怯だぞってか?アルテミスみたいなことを言うな。自分のことを棚に上げて好き勝手言ってんじゃねぇぞ」


 ラルフは今にも崩れ落ちそうなクロノスに一切の隙を見せない。クロノスの一挙手一投足を見逃さないようにジロジロと見張る。


「ラルフ?どうしたの?」


 ミーシャはラルフの気の張りように少々驚く。クロノスへの警戒感が半端ではない。それも当然のこと。


「……もうお前を失いたくないからな」


 一瞬ポカンとした後、その言葉に目を丸くした。ふと、記憶がフラッシュバックのように流れる。ラルフと記憶を共有し、ミーシャを奪われた時の心境を事細かに知る。

 まるで恋人のように、まるで親族のように、まるで同一人物のように……。

 ミーシャは顔から火が出るほど恥ずかしくなった。心の底から大切に思ってくれる存在に出会ったことはミーシャの最大の幸運である。全ての生き物が怖がり嫌厭する中、たった一人のヒューマンは思い続けてくれた。ミーシャが生きることを許し、一緒に居てくれた。

 そう、ラルフこそが運命の人だ。


「俺はイミーナとは違う。これだけは必ずやり遂げる」


 ラルフはミーシャと白絶の顔を交互に見た後、二人の一歩前に出た。腰に下げたダガーナイフを抜き、クロノスに掲げる。


「蒼玉、お前をここで殺しきる」


 その勇ましい姿勢にクロノスは仰け反るように顔を上げた。


「ラァルゥフゥ……!私を前によくもほざきやがりましたねぇ!!彼女たちの力を借りねば何も出来ない愚かな存在がぁ!!」


「その通り、お前の言う通りだよ。蒼玉」


 クロノスは眉を(しか)める。


「俺は矮小で卑怯で愚かで、それでいてクズだ。ミーシャやベルフィアたち、白絶にサトリ……みんなが居なきゃ俺はここに居ない」


 しんっと静まり返る。この場のみんな、ラルフの言葉に耳を傾けている。


「俺の力は全部貰い物だ。トレジャーハンターとしてお宝を奪ってきたってのに、仲間の(ほどこ)しで生きてる。そこで俺は思った、無茶苦茶情けないってな……」


「……自分を卑下することで悦に浸っているのでしょうか?だとしたらお笑いですね。一人では何も出来ないと公言して恥ずかしくはないのですか?」


「恥ずかしい。けどな、国も民も部下も宝石も……何でも持っているくせに更に何でも欲しがって、奪い続けるたった一人のお前よりはマシだ」


「っ!?……きさ……まぁ……っ!!」


 クロノスの顔は怒りの血管で埋め尽くされる。握りしめた手から血が流れるほど力が入ったが、フッと唐突に脱力する。


「ふぅっ……それで?私にどうやって勝つつもりです?また先ほどの攻撃を繰り返しますか?……そうでしょうね。だって一人では何も出来ませんしねぇ?」


 煽り返す。ラルフはニッと笑った。


「ああ……それが正解だろうけど、興味本位でやってみたいことがあってな。それを実践する」


 クロノスに掲げたダガーナイフをポトっと落とした。切っ先の方を下にして落としたので、本来地面に突き刺さる。しかし下に落ちたナイフは刺さることなく次元の穴に吸い込まれた。クロノスは不思議な顔でそれを見る。いつまでも出てこないナイフ。


「……何を遊んでいるのでしょうか?」


「まぁ慌てるな。……そろそろ行けるか?3、2、1……」


 ガスッ


 クロノスが後ろに吹っ飛ぶ。そのまま無様に大の字に仰向けになると答えが見えた。額からダガーナイフが生えている。ラルフは次元の穴を使用し、隠れた場所でダガーナイフを延々と落下させ、最速をクロノスにぶつけた。ラルフ一行の鍛治師、ゴブリンのウィーが鍛え上げたゴブリンダガー。その鋭さは魔族の硬い頭蓋骨を軽々と貫通させた。


「俺一人でも出来ることはあったようだぜ?よし!ミーシャ、白絶、休憩終わり。あいつをやっつけるぞ」


「うん!」


 白絶もコクリと頷く。あまりに突然のナイフ攻撃にクロノスの再生が追いつかない。

 ミーシャはまたも次元の穴に手を突っ込む。


「……これで最後だ!クロノス!!」

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