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第四十二話 それぞれの戦い

 ブレイドがゼアルとの死闘を繰り広げている直後、エレノアもソフィーとの一戦に身を投じる。

 ほぼ同時に踏み込んだ二人の速度はエレノアが少しだけ(まさ)っている。それでもソフィーが付いて行けたのは、取り付けた魔道具と培われた戦闘技術、そして何より神々の一柱である”エレクトラ”のお陰だった。エレクトラはソフィーに力を授け、その力を引き上げた。

 光速で立ち回る二人は周りの被害関係なくぶつかり合う。音速を超えた殴り合いは音を置き去りにするに留まらず、ぶつかる度に衝撃波を発生させ、平地を荒地に変える。


「見なよイミーナ。私たちが魔王って言ってもさ、これだけの差があるのを見たら寂しくならない?」


 ティアマトはイミーナのガチガチに固めていた夜会巻きをふん掴んで首を上げさせる。頭や口から血を流し、ボロボロにされたイミーナは力無げに目を開ける。光と共に暴風が巻き起こっているのを視認した。


「わ、私たちと比べ……ケホッ……比べるのは、ま、間違っていますよ……」


 ニィッと口の端を歪める。ティアマトはさらに上に引き上げる。


「つまり?」


「あなたにも……私にも……彼女たちに出来ないことが……あると思い……ケホッ……思いますが?……ブフッ……ここまで言わないと分かりませんか?」


 そこらかしこに傷を負い、苦しみながらも何とか言葉を紡ぐイミーナ。ティアマトは首を縦に何度も振りながら視線を逸らす。


「……その通りね。いいこと言うじゃ無い?」


 掴んだ髪を離されたイミーナはそのまま地面にダイブして倒れこむ。虫の息のイミーナを見下ろしながらティアマトは額の宝石に魔力を込める。殺すつもり満々である。


()るのか?」


 そこに(くろがね)血の騎士(ブラッドレイ)の首を引っ提げてやって来た。今この瞬間にも放とうとしていた魔力砲を取り止め、鉄に振り向く。


「ん?あなたの部下?」


「いや、部下では無い。同族ではあるがな。黒影の側近ということで期待はしていたのだが、武器術に長けている以外は特に俺を脅かせる物は無かったな……」


 ガッカリといった様子の鉄。


「あっそう。こっちも同じ感じかな。図に乗っていた割りにはそこまで強くは無かったよ。朱い槍以外の攻撃方法が軒並み普通ってのも拍子抜け」


 ティアマトは肩を竦めてため息をついた。


「そうか……」


 二人は戦闘に不服ではあったが、勝利の余韻に浸っていたのは事実。他の戦いに目を向けられるだけの余裕があった。戦いはエレノアやブレイドだけでは無い、アトムとアンノウンの戦いにも目が向いた。

 鎧の塊が折り重なって出来た巨神と召喚獣ヘルとフェンリルの戦い。巨神の武器が唸り、フェンリルの頭を砕く。フェンリルが足止めに膝部分に噛み付いた直後の出来事だった。血のような黒い液体を流しながら消滅していく。ヘルは何とか戦えていたが、フェンリルの消滅によって攻撃の手数が減り、不利な状況へと叩き落される。

 アンノウンはフェンリルの消滅で次の召喚獣を出すことを決めた。


「まったく……滅茶苦茶な奴だね。結構強いのを召喚したはずだったのにさ」


「どど、どうするの?あんなの強すぎるよ……」


 歩は若干震えながらアンノウンに確認をする。


「そう慌てないで。私たちの目的はあくまでも時間稼ぎだから」


「え?そうなの?」


「ミーシャが居ないと倒せないよ。ラルフもそう言ってたでしょ?……まぁ、勝てるような召喚獣を出す気ではいるけどね」


 両手を広げて魔法陣を作り出す。


「……こんな時、僕は何も出来なくて……」


 歩は俯いて下唇を噛んだ。歩の特異能力は戦闘向きでは無い。こんな時、戦える者たちを羨ましく思う。


「戦えたところでアトムに近づくのは御法度だよ。あの力を封殺しない限り、戦いにならないからね」


 アトムの”言霊”は神の加護が無いものには遮ることも逆らうことも出来ない。言われた通りの行動をしてしまうので、カサブリアの時のように「息をするな」と言われれば動けない上に確実に死ぬし、もっと悪いのは「自殺しろ」と言われることだろう。アトムが遊ぶのを辞めたら反撃の機会さえ与えられない。

 アトムを相手にすれば魔王ですら勝ち目はない。


「そう……だね。うん、それじゃ僕は引き続き弱点を探るよ」


「よろしくね」


 フェンリルが膝に噛みついたのは歩の助言あってこそだ。巨大な人型を突き崩すなら真っ先に足を狙うのが定石。歩の索敵能力もやはり膝を狙うように目印が出た。だがやはりというべきか、膝に噛みついたところでアトムの生み出した巨神の膂力には敵わなかった。


「神には神を出すのが良かったかな?神殺しの方が行けると思ったんだけど、思った通りに進まないのは世の常だよね……」


 アンノウンはブツブツと文句を垂れながら出現させる召喚獣を選んでいた。


「北欧神話ときたら、やっぱりこの方を出さなきゃだね。いでよ!召喚獣”オーディン”!!」


 魔法陣から針の如く尖った金属が見える。長い長い金属の棒は三又の槍であることが腕まで出てきて分かった。銀色の全身鎧は光を反射し、見ようによっては純白の鎧に見えた。最高神オーディンは立派な馬に跨る。その馬の脚は伝説通り八本の足を有しており、スレイプニルであることは明白。頭の先から馬の蹄の先まで全てが神々しい。

 歩のオタクな部分が疼く。主神との邂逅に興奮も一入(ひとしお)だ。そんな歩を横目で見ながらアンノウンはニヤリと笑う。


「ヘルが耐えている内にもう一体行っとこうか。召喚獣”トール”とかどうかな?”スルト”とか出したら面白そうじゃない?ほらレーヴァテインの炎で焦土にしちゃうとか……」


「あ、あのさ……両方出しちゃうってのは?」


 歩は目を輝かせて尋ねる。


「ふふっ、贅沢だね……三体の召喚が出来る私には造作もないよ。折角だし行っちゃおっか?”ラグナロク”の続きを……」


 決した戦い、終わらない戦い、決着の見えない戦い。

 どちらにしろアルパザは消滅し、全てが一からの再建となるだろう。いや、瓦礫すら消滅したこの土地に戻ってくる酔狂な者は居ないだろう。飛竜の死と共に安全も消えた。

 最早この世界に安寧など望めまい。人と魔族、どちらかが死に絶えるまでは……。

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