第三十九話 超絶戦術
先ほどからいまいちピンと来ていなかったアルテミスも、クロノスとラルフのやり取りから何となく察した。
『え?え?ま、待つにゃ。この空間は魔法が使えなくって、元の次元では使えて……手の先を出すことで魔法を使って……そんにゃのズルだにゃ!チートだにゃ!』
「ズルの一つも使わなきゃ話になんないだろ?というかそっちはどうなんだよ。ズルいのはお互い様だろ?」
『いいや!そんなこと無いにゃ!一方的に攻撃を仕掛けられるなんてそんなの公平じゃ無いにゃ!ある程度のゲーム性はどんな場面にも必要じゃ無いかにゃ?!そう思わにゃいのか!?』
「……えっと……それはつまり……僕たちに接待をしろと……そう言いたいのかい……?」
白絶の言葉にアルテミスはぐっと詰まる。言いたいのは正にそれである。命の取り合いの前には戯言に過ぎない。丸腰に銃を突き付けられているレベルの不利な状況を鑑みれば、勝てないと判断しても無理はないがこれは戦争。何をしてでも生き残り、勝ちを拾わなければならないというのにこの喚きっぷり。つまりは単なる負け惜しみに過ぎない。
「なるほど……徐々に確実にあなた方を追い詰めていたと感じていましたが、どこかで一手誤ったようです。いやはや、素晴らしい逆転劇ですね。……しかしながら、タネ明かしが些か早過ぎたのでは?そうと分かれば対処の仕様もありますし、攻略法も見出だせることでしょう」
クロノスは鼻で笑って余裕の態度を崩さない。
「……そこまで言うなら試してみる?」
ミーシャは尊大な態度を取り続けるクロノスに挑戦的な笑みを浮かべた。クロノスの表情に笑顔が消えるその瞬間、
ドンッ
大気を震わせる音と共に背後から魔力砲を浴びせかける。心臓と思われる箇所にポッカリと大穴が開いた。生き物であれば即死は免れない。
だがクロノスにとってはかすり傷に過ぎないようだ。時を戻す力が自動的に発動し、すぐさま臓器を再生させる。吸血鬼以上に厄介な能力だ。
「ふ……ふふふ……死角からの攻撃とは……しかも急所ですか。簡潔で合理的でそして臆病。とくれば虫けらが図に乗っているのでしょうね」
「えぇ……?あれで死なないのか……それじゃ目一杯ぶち込むしかねぇよな?」
ラルフとミーシャが頷き合うのを見てクロノスの心に嫉妬心が芽生える。しかしそれ以上に現状の打開を図るため、一気に距離を詰めた。
体内で魔力を充満させ、身体能力を急激に強化させたクロノスの動きはミーシャ以外に捉えることは出来ない。古代種が一つ、飛竜の生命力とクロノスの元々持っていた能力の融合。誰しもがひれ伏すであろう力へと昇華した。
(どれほど私の一部を削ろうとも、私は完璧に再生する。触れれば勝てる。この事実は揺るがないのですよ)
クロノスの右手がミーシャに迫る。これを防ぐわけにはいかない。もし掴んだりしたら接触した箇所から吸収が始まってしまう。元の所有者である茂が使用していた程度の吸収速度であるならどうにでも出来た。ドラゴンを一瞬の内に吸収し尽くしてしまう速度にはハッキリ言って誰も勝てない。ミーシャも一瞬の内にミイラと化すことは必至。
最強だと思われるこの能力だが、クロノスは失念している部分がある。
ミーシャに触れるその瞬間、場面が切り替わる。自分が見ていたはずのミーシャの姿、隣にいたラルフと白絶の姿、そして真っ暗だった空間も。雲が浮かぶアルパザ上空に変わっていた。
「……!」
驚いて思考が停止する。今どうやってここに来たのか、何が起こっているのか理解不能。
だがそれはすぐに氷解する。簡単な話だ。イミーナが発動した極大魔法”朱い雨”。ラルフの機転により、あの場に居た人も魔族も関係なく異次元に放り込んでイミーナの攻撃を回避させた荒技。それによく似ていた。
(そんなバカな……奴如きに私の動きが追えるはずが無い……)
その通り。ラルフの動体視力ではいくらサトリが強化したからと言って、どうすることも出来ない。世界でただ一人、ミーシャにしか目で追うことが出来ないとすれば、本来であればこれをまぐれと考えてしまうだろうが、クロノスは気づいた。
(しまった!思考共有……!!)
ミーシャとラルフは白絶の魔法で一心同体と化している。ミーシャが目で追い、思考する速度、その処理も完璧だ。つまりミーシャは簡易的にラルフの能力を使用しているも同じ。ラルフと魔法の糸で共有している以上、動くことは出来ないものの、敵の攻撃を敵ごと次元を跨がせることで事実上の回避が可能となる。
その事実に辿り着いたのも束の間、魔力砲がクロノスを襲う。やはり死角から放たれた攻撃は防ぎようがない。体を削られながらも致命傷を避けて、魔障壁を発動する。元の世界ならば魔法が使用出来るので面倒なことを考えなくて済む。……魔障壁ごと異次元にぶち込まれるまでの話だ。
またもクロノスの視界は変わる。真っ黒な空間に放り込まれ、せっかく自身を囲んだ魔障壁も白絶の領域魔法の前に消失する。それを見計らったタイミングでのミーシャの魔力砲はクロノスの心身を削る。いくら自動で再生が可能だとしても、痛くないわけではないし、こちらが攻撃に転じれないのもストレスである。
「貴様らぁ……いい加減にしろっ!!」
クロノスの我慢も限界となる。ぐわっと大きく動きを見せるが、ミーシャの魔力砲の前には形無しである。体や顔が削れながらも再生してはまた削られる。感情では動かせない絶対的な戦術がそこにはあった。




