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第三十八話 一方通行

「奴には触れるなよ白絶」


 ミーシャは開口一番注意を促した。白絶は決して視線を逸らそうとしないミーシャを横目で見ながら、そのただならぬ空気に尋ねる。


「……僕の攻撃方法……知らないわけでは……ないよね……?」


 白絶は人形師(パペットマスター)のルカ=ルヴァルシンキと同じ傀儡師である。魔力の糸を飛ばして無機物を意のままに操れる。最も強いのはその魔力糸だ。ありとあらゆるものを寸断出来る鋭利さを持ち、張力においても他の追随を許さない頑強さを誇る。

 そんな糸の弱点は大陸を横断するほど糸を長く伸ばしたとしても、その元には必ず伸ばした張本人がいるということだろうか。それが白絶である以上、通常では弱点にはなり得ないのだが、ことここに至っては最悪となる。


「奴は吸収という特異能力を持ってる。私の魔力砲が奴に当たる直前に吸われるほどの吸引力だ。糸をかけたらもっと危ない」


 その言葉を聞いて白絶もクロノスから目を離せなくなる。この空間で唯一の強みが消されたと言って過言ではない。


「……この空間から離脱して……奴らを閉じ込めるのはどう……?」


 白絶はすぐさま戦うことを放棄する。ミーシャが為す術ない相手に喧嘩を売りたいとは露ほども思わない。だからこそ同じ特異能力に頼ることにする。聞くところによると吸収とはこれ以上ないほど凄まじい能力のようだが、異次元を独り占め出来るラルフの特異能力も負けていない。白絶の言う通りとっとと離脱して出入り口を閉じてしまえば永久の牢獄の完成だ。そんな中に作戦の一環とは言え閉じ込められていたから誰より分かっているつもりだ。


「バカ言ってるぜ……ここに閉じ込めたって何かの拍子に出ちまった時の対処が無ぇ。それに蒼玉の隣に居るのは神様だぜ?閉じ込めたところでいずれ出てくる方法を見出すだろうぜ」


 ラルフの言葉に白絶はムッとする。


「……だったら……何のためにここに来たの……?……ここを墓場にでもしたいの……?」


「勝つためにここに来た」


 ラルフは食い気味に答えた。白絶の顔から険が取れる。その顔から感じる言葉は「どうやって?」だ。


「それにはお前の協力が必要だ。あいつらの度肝を抜いてやろうぜ」


 魔法禁止区域。ここで魔法が使えるのはただ一人。クロノスはその事実に直面し、小さく舌打ちをする。


「これは厄介な空間ですね。ここに閉じ込められたとしたら、たとえミーシャでも苦戦を強いられたのは考えるまでもありません。しかしこの私には通用しませんよ?」


 クロノスは自身の特異能力を自慢するかの如く踏ん反り返る。アルテミスは魔力が使えないことで苛立ちを募らせる。


『もーうっ!面倒にゃっ!!蒼玉!あんな奴らちゃっちゃと殺すにゃ!』


「……ええ、少々お待ちください。すぐに片付けましょう」


 一歩前に出る。絶対に勝てる自信はどんな危険にも果敢に挑戦出来る。二柱の魔王を前にしても、その一人がミーシャだとしても臆することはない。触れたら勝てる。クロノスは無敵モードに突入していた。だからラルフたちが何を画策していようが恐怖など微塵も無い。


「やるぞミーシャ」


「うん」


 ミーシャは真剣な顔でラルフの言葉に耳を傾ける。そんなクロノスに対して立ち向かう三人という構図。ただじっとするミーシャを冷ややかな目で見下すクロノス。

 良い気分だった。ミーシャはこの世界で最も強い魔族。誰も揺るがすことの出来ない頂点の魔王。それを凌駕し、更なる高みに登ったと考える彼女は「精々足掻きなさい」と余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で事を構える。


「……接続……」


 白絶はポツリと、だがハッキリと呟いた。ラルフとミーシャの背後でゆらゆらと糸が揺れる。二人の頭に触れるような柔らかな動きを見せた糸は、そのままそこにあり続ける。


「……同期……」


 次の呟きでさらに動きが出た。糸から光が粒のように流れるのが見える。ラルフの頭からミーシャの頭へ、ミーシャの頭からラルフの頭へ。まるで電気信号が行き来しているような不思議な光景だ。


「何やら面白いことをしているようですが、何か意味があるのでしょうか?」


 興味が湧いたクロノスはそれを眺める。どうせ何をやっても無意味という精神が傲慢を生み、隙を呼んだ。本人に自覚がないのが一番まずい。

 そんなクロノスを尻目にミーシャが何かを納得していた。


「これは面白いな、世界が違って見える。待たせたなクロノス。ようやくお前に引導を渡せそうだ」


「つまらない冗句ですね。その言葉をそっくりお返ししましょう」


 ミーシャの突然の強気に一瞬警戒を余儀なくされた。しかし無敵という自負が思考を邪魔する。その間に起こったことは想像を絶する。

 ミーシャは突然空間に手をかざし、その手が消失した。ラルフが空間の出入り口を開き、間髪入れずに手を突っ込んだせいで消えたように見えたのだ。全てはラルフとの阿吽の呼吸が成せる技。思考を繋いだ二人にとってはこれくらい当たり前である。

 手だけを元の次元に出したミーシャには違和感しかない。困惑の中で、これ以上放っておくのも不味いと思い始めたクロノスは素早い接近を図る。その時、


 ドンッ


 どこから発生したのか。土手っ腹にミーシャの魔力砲が刺さる。クロノスの肉体を突如貫通し、すぐに霧散する魔力砲。クロノスは痛みに耐えながらも時を戻す力で傷を癒した。


「い、一体どういうことでしょう?ここは魔法が使えないはず……まさかミーシャだけ例外ということはありませんよね?」


「まぁ、ある意味な。ミーシャには俺がついてる。理由はそんだけだ」


「はぁ……教える気がないと?……構いませんよ?解き明かす必要などありませんし、興が削がれました。ここからは早期決着と参りましょう」


「良いぜ。早期決着はこちらも願ったり叶ったりだ」


 ラルフはしたり顔でニヤリと笑った。クロノスは今一度ミーシャを観察する。先ほど片手だったのが今度は両手が消えている。先の攻撃を思い返した。ミーシャがラルフの扱う異世界の出入り口に手を突っ込み、突然の魔力砲。


「なっ……まさか!?」


 クロノスはそこまで難しく考えずに答えに辿り着く。異次元の扉を開け放題で、元の次元に手を突っ込んでいるということは魔法が使えるということ。もちろん元の次元で発動しているので、この次元には干渉出来ない。

 しかし前述の通り、ラルフは次元の扉を開け放題。異次元から元の次元への通路を作り、攻撃魔法発動後に元の次元から異次元への扉を開く。それを完璧なタイミングで行えれば一方的に魔法を当てることが出来る。

 それを可能にしたのが白絶の魔法。ラルフとミーシャの思考を繋ぐことで魔法攻撃と異次元の扉の開閉の遅延を消したのだ。

 クロノスの思考がそれに至ったと思われるタイミングでラルフは笑う。


「そう、その”まさか”さ」

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