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第三十七話 確かな閃き

 一騎当千の強者たちが血の宴を始めた頃、戦いから避難しようとした兵士たちの前に壁が立ち塞がった。


「魔障壁?何でこんなところを囲ってるんだ?!」


 戦闘区域からの離脱を図るため、魔族も人族も入り混じって武器や魔法での攻撃を仕掛ける。魔障壁が硬すぎて傷の一つも付かない。当然のことだ。人族の街を守る魔障壁すら突破出来ないというのに、ここに張られた訳分からない魔障壁に穴を開けられるわけがない。振り返れば、激戦を繰り広げるのが見える。巻き込まれれば死ぬのが見えている。


「何トカシテ ココカラ出ナイト……」


 魔族の一体が魔障壁に触れる。魔力の流れから発生源を探ろうと思ったのだが、触れた瞬間に魔族の体が急激に痩せ細る。痙攣したようにガクガクと体を揺らしながら、あっという間にカピカピのミイラとなり灰になった。


「うわぁぁっ!!?」


 驚いて飛びのく。今起こったことが信じられずに目を剥いている。とにかく触れてはいけないことだけがよく分かった。逃げられない。発生源を探らなければ出ることが出来ない以上、戦いが終わるまで待つか、早く決着をつけるために参戦するしかない。

 クロノスが手に入れた吸収能力を魔障壁と合わせることで完成した自動強化、再生型の魔障壁。生半可な魔力で攻撃を仕掛ければ吸収され、触れたら魔力と生命力を奪われる。万が一凄まじい攻撃による傷が入っても、この吸収で障壁の回復が可能。


「ただの雑魚でも生命力を足せば悪くないですね。しかしこれでは益々他の生物と差がついてしまいますね……これがミーシャのいた世界。”孤独”ということなのでしょうか?」


 魔王であっても到達し得ない壁を貫通したクロノスは皮肉交じりに呟く。古代竜(エンシェントドラゴン)と名高い最強の生物の生命エネルギーを全て奪い、時を戻す能力に加えて吸収を持ち合わせたクロノスに敵は居ない。ただ一人、ミーシャを除いて。

 体から湧き上がる力に酔いしれながらミーシャに目を向ける。


「ラルフを助けたのは良いですが、そんなものを抱えて戦えるのですか?」


「そ、そんなもの……」


 ラルフは勝手に落ち込む。ミーシャやクロノスなどの超常と呼べる存在にとってはラルフなど”そんなもの”であることには違いない。ラルフとて自分が高尚な存在だとは思っていないし、打ちのめされてきた過去から、自身を矮小な存在であると過小評価することもしばしば。だが、いざハッキリ言われると傷つくのは人の性質(さが)だろう。


(ふっ、そうやって図に乗ってろ。こっちには攻撃方法があるんだ)


 ラルフはさっきイミーナから取り上げた朱い槍の使いどころを考えていた。あれは魔障壁を無効化する最強の矛だ。止める術がないから直接叩き落とす他方法はない。クロノスにもそれは可能だろうが、攻撃のタイミングを間違えなければ確実に攻撃が通る。

 ラルフは気づかれないようにそっと異次元の中を覗いた。異次元空間を漂っているはずの朱い槍はどこにも見当たらない。ラルフの頭に疑問が生じる。さっき入れたばかりなので消えるはずはない。


「……おいラルフ……突然槍が飛び込んで来たが……あれは何だ……?」


 そこに響いたのは白絶の声。


「あっ!」


 しまったと口を塞ぐ。異次元の中には白絶をそのまま入れていた。魔素を反転させて魔力を練られないようにする領域魔法。この中に入ればあらゆる魔法の縫合が解け、魔力の粒となって霧散する。対黒雲を想定して生み出された魔法だったが、結局黒雲本人には使用出来なかったらしい。でもこうして使い道があった。ミーシャを助け出せたのも含めて白絶の魔法は高く評価出来る。

 しかしながらカウンターに使うはずだった最強の矛が泡沫に消えたのも事実。もしかしたら致命の一撃を与えられたかもしれない好機を失った。

 とはいえすっかり忘れていた方が悪い。もし事が終わった後も忘れていたりしたらと思うとゾッとする。


「……どうした……?」


 白絶の首を傾ける仕草が見える。ラルフはとにかくこの状況を考える。クロノスを倒し、ミーシャと自分が生き残る方法。


「あ……そうか」


 ラルフの中に天啓が走る。いや、これしかない。


『逃がさないにゃ!!』


 ボッ


 下から一気に浮上するアルテミス。クロノスとの挟み撃ちを狙っているのだろう。それに気づいたクロノスも手が塞がったミーシャ目掛けて攻撃を仕掛けようとする。ミーシャは空を自由自在に動けるのだが、ラルフはそうはいかない。ミーシャの逃げる速度で連れ回しては、風圧などでいずれ事切れる。

 絶体絶命。


「ミーシャ!こっちへ!」


 ラルフは異次元の入り口を開く。ミーシャは一切の躊躇なく異次元空間に飛び込んだ。これにはクロノスもアルテミスも戸惑う。異次元はラルフの領域。敵の有利な場所に飛び込んでいくのは、いくら強くなっても警戒するものだ。


「……これは罠ですね。飛び込んだ後にすぐ入り口を閉じれば手出し出来なかったというのに未だ放置している。どちらか一方がここに残り、ラルフたちが出てきたところを狙い撃ちするというのがよろしいかと……」


『にゃるほど一理あるにゃ。ところでどっちが……?』


 じっとアルテミスを見つめるクロノス。


『イヤイヤ、なんでウチ?ウチ神ぞ?そういう雑務は下々が何とかすべきにゃろ?』


「何を言いますか?私は吸収の能力を持っています。隙を突いてラルフの能力を生命力ごと奪い取り、取りこぼしをなくすのです。つまり後から私があの能力を使用すればアルテミス様が万が一閉じ込められても出すことが出来るということです」


 アルテミスがやるべき理由がある以上、アルテミスはもう何も言えない。ぐぬぬっと悔しそうにしている。何とかクロノスを言い負かせないか考えていると、ラルフの言葉が響いた。


「みんな仲良く入れよ。遠慮すんな」


 異次元の入り口は怪物の口のようにぐわーっと大きくなり、二人を飲み込んだ。そんな使い方が出来ると知らなかったために面食らって辺りを見渡してしまう。真っ暗な異次元空間にぼうっと浮かび上がる人影が三つ。その内のハットのシルエットを見た途端にアルテミスは投擲の構えを見せた。


『……?……あれ?』


 魔力が練られない。


「残念だったな。ここは魔法禁止区域。さっきみたいにポンポン飛ばすことは出来ないぜ」


 アルテミスが困惑しているのを余所に、クロノスはラルフのニヤケ面を無視して小さな影に視線を落とした。


「……白絶」


 クロノスの目に映ったのは第十魔王”白絶”。ここに来てこんな大物が待ち受けているとは夢にも思わない。


「なるほど、黄泉以外の魔王はアルパザに集結していたのですか……白絶。今からでも遅くはありません。私に協力していただけませんか?確かな地位をお約束しますよ?」


「……今更……地位や名誉に関心があると思う……?」


「それではこのままラルフに加担するのでしょうか?」


「……」


 白絶はあえて語らない。まだ味方に引き入れる余地があるようにも見れるが、クロノスは首を振った。


「もう良いです……死んでください白絶」


「……流石の判断だね……そうこなくては……蒼玉……」


 白絶は小さく微笑んだ。

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