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第三十五話 逃げるが勝ち

「助けてぇ!!」


 アルテミスは一切の容赦なくラルフを襲う。その攻撃は絨毯爆撃と言って過言ではない。

 先ず魔力を押し固めて投擲槍を作成する。それをオーバースローで狙った獲物に向かって放ると、押し固めた魔力が投げた途端に無数に別れ、雨のように降り注ぐ。槍は突き刺さった直後に爆発し、その一本一本は手榴弾レベルの威力を持っていた。

 当たれば死、巻き込まれるだけでも重症は免れない。


『逃げるにゃ!砕け散れぇ!!』


 瓦礫となったアルパザの街を駆けるラルフ。足場の悪い中にあってこれだけ走れたのはサトリが力を与えたお陰だ。ジグザグに走り回りながら徐々に追い詰められていく。その様子を目の端に捉えたゼアルは怒りを滲ませる。


「アルテミス……!貴様抜け駆けするつもりか!!」


 ベルフィアと(くろがね)を相手にし、尚も有利に立ち回るゼアルはラルフを自身の手で殺したいあまり、魔剣イビルスレイヤーのスキル”速度超過(クイックアップ)”を使用して戦いから離脱する。


「逃がさんっ!!」


 鉄は何とか動きを目で追い、ゼアルの背中に剣を投げる。投げた剣は目標に向かって一直線に飛ぶ。ゼアルは剣を叩き落とそうと振り返るが、その射線に別の影が割り込んだ。


 ギィンッ……


 剣を弾いたその姿は鉄と同族の”血の騎士(ブラッドレイ)”だった。


「ぬっ?!おどれは……!?」


 ベルフィアはバッと振り返ると捕虜を捕まえていたはずのリーシャとアイリーンが傷を負って倒れているのを目にした。光の粒になっていないので、死んではいないのだろうが気絶しているのかピクリとも動かない。捕虜であるウェイブとブラッドレイは隙を見計らって抜け出したようだ。ベルフィアは少し考えてその場から離れる。デュラハン姉妹の安否を確かめに行った。

 その行動を尻目に、ゼアルはブラッドレイに訝しい目を向けた。


「……何の真似だ?」


 ブラッドレイの行動に困惑し、疑問を投げかける。ゼアルの質問にチラリとも目をやらずに答えた。


「蒼玉様の命によりラルフ一行を抹殺する。魔断のゼアル、どうやらお前は現段階では味方と判断せざるを得ない。よって割り込んだ。……さっさと行け。ここは私が引き受けよう」


「……なるほど、ならばここは貴様に任せる!」


 ゼアルもすぐに踵を返して走り出す。鉄はそのやりとりにくつくつと笑った。


「クックック……この俺を前によくもそこまで図に乗れたものだ……勝てると思っているのか?」


「ふっ……勝てなくて良いんですよ。これは私の下克上。鉄様、お覚悟を……」


 どちらも武器を出現させて睨み合う。一歩踏み出した両者の切っ先は火花を散らしてぶつかる。



 イミーナはティアマトの接近戦に辟易していた。竜魔人は産まれながらの戦闘民族。戦いはお手の物。そこまで接近戦が得意ではないイミーナは立ち回りに苦心する。魔法攻撃に特化したイミーナは距離を開けたいのにティアマトの勢いに圧されて防戦一方。


 ガツンッ


 イミーナの腕が下がった瞬間を狙って振り抜いたティアマトの拳は、綺麗な頬を思いっきり打った。

 クリーンヒット。水平に近い勢いで体が吹き飛ぶ。ズザァッとドレスを汚しながら全身で地面を舐める。イミーナは仰向けで天を仰いだ。


(やっと距離が取れたか……)


 顔の痛みは口の中に溢れる血の量が教えてくれる。魔力で打たれる箇所を固め、防御してもこの威力。もし防御していなければ首は体から離れていたに違いない。


「はっ!弱い。あなたこの程度なの?ミーシャの元で一体何をしていたの?」


 イミーナはムクッと起き上がりながらティアマトを睨む。口を一切開くことなく血だけがツーっと顎まで垂れる。見つめ合っているだけで会話にならないイミーナにティアマトは一瞬イラっとしたが、何故喋らないのかを少し考えて自分とイミーナを照らし合わせてみた。ようやく答えにたどり着いた時、焦って地面を蹴る。


 ドンッ


 ティアマトは一気に接近する。イミーナは攻撃をわざと受けることで距離を取り、魔法を使用出来る時間を稼いだのだ。その考えが正解だと答えるようにイミーナのすぐ傍から朱い槍が出現する。ティアマトは魔法を止めることが出来なかった。すぐさま急ブレーキを掛けて後方に跳びのき、攻撃範囲から逃げた。


「ふふふ……怖いですか?ティアマト。私はミーシャの元でこの魔法を研究していたのですよ。あなたとは生きている世界が違うのです。一緒にしないでいただきますか?」


 これにはティアマトも閉口する。接近戦はティアマトの領域だが、中・遠距離に関してはイミーナの領域。殴られたのも作戦の内だと考えたら、先ほどの煽りは恥ずかしくなるレベルだ。


「どれほど強かろうがこれには逆らうことが出来ません。私の反逆はあなた如きに止められるものではない。ドレイクの元に逝きなさい、ティアマト」


「ドレイク様の名を口にするなぁ!!」


 沸騰したティアマトは槍の存在を度外視して接近してしまう。イミーナは冷笑する。これがティアマトの最期だと認識して。


 ドシュッ


 朱い槍を飛ばす。ティアマトの喉に向かって行く朱い槍と意に介さないティアマト。致命傷は確実。しかしそこにタタッと走りこんでくる影が見えた。


「おっ!ナイス!」


 ラルフは飛ばされた朱い槍を確認し、走り抜けざまに収納する。


「……は?」


 意味が分からなかった。ティアマトに向かっていった槍は直前で消え失せた。ティアマトの後ろでは雨のような魔法が派手に爆発しているのが見えた。何が起こっているのか分からなかった。とにかくラルフが何かをしたのだけは理解出来た。


 ドボッ


 そしてティアマトに腹を殴られたことも実感した。



 ラルフは逃げ回りながら攻撃のチャンスを窺う。逃げ回っている最中に手に入れたイミーナの朱い槍は凄く強い。少し余裕が生まれたラルフはチラチラ上を見ながらアルテミスの動向を探る。

 そこにゾワッとした寒気を感じた。明確な殺意は走ってくるゼアルが放っていた。


(え?!なんでゼアルが!?ベルフィアと鉄はどうしたんだ!?)


 頭の中で混乱が生じる。倒されたのか?別の奴の介入か?一瞬の内に駆け巡る思考に追いつかない体。後門のアルテミスに前門のゼアル。両者の間合いが迫る時、ラルフの死が確定する。


 バッ


 ラルフの視界が歪む。体が宙に浮いて懸命に走っていた足が空を掻く。脇腹から抱えられるようにミーシャによって助け出された。

 アルテミスとゼアルは立ち止まり、ミーシャの動きを目で追った。


『なっ……!?蒼玉は何をしているのにゃ!!』


 怒り心頭のアルテミスは歯ぎしりを鳴らしてミーシャを見ている。ゼアルは軽く舌打ちをして踵を返した。


「ふぃ〜。助かったぜミーシャ」


「それは私も同じだよ」


 ミーシャのその言葉にラルフは疑問符を浮かべる。


「……クロノスは厄介だよ」


 その視線の先に両手を広げて魔障壁を張るクロノスの姿があった。古代種(エンシェンツ)の一つであるサイクロプスの時のような途方に暮れる空気感を感じるが、それ以上に如何しようも無いとミーシャの顔に書いてある。


「……嘘だろ?ミーシャが……え?そんなに?」


 ミーシャに厄介だと思わせる存在クロノス。ラルフの目には古代種(エンシェンツ)以上の化け物に映った。

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