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第三十二話 転換期

「なるほどぉ……支柱かぁ……考えたもんだぜ。これじゃいつまで経っても元の世界にゃ帰られなかったってこったな」


 戦いの外、木陰からサトリの口許を見て感心した声を出した。読唇術を会得している藤堂は、この世界で強化された視力に物を言わせて会話の内容を確認した。飛竜の声は叫び声とも取れる凄まじい音量で聞こえたので、彼には会話内容は筒抜けだった。

 絶対に勝てないと思われる存在に結界の核を隠すことで異世界への通路を潰した。異世界との繋がりがあるのはエルフェニアに神が植樹した”天樹”と呼ばれる超巨大な樹のみ。それも一方通行で行き来することは出来ない。


「俺がもしこのことに早く気づいていたとして、あの怪物にゃ天地がひっくり返っても勝てなかったろうなぁ。ミーシャさんのお陰で割とすんなり出られそうだ。何から何までありがてぇこった」


 藤堂を封印から解き放ったのもミーシャである。解呪方法のない鎖とセットで付けられた炭鉱跡。戦争に出る前に缶詰状態で働かされていた炭鉱を思い出させる構造は、若い頃の出稼ぎを連想させた。暑くて辛くて筋肉痛に苦しめられた地獄の日々。そんな思い出も軽くふっとばすような豪快な一発は、悲観する藤堂の気分を取っ払ってくれた。

 そうして訪れた元の世界への帰還方法。まさに気分は有頂天だった。藤堂は戦いに参加もせずに踵を返す。


古代種(エンシェンツ)ってのは何匹いるんだ?しまったなぁ、オロチが饒舌な時に外の話を聞くんだった……いや、あの頃は出られないと思ってたし考えついても無駄と思ってたよなぁ……勿体無い」


 チラッと肩越しに飛竜の亡骸とラルフを交互に見た。


「……次元渡りか。良い能力だなぁ」


 藤堂は笑顔で去っていった。



『……飛竜……』


 アシュタロトは酷くガッカリした表情で干からびた飛竜を呆然と眺める。そんな彼女を尻目にマクマインは蒼玉の禍々しい力をしかと目に焼き付け、鷹揚に頷くと口を開いた。


「……期は熟した。アシュタロト、貴様の力を私にも貸してくれないか?」


『?』


「そんな顔をしなくても分かっているだろう?身体能力の底上げだ。今の私がどこまで通用するか定かではないが、私も見事戦い抜いて見せよう」


 マクマインは腰に下げた名剣をチラつかせ、常人よりはいくらか強いとアピールする。アシュタロトは乗り気ではない。


『君を強くするよりも副団長のバクスってのを強くした方が効率は良いと思うよ?する気は無いけどね』


「……この私がバクス以下だと?」


『身につけた技には文句をつけないけど、体力の問題かな。年相応にここで見学している方が良いよ』


 暗に年寄りであると言われ黙ってしまう。多少苛立ったが、アシュタロトに言われると不思議と飲み込める。これもまた神の威光ということだろうか。

 そんなやり取りの最中、強大な力同士がぶつかる。


 ドォンッ


 鼓膜を揺らすより先に衝撃波がその場の全員の体を叩く。ミーシャと蒼玉もといクロノスが自身を魔障壁で囲い、魔障壁同士をぶつけ合う。さながら硬球同士が同じ速度でぶつかり合っているかのようだ。


「何という無駄遣い。ああ、これがあなたのいる景色なのですね?何と贅沢な力の奔流……魔王である私が本分を忘れて力に酔いしれることになろうとは……思いもよりませんでした」


「無駄口が多いなクロノス。昔のお前はもっとお淑やかだったと記憶しているが?」


「ええ、その通りです。ルールやマナー、嗜みや姿勢。気を使っていたこと全てが心底どうでも良くなりましたよ」


「確かにどうでも良いことだったな。もうお前には無用の長物だ」


「……言いますねぇ……ミーシャッ!!」


 ドンッ


 空気を叩いて瞬時に進む。二人はぶつかり合いながら上昇し、やがて雲が晴れた。


「見ろよ。何度も見た光景だってのに全然見慣れないよな」


「仕方なかろう?今ノ妾ですら出来ぬ芸当を見慣れル方がどうかしておル」


 スポーツの試合を冷めた目で見ているような空気感に緊張感を微塵も感じない。その時、


 ギィンッ


 目の前で火花が散り、空間に亀裂が入った。


「チッ……」


 そこにはゼアルが剣を振り抜いているのが目に映った。


「マジか?今空じゃ目が離せない戦いを繰り広げてるってのに、全部無視してよく来れたな」


「私には私の戦いがある。それが私のモットーだ」


 露骨にラルフの目の前に亀裂が走ってるのを見て感情がなくなる。ベルフィアの魔障壁で防御していたため、肉体には傷一つないが、ここまであからさまだと心に傷が出来る。少なくとも打撲程度にはショックを受けた。


「全く、だから言ったでしょ?どうせ密かに守っているだろうと……私のいう通り、魔障壁ごと私の槍で貫けば良かったのですよ」


 イミーナの言葉と同時に朱い槍がラルフの懐に滑り込んでくる。(あ、死んだ)そう思わずにいられない見事なまでの攻撃に感嘆としたため息が出る。これを邪魔出来るのはミーシャとゼアルだ。凄まじい動体視力と誰にも追いつけない速度で槍をどうにかするなど、この二人以外は考えられない。だがここに三人目が現れる。


「あっぶね!」


 ラルフは咄嗟に次元の穴を開いて、朱い槍を直接仕舞った。その様に目をパチクリさせるイミーナ。未だラルフが常識の外にいることに慣れない。あまりにあっさりと攻略されたことに腹立たしさを覚えたイミーナはさらに追撃を入れようと動き出す。


 ドッ


 思いっきり横から蹴りを入れられる。


「ゴフッ!?」


 突然の攻撃はずっと隠れて機を窺っていたティアマトの仕業だ。魔力を放たなかったのは派手だからだろう。確実に攻撃が入る形で割り込んできた。イミーナは脇腹を抱えて飛びのく。だが逃がしはしない。すぐに距離を詰める。


「ティアマトォッ!貴様ぁっ!!」


「絶対逃がさないよっ!」


 接近戦を得意とするティアマトの猛攻に防戦一方となる。

 そして隠れていたもう一人、(くろがね)はベルフィアに加勢する。出てくるなり口上を垂れる。


「黒曜騎士団団長、魔断のゼアルとお見受けする。我が名は(くろがね)。貴殿に倒された同族達の恨み……ここで晴らそう。行くぞっ!!」


「貴様を相手にしている暇などない!どいつもこいつも下がれ!!先ずはラルフを私に殺させろ!!」


 叫びながら鉄の攻撃に全て対応してみせる。金属同士が擦れ合う凄まじい剣戟の音を心地よく聴きながらベルフィアはほくそ笑む。


「欲求不満といっタ感じじゃノぅ……じゃが解消させル訳にはいかん。一生悶々としておルが良いワ」


 性格の悪さが如実に出た。二体一。ゼアルにとってかなり厳しい戦いになるのは火を見るより明らかであろう。

 ゼアルとイミーナは兎にも角にもラルフを狙ったが、ソフィーは違う。自由に動けるようになった途端、ブレイドに接近する。

 それぞれの戦いが業火となって燃え上がる頃、神々も黙って見てはいない。この機に乗じて戦いに参戦しようとする。

 ここがまさに長い歴史の転換期。

 終止符であるのか、序章であるのか……それは今後の歴史学者の解釈次第であろうことは間違いない。

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