第三十一話 特異能力
葛見 茂。
獅子谷 正孝を筆頭とした五人の異世界転生者の一人。覚醒した特異能力は”吸収”。
性格は陰険で陰湿。人の嫌がる顔を見るのが好きで、いじめに率先して加わるが、責任は取りたくないので常に誰かの太鼓持ちに徹し、強い者を笠に着て威張っている。同級生の二人は茂のいじめに耐えられずに自ら命を絶っているほどにしつこくいじめ抜く。
それでもヘラヘラ笑って生活している様を見て、知り合いからは”サイコ茂”や”どクズ”の愛称を付けられた。
異世界”イイルクオン”にやって来てからも性格は変わることがなく、むしろ常人より強くなったお陰で何も怖いものがなく暴力を振るえるようになった。盗賊団に入った時は尊敬の念すら感じることが出来、まさに人生の絶頂にいた。
だがそれも一時のこと。犯罪の限りを尽くしてきた茂は蒼玉に捕まり、とうとう年貢の納め時となった。
「千と百と十数年……技術はそれなりに進歩し、強者もポツポツ現れた。私もその一つに過ぎず、埋もれていくだけの存在として生を受けたのです。ですが一つの可能性を見出しました」
鱗から手を離した蒼玉は体から満ち溢れる生気と活力に酔いしれていた。すぐ下には干からびたミイラのようなドラゴンの姿があった。焼死体のように湯気を立ち上らせながら、もう動くことはない。
「それは特異能力の獲得です」
若く張りのある肌は光を反射するほど。ミーシャに使用した時を戻す力の反動で数年歳を取ったように小じわが目立っていたが、そんな様子は一切ない。飛竜の生命エネルギーを吸い尽くすことにより、妙齢の女性へと変化していた。
『……あなたの能力は時を戻す能力であるはず……何故二つも特異能力を所持しているのです?』
「あなたも神様のひとりでございますか?ラルフなどに肩入れするなど危篤なお方ですねぇ」
サトリの質問に答えることなく蒼玉はニヤニヤ笑っている。
「おい、蒼玉。行儀が悪いぞ。質問に答える気がないならちゃんと断りを入れろ」
ミーシャは訝しげに腕を組んだ。
「これは失礼いたしましたミーシャ様。もちろんお答えいたします。最近この世界にやってきた異世界人。その者を解体し、能力を抽出いたしました。彼は容量が小さく、能力を十全に使用できていませんでしたので、私が使って差し上げようと考えたまでです」
「か……解体……?抽出……?」
「ええ、亡き灰燼との共同研究の末にたどり着いた答え。研究が身を結ぶ時、世界を掌握できます。今がその時です!」
言っていることが悪の秘密結社と変わらない。あの能力が茂の能力だとするなら、きっともう茂はこの世に居ない。
「……全く息をするように人を殺しやがって。お前を野放しにしていたら、おちおち昼寝も出来ないんじゃねぇの?」
「大丈夫です。永眠出来るよう全力を尽くしますので……」
「いや、殺されてたまるか」
ラルフは間髪入れずにツッコむ。即興漫才が続く中、ブレイドたちは蒼玉の背後を注視していた。そこにはゾロゾロとかなりの数の人影がひしめき合っている。
(まだあんなに残っているなんて……いや、おかしい。明らかに増えている。援軍が来たということか……)
ブレイドの手は期待で震えた。先の一戦において、ソフィーとの決着がついていないからだろう。所謂、武者震いと言う奴だ。
「……必ず代償を払わせる」
誰に言う訳もなく、その言葉は虚空に消えた。
一方、白の騎士団側はルカの人形を頼って、やられた数以上の人数がいるように錯覚させる。魔族側の補充が出来ない以上、こうして少しでも多く見せる。数は力だ。たとえ見せかけだけでも、相手の戦意を削ぐ可能性があるのだ。
実のところガノンが既にギブアップ状態で戦力は大幅にダウンしていた。召喚獣ヘルの攻撃があまりに強過ぎて、自慢の剣もへし折れた。同時に心も折られたガノンは意気消沈でへたり込む。
「もう良い。俺はもう役にたたねぇ……」
不貞腐れる大の大人。そんな雑魚を差し置いて肩を並べるゼアル、ソフィー、イミーナ。
「役者は揃いました。これよりは我々とあなた方の意地の張り合い……」
ビキビキッと音を立てて蒼玉の体に変化が生じる。爪と牙が伸び、頭の上にしっかり結って綺麗に整えていた髪が解けて腰まで伸びる。
茂を解体、抽出した”吸収”の能力。飛竜を死に追いやったことで得た強大な力。そして元々備えていた最高の魔力。全てが合わさり、遂に蒼玉が立ち塞がる。
「命を賭けて掛かって来なさい。全てを蹂躙し、私が天に立ちましょう。お別れでございますミーシャ様。いや、ミーシャ。せめて私の腕の中で安らかにお逝きなさい」
その言葉にミーシャの顔は歪む。
「上等よ蒼玉。やっつけで力を手に入れただけで私に勝てると思ったら大間違いだからね?この場にて正々堂々、完膚なきまでに叩きのめしてあげる。あ、そうだ。これだけは聞いておこうかな。あなたの本名はどんな名前なの?」
出会ってこの方一度も聞いていないかった本名。蒼玉にはぐらかされ続けていたこの質問の答えも、そこまで待つこともなく蒼玉の口からこぼれ落ちた。
「我が名はクロノス。第五魔王”蒼玉”改めクロノスとお呼びください。ミーシャ」
「クロノスか、分かった。戦いを止めてすまない。それじゃ早速始めよう。お前との最後のダンスを……」




