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第二十九話 次元渡り

 イミーナの魔法”朱い雨”発動直後。飛竜はその朱い軌跡に既視感を覚える。


(……そうだ。あの時の朱い魔法……)


 ミーシャに完膚無きまでに叩きのめされた飛竜の頭上で起こった裏切りという悲劇。あの時の出来事が回り回って古代種(エンシェンツ)の減少に繋がっていることを知る。自身を殺すことが出来る魔族が自暴自棄になれば、ここまで世界をかき乱せるのだ。たった一つの(つまず)きが全てを瓦解させる。

 飛竜には知る由もないが、すぐ側で彼の動向を監視しているエレノアもその一人と言えた。ブレイブに恋をした彼女は魔族を統率する父を殺し、ブレイブとの間に子を為した。特に父親と確執があったわけでもなかったが、愛のためならば肉親ですら犠牲に出来ると証明させた。

 このことからも分かるように、イミーナやエレノアと言う存在は浅はかで冗談のように愚かな者たちだ。世界の歯車となって静かに賢く生きていれば良かったものを、自ら大切であった全てをドブに捨てるような行為に呆れ返るばかりだ。

 何故こんな連中に関わらなければならないのか。先日のラルフの口車にその場では良き返事をしてやったが、こんな愚かな連中は勝手に死ねば良い。自分には守護獣(ガーディアン)として、次元の壁を維持する必要がある。ただ寝ているだけだが、生きているだけが仕事だと言える。正直、もう放っておいて欲しかった。


 ヒラルドニューマウントの火口の中心からこの光景を見るだけに動いていた飛竜は、踵を返して中心に戻ろうと目を離しかけた。しかし、この時起こった出来事に瞠目し、その目を離すことが出来なかった。


(?……!?……っ!!)


 何が起こったのかよく把握出来なかった。目を凝らして何度見てもその現象を説明することが出来なかった。一体何がどうしたと言うのか。その時、エレノアが不意に動き出した。首に下げたネックレスを目と鼻の先に持っていく。


「はい?」


『あ、今から来れる?』


「え、今ぁ?」


『うん』


「了解ぃ、すぐ行くぅ」


『うん。はい、よろしくー』


 ラルフの通信が切れる。エレノアは飛竜に向き直る。


「出動要請ぃ。行きましょぅ飛竜さん」


(……エレノアと言ったね?差し支え無ければ教えて欲しいのだが、先ほど突然人族も魔族も消失したように見えたのだが……一体……)


「ああ、あれぇ?ラルフの特異能力だってぇ。確か小さな異次元ポケットディメンションとか言う能力だって聞いたよぉ。私もぉ何度か見たけど、あんな風に一瞬でみんなを隠しちゃうなんて初めて見たよぉ」


(ポケット……ディメンション……?)


「そうそう。あ、早く行かないと。それじゃ飛竜さん、私はぁ先に行きますねぇ?すぐに来てくれると嬉しいなぁ」


 そう言いながら笑顔を振りまき、猛烈な速度で地上へと降りていった。残された飛竜はラルフの特異能力に衝撃を覚えていた。


(それはつまり……異次元の出入り口を作り放題であると言っているようなものではないか?大規模な……それでいて簡単な……。それでは……私の存在理由は……?)


 古代種(エンシェンツ)または守護獣(ガーディアン)と呼ばれる彼らの使命は、魔族が入り込んできた次元の扉を二度と開けないようにする()わば番人。獣たちそれぞれが結界の支柱となり、何体やられても最後の一体が死ななければ結界としての効力を発揮するように出来ている。

 だからこそペルタルクでの総力戦を拒んでまで巣に引きこもったと言うのに、ラルフは支柱を無視して空間に穴を開ける力を持っていた。由々しき事態である。


 グググ……ビキビキッ……バサァッ


 ずっと使われていなかった六枚の羽を関節の軋みと共に羽ばたかせ、一息にその巨体を持ち上げる。流石の力であると感心せざるを得ないが、その矛先はイミーナではない。イミーナなど眼中にない。この世界において最もイレギュラー且つ、死んだ方が世のためだと断言出来る存在。


『ラルフ!!』


 喉を鳴らして出した名前は「グルォォッ……!!」とまるで獣の咆哮のように辺りに鳴り響き、聞き取れないほど空気を震わせた。

 普段テレパシー等の方法で会話を可能にしているためか、声帯に多少無理をさせたせいでもあるのだろうが、そんなことに構ってはいられない。とにかく叫びたい気持ちに正直になった。

 山の頂上から地上までの距離が長く感じられる。今すぐにでも降り立って吐き散らしたい衝動を溜め込み、ラルフ目掛けて滑空する。だと言うのにラルフは意気揚々とベルフィアの転移に身を任せて前線から下がった。

 飛竜にとってはありがたい。木を隠すなら森の中というように、群衆に紛れられたら面倒であったからだ。もちろんその場合は皆殺しにすれば良いが、それだと完璧に殺せたかどうかの確証が得られない。これは飛竜にとっても好機だった。

 滑空する翼の角度を調整して崩れ去った防壁跡を目指す。そこによく知るシルエットが見え、飛竜の狙い通りに降り立つことに成功する。


「……え?何?迷子?」


『貴様を殺すぞ!ラルフ!!』


「ん?……なんで?」


 本気で疑問符を浮かべるラルフに飛竜は怒る。


『この悪魔が!!貴様の特異能力が原因だと何故分からぬっ!!』


 ガパッと大きく開いた口から魔力砲を放つ。ラルフはあまりに唐突な状況に対応出来ずに「わぁ!!」と無様な声をあげた。顔を隠すように左腕で覆い、身を屈めて防御姿勢を取る。全てを消し去る魔力砲に対し、全く意味がないことを除けば、無様極まりない格好であった。


 ドンッ……バヂィッ


 そんな魔力砲はラルフの手前で弾けた。当然だろう。ミーシャが側で守ってくれている。ベルフィアもアルルも、果てはエレノアも、やろうと思えば魔障壁を張ってラルフを助けられる。そのことに気付いたラルフはホッとして飛竜に目を向けた。


『邪魔をするな魔王!!貴様の相手などしている場合ではない!!』


「あ、そう?こっちはその場合だから邪魔するね」


 ミーシャは腕まくりをするように右腕に手を添えて肩を回した。ラルフはすぐ様ミーシャの肩を掴んで止める。自分の計画である飛竜を利用しようとした作戦に穴があったことを感じて、その理由を聞くために前に出た。その顔には出来るだけ悲壮感を出しつつ、何を言っているのか何も分からないと眉をハの字にして問いただそうとする。本当に分からないので演技でもなんでもないわけだが……。


「待ってくれ飛竜!俺は平和を望む単なるヒューマンだ!どんな誤解で敵認定してんのか不明だけど、俺の特異能力程度でそんなにキレることはないだろう!?」


『貴様の能力、それは”次元渡り”の力!世界を滅ぼせる邪悪なもの!即ち貴様こそが元凶!!殺すべき対象っ!!だから死ね!!世界のために!!』



 この事態に便乗するため、全部隊がここぞとばかりに動き出す。

 ゼアル、ソフィー、イミーナ、蒼玉、そして魔族と人族の兵士たち。古代種(エンシェンツ)の意を借りて、今攻勢に打って出る。負けない戦い、勝つための戦い。訪れた好機を逃すまいと虎視眈々と……。

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