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第二十四話 混濁の果て

「……ラルフ」


 ミーシャは口を開くなりラルフを呼んだ。ラルフは感極まって泣きそうになるが、ぐっと我慢してコクリと頷いた。


「……そうだ」


「私がミーシャであなたがラルフ。それで正解?」


 この質問には少し違和感があったが、記憶が別の誰かのと混濁したらこういう反応になるのも不思議ではないのかもしれない。ラルフは鼻をすすりながら頷く。


「うん」


 ラルフの泣きそうな顔にミーシャは首を傾げながら辺りを見渡した。


「そう……それで、ここは何処?」


 十分周りを見渡したからか、きょろんとした純粋な目がラルフに向けられる。こちらを縦長の瞳孔でじっと見つめる様は、猫が獲物を見つけて吟味しているように見える。

 ラルフもじっと見つめ返す。それはまるで視線を切ったら負ける遊びの様な空気を醸し出していた。


「ここはミーシャの心の中さ」


「私の?」


 今一度周りに目を配りながら口をへの字に曲げた。


「随分辛気臭いところね。私は腹黒だったってことの現れなのかな?」


「何言ってんだよ。ミーシャは素直で良い子じゃないか、腹黒とは程遠い。イミーナとは違うだろ?」


「うん……確かにイミーナとは違うけど……」


 それにしては暗いと考える。腹黒くなければ根暗ということだろうか。確かにあまり騒がしいのは好まない。旅行は好きだが、主に景色や食事に関しての楽しみであり、行事や祭りなどは出来れば避けたい。風習や慣習、所作などの面倒なことが嫌いであることと、ぶっちゃけ楽しみ方が分からないからだ。これらを統合すると”根暗”ということで間違い無いかもしれない。


「あの……ミーシャ、ちょっと聞いてくれ」


「うん?」


「実はお前の頭に俺の記憶を流し込んだ。色々ごっちゃになって整理が付かないから考え込むことが多いんだと思う。俺の思考や言動が(うつ)ってるかもしれないからそこは先に謝っとく。ごめん」


 ラルフはグッと頭を下げた。ミーシャとしても薄々は気づいていた。物事がハッキリせず、ふわふわ浮いているような感覚。あまりに実感がなさすぎてスルーしてしまっていた感情を呼び戻す。


「……良いよ、分かってる。私の記憶を戻そうとしたんだよね。さっき見えた。ラルフが私を助けたこと、イミーナがしでかしたこと、ベルフィアやみんなとの生活、そして蒼玉が私に何かしてるのが……」


 ミーシャの言葉に顔を上げる。その顔には微笑みがあった。


「……私ってあんな風に笑うんだ……」


 第三者視点で自分を見る機会などほぼ無いだろう。ラルフの視点から見たミーシャはわがままで甘えん坊な子供。毎回抱き枕にされることに辟易しているが、ミーシャが気持ちよく寝られるように努力してくれている。それを知ってか知らずか嬉しそうに一緒に寝たり、ご飯を食べたり、ふざけあったり……。記憶が消えていたミーシャの中に差し込まれた行間。それはミーシャが欲しがった家族の理想形だった。

 笑顔を見せたミーシャに信じた全てが報われたような気になる。小柄なミーシャにしがみ付いて子供のように泣き喚きたくなったが、自分をクールと信じてやまないラルフはコホンと咳払いをして立ち上がる。


「……消された記憶は元に戻らないだろうし、その時のミーシャの気持ちや思考は残念ながら復活しない。だからまた最初からやろう。俺たちの旅をさ」


 ラルフはハットを被り直してニヤリと不敵に笑った。気取った態度は自分の弱さを隠す時の癖。イキった態度も自分を普段より大きく見せようとする言動も、全てがカラ元気だ。ミーシャはそんな弱々しい男の内面を知っている。或いは忘れた昔よりももっとラルフを身近に感じていると断言出来る。


「……うん。一度裏切った私だけど……許してくれる?」


「俺を殺さないって約束出来るなら許すよ。つってももう心配なさそうだけどな」


 ラルフが手を差し出す。ミーシャはその手を取ってさらに微笑んだ。宝石のような笑顔と右手薬指のシンプルな指輪がより一層の輝きを見せた。

 白絶は二人の精神体の外側でフッと笑顔を見せる。


「……はぁ……何とかなったようだね……それじゃあ……次は戦争か……」


 中々終わりそうに無い二人の再会の喜びに、若干冷ややかな目を向けながらも祝い事のように心が高揚していた。



重力操作=圧(グラビティア プレス)


 ズンッ……


 先ほどまで懸命に戦っていたメラが地面に突っ伏した。地面にめり込むほどの力に尽きかけの体力では一秒とて耐えることは出来ず。

 デュラハン9シスターズのさらに半数が”魔女”ソフィー=ウィルムによって消滅させられた。それを背後で見ていたバクスはあまりの強さに震えた。


「つ……強い……アンデッドイレイザーの異名は噂だけじゃなかった……」


 感動のあまり気づいていないが、聖職者であり、神の祈りによってアンデッドを死滅させる力は浄化の光。決してデュラハンの剣戟に付いていけるほどの身体能力は、まして人間では持ち合わせられない。これには別の力の介入があったのだが、バクスではそれを見破る術も、それに至れる知識が不足している。


「はぁ……はぁ……エールー……シーヴァ……カイラ……ティララ……ごめんなさい……わたくしが……い……なが……ら……」


 メラは地面に埋まってそのまま意識を手放した。先に死んだ姉妹たちが光の粒となって消えていく。シャークも完膚なきまでに叩きのめされて自慢の荒っぽい性格も意識と共に飛んでいる。デュラハン姉妹だけでも壊滅させられそうだった軍勢は、それより強い個によって覆された。

 ソフィーは槍をくるっと優雅に回してバクスに微笑む。


「神の思し召しです。神はいつでも私を見ておいででした。この勝利に感謝を……」


 会釈程度にお辞儀して下がろうとすると、何かに気づいて首を傾けた。


 ドンッ


 魔力砲がすぐ横を通り抜け、衣類が少し焼けた。肩越しに後ろを確認するとガンブレイドを構えた男が立っていた。側には女の子もいる。


「どこ行こうってんだ?」


 その目は殺意に満ち満ちていた。


「あなたはどこかでお会いしましたね。確かイルレアンでラルフと一緒にいた……」


 あの時はラルフばかりに気を取られて気がつかなかったが、この男の子は誰かさんにそっくりだ。記憶をほじくり返す必要はない。自分の人生で最も辛く悲しい出来事。そんな風にしてしまった張本人にそっくりなのだ。


「その顔……気に入りませんね……」


「そうか……奇遇だな、俺もだ……」

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