第十九話 罠の全容
『……それで?……作戦は仕上がったのかな?』
白絶に通信を入れたラルフはその質問に鷹揚に頷く。その作戦を聞いた白絶は理解の色と共に勝機を感じさせる微笑みを見せた。
『……なるほど……確かにそれならいけそうだが……その”小さな異次元”なる空間を……一度内見出来ないかな?』
「おう。今日にでもどうだ?例の魔法陣を組まなきゃダメだろ?」
白絶は疲れた顔でため息をつく。
『……簡単に言ってくれる……あれはかなり苦労して組んだ代物……一からの組み直しとなると骨が折れるよ……』
「そんなに難しいのか?」
『……難しい何てものじゃないよ……僕の傑作だったからね……再現するには今一度思い出す必要があるのさ……』
苦々しい顔の白絶に対し、ラルフはニンマリと笑顔を見せた。
「任せとけって、こっちには魔法の天才がいるんだぜ?大型艦に乗った気でいろよ」
『……天才って……?』
「あんたの自慢の幽霊船に致命の一撃を与えた魔法使いさ」
*
ミーシャは白絶を前に焦っていた。
(て、転移魔法?ということは白絶の船の上ってこと?)
ラルフの眼前に罠のように仕掛けてあったということだろうか?ピンポイント過ぎる罠だが、罠にかける相手の性格を熟知していれば出来ないことではない。難しいのは発動のタイミングだろう。
魔法には効果の出始めというものがある。例えば火の攻撃魔法であれば魔力を練っている間にも熱を感じられるだろうし、種火でも痛みを伴う。これが転移魔法とくれば話は変わる。転移先を決定するための時間が必要になるのだ。
魔法発動による効果の遅延。それをコンマ一秒のズレもなく行ったというなら、未来予知が必要である。それほどの敵か、はたまた凄く運が良かったのか。いや、今考えるべきはそこではない。
「……お前もラルフに与しているのか?」
ミーシャは白絶を睨みつける。
「……ふっ……そこまでではないけど……手は組んでいるよ……」
「楽しそうだな。不利な戦いに身を投じて何が面白い?」
「……野暮だね……でも、すぐに分かるよ……負けそうな方に味方すると……応援したくなると言うか……心が燃えるんだ……」
「変わった趣味だな。でも遊びは終わりだ」
ミーシャは手をかざす。魔力砲をぶち当て、すぐにアルパザに戻る必要がある。どんな奴でも消し炭に変えるこの力は白絶であろうと等しく容赦はしない。
「……ん?」
かざした手を振る。チラッと手のひらを確認するが、別段問題はない。
「この空間そのものが魔力を使えなくしてんのさ」
その声の方に視線を向ける。いつから居たのか、そこに佇む男にミーシャは目を丸くした。
「ラルフ!」
「へへっ、何か気恥ずかしいな。そうやってちゃんと名前で呼ばれると……」
ラルフはちょっと照れ臭そうに鼻の下を指でこすった。その行動にイラッときたミーシャは魔力砲を飛ばそうと躍起になるが、その手から魔力砲が放たれることはない。
それもそのはず、白絶がいる白い繭の中は魔力の練り方を本来と逆方向に変える効果がある。きちんとした向きで魔力を練らないと魔法は発動せず、ただ放つだけの魔力砲もこのように発射不可。ここで魔法が使えるのは白絶だけだ。
白い珊瑚と呼ばれる幽霊船内部に備え付けていた大魔法。初見での攻略は不可能である。索敵に秀でたゴブリンのウィーと大魔導士アスロンが居なければラルフたちはあの場で全滅していただろう。そしてアスロンがその時に魔法陣を確認済み。今この場の魔法陣はアスロンと白絶の共同作業で組み上がっている。
ミーシャは自慢の魔力を封印し、接近戦を仕掛けようと足に力を入れる。
「!?」
ギシッという音がミーシャの足に絡まった糸から鳴る。鋼鉄など屁でもない頑強さを持つ硬い糸は、さらに弾力を持ってミーシャの動きを止めた。そして腕やお腹などに糸が巻き付き始めた時にようやく悟る。
「私を……また洗脳するつもりかっ!!」
「違う」
即座に否定したラルフの悲哀を感じさせる目にミーシャは困惑する。「え?洗脳しないの?」と言いたげなきょとんとした顔にラルフは小さく首を振った。
「今回初めてお前を洗脳するから「また」は正しくない」
「やっぱ洗脳するんじゃん!!」
ミーシャは両手をバタバタさせながら繭に包まれた。徐々に静かになる小さな繭を見てラルフは一筋の涙を流した。
「……本番はここからだよ……」
「わ、分かってる。ただ……」
「……不安なのは分かるけど……まだ失敗してないから……」
「違うんだ。ミーシャは戻ってくる。それが確信出来たんだよ。そう、こいつは嬉し涙さ」
ミーシャの右手薬指に付けられた指輪。その指輪がラルフの預けた母の形見だと気付いた時に感極まった。
「……ふっ……それじゃ始めようか……」
「ああ。後は頼んだぜ」
ラルフはその場に座るとハットを外した。ラルフの頭に糸が巻きつく。
「……記憶の共有……テテュースの仮説が正しければ……ミーシャは帰ってくる……」
ベルフィアとの対談。ただテテュースを労おうと用意した対談だったが、思わぬ収穫だった。潜在意識の記憶。肉体が消えても魂に刻まれた記憶は消すことが出来ない。つまりはラルフの記憶で刺激することにより、本来の記憶を復活させようとしているのだ。
だがこれは賭けである。何故ならベルフィアは第六魔王”灰燼”の体を乗っ取り、人格を破壊した。乗っ取ったということは体に刻まれた記憶を丸ごと手に入れたも同じこと。アンデッドに脳味噌の概念があるのかどうか不明な今、魂に刻まれた記憶だとの認識する他ない。
白絶とラルフの決死の戦いがしめやかに封を切った。




