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第十七話 開戦間近

 ガタンッ


 ミーシャは馬車の揺れで目が覚める。

 馬車に揺られて数日。お尻が痛くなることはないが些か退屈な日々を送っていた。身体は鈍るし、会話も単調。蒼玉が持ってきた絵画セットで遊ぶのも飽きた。

 唯一楽しみなのは野営地での食事。舌の肥えたミーシャ的には絶賛するほどの料理はなかったが、移動の最中出されるという新鮮さと保存食の味が忘れられない。缶詰めという保存食は初めて食べたというのに何故か懐かしさを感じさせた。

 薄ぼんやりとした視界でキョロキョロと辺りを見渡す。見慣れた馬車内。イミーナと蒼玉が同乗し、アルパザへと進軍している。一番に目が合ったのは蒼玉だ。


「お目覚めですか?」


 蒼玉はいつも起きている。寝ているところを見たことがない。夜もミーシャが先に就寝するため、寝転んでいる姿すら見たことがない。しかしそんなことは今どうでも良いことだ。


「……まだ着かないの?」


 何度もした質問。この馬車に乗ってから地図を見てどのくらいの期間で到着するのかを予想するゲームをしていた。早く到着してほしいミーシャは短めで答えていたが「残念、それでは早すぎます」という言葉を五回聞いたところで地図を投げた。ミーシャの「まだ着かないの?」も何度口にしたことか。

 けれどこの日の回答は今まで聞いてきた中で一番ミーシャの心を躍らせた。


「もう間もなくです。お待たせいたしましたミーシャ様」


「本当かっ!?」


 パァッと一気に明るくなる。ぴょんっと飛び跳ねるような仕草をして喜びを体でも表現した。その表情が見たかった蒼玉は、数日間ガッカリさせる「まだです」と回答をしてきて心底良かったと笑みを浮かべる。

 そんな二人の茶番にイミーナはうんざりしていた。いきなり奇襲を仕掛けて二人を亡き者にしようかとも考えたが、くだらぬ妄想のままで終わった。イミーナは誰にも聞こえないくらい小さくため息をつくとゆっくり外に視線を移す。人族と魔族が混在して進む奇妙な光景。数千年という間いがみ合っていたとは思えない。

 これが新たな世界。人魔同盟が基盤となり、人族と魔族が手を取り合って生きていく。


(おぞ)ましい……)


 人族を奴隷としてこき使うならまだしも、魔王が人族の王族と肩を並べることになる。由々しき事態だ。どこかで決別させるのが良いが、蒼玉は勘が鋭く頭が良い。動き出しにも完璧に対応するだろうし、力ではミーシャがイミーナを捻り潰すだろう。全てが下位互換のイミーナに為す術はない。


(なにこれ……もう嫌だ……)


 唯一の救いはこの馬車内にはイビってくるアトムの姿がないくらいだ。神の連中はミーシャに思うところがあり、近寄るのも嫌がっている。アトムまで居たらストレスでハゲていたかもしれない。


「……止まれっ……行軍停止っ……!!」


 ギギギ……


「?」


 遠くで聞こえた命令にミーシャたちの馬車も止まった。窓の外を見ると騎士たちはよく訓練されていてピタッと綺麗に整列して停止しているが、魔族はキョロキョロと忙しなく顔を動かしてみっともなく感じた。


「……規律や規則は大事ですね。こうしてみるとやはり美しさが違います」


「強ければ適当でも良いのよ。そんなことより、ようやく到着かぁ……長かったな……」


 ミーシャは即座にドアノブに手を掛けて馬車から出ていく。


「ミーシャ様!お待ちを!」


 蒼玉は慌てて追いかける。蒼玉が焦るのはいつもミーシャのことばかりだ。イミーナはここに隙を作れないか思案する。ミーシャを今一度殺しかけることが出来たらどうにかなるだろうと結論づける。


「不可能……ということか……」


 イミーナも後を追うようにゆっくり馬車から降りた。



 地平線にぼんやり浮かぶ大軍勢。魔族と人族の共同作業。狙うはたった一人の男の首。

 ただの人間にして世界有数の存在に喧嘩を売り、世界を敵にした憎まれし男ラルフ。


「俺世紀初の大軍勢だな……」


 裏で暗躍している奴らを怒らせることの危険性がよく表れている。

 アルパザの避難は何日も前に完了しているし、無人の街はラルフ一行が使わせてもらっている。被害は建物が壊れ、住民が戻って来る頃には更地になっている可能性も高いが、命には代えられないだろうと勝手に自分を慰める。


「やれっかなぁ……マジで……」


 頭をガクッと落としてアルパザに侵攻する大軍勢に尻込みする。


「そちがやらんで誰がやルんじゃ?」


 すぐさまベルフィアの(げき)が飛ぶ。今回の作戦の(かなめ)たる人物がやる気の問題で失敗でもしたらことだ。すぐに周りからも声が上がる。


「ラルフさんにしか出来ないんです!俺、信じてますから!」


「そうですよラルフさん!ミーシャさんのことを考えてあげてください!絶対苦しんでますよ?」


 ブレイドとアルルも応援する。アンノウンも口を開いた。


「大丈夫だよ、ここには私たちがいるからさ。存分にやってきてよ」


「ぼ、僕も頑張ります!だから……」


 歩も拳を握りしめてアピールする。そんな歩の手を見てジュリアが指摘する。


「ソレ、親指ヲ握リコンダラ殴ッタ途端ニ脱臼スルカラ、親指ハ外側ニシテ置イテ。ラルフモ、空回リハ怖イカラ常ニ冷静ヲ保ツノ。万ガ一ハ逃ゲ出シテ、得意デショ」


人狼(ワーウルフ)、見苦しいわよ。逃げたら全部を失うわ。必ず達成させるのよ。それが出来ないなら潔く死ぬのが良いわ」


 ジュリアが何とかラルフの気を落ち着けようとした時に横入りしてかき乱すティアマト。ムスッとするジュリアだったが、ティアマトの言い分は何となく分かる。追われて死ぬか、逃げずに死ぬか。名誉なんてものは簡単に捨てられるが、命はかけがえのないものだ。


「俺もティアマトの意見に賛成だ。どうせ死ぬなら無様に生きるより、華々しく散った方が格好が付くからな」


 (くろがね)もノリノリといった調子だ。どれだけ真剣に悩んでも結局は他人事。勝ち目がないのだからせいぜい楽しませろと鉄の嫌な一面が垣間見える。


「わたくしたちも尽力いたします」


 デュラハン姉妹、長女のメラは妹たちに目配せした。


「「「「「我ら12シスターズ改め、9シスターズ!推して参る!!」」」」」


 声が綺麗にハモって気持ち良い。仲間たちの多種多様な応援はラルフの緊張をほぐすのに一役買った。


「……やるか」


 心を奮い立たせる。


『良いですね。みなさん爽やかで』


 サトリもラルフ応援に駆けつけた。


「サトリ。ケルベロスは?」


『彼らは戦わせませんから、元の位置に戻しておきました』


「えぇ……」


 強大な戦力がまた一つ消えた。ラルフはアンノウンに召喚してもらったワイバーンに乗り込む。地面を離れて空を翔けていった。何度か乗ったからか、トラウマ体験か、どちらにしろ巧く手綱を引く。アルパザと大軍勢との距離の丁度半分くらいを狙って降り立つ。

 ラルフはハットを取ってそのまま手を振った。平野ということもあり、これだけ離れていてもよく見えるだろうと考える。


「……止まれっ……行軍停止っ……!!」


 軍はラルフの奇行に足を止めた。行軍の停止を確認したラルフはハットを被り直し、ハットの鍔を指でなぞった。


「さぁ……どう出る?」


 意地の戦争が今幕を開ける。

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