第十六話 追加人員
「面倒なことになったな……」
一角人の王”響王”は広い袖の中に腕を突っ込み、袖の中で腕を組んだ。ダンスホールのように広い部屋には数人の侍女と兵士が詰めていた。響王の臣下は君主の語り掛けに見向きもしない。それもそのはず、机の上にある通信機が会話の相手だ。
ホログラムで映し出された顔は領土を二分するもう一人の王”刃王”である。
『……マクマインめ!勝手なことを!!』
通信機越しにガタンガタンと色々倒したような暴れる音が聞こえてくる。
「落ち着け、みっともないぞ?」
『……そなたよくも冷静でいられるな……マクマインの小僧ごときに人族の命運を託そうなどあり得ん話だ。森王も老いさらばえた。奴に対して何のお咎めも無しとは……一つ危惧しているのだが、このままヒューマンの地位の向上を狙っているのではないだろうな?』
「森王がか?それはない。しかしマクマインは狙っているだろうな……ヒューマンは生まれながらの弱者、生きているだけでも不思議な種族だ。所謂劣等感が原動力となり突き動かすのだろう。裏切りにな……」
響王と刃王は共に頷き合う。二人の意見がマクマインの個人的な妬みから来るものだと決した時、口が挟まれた。
「本当にそうでしょうか?」
響王はバッと顔を上げる。この部屋で王を守るはずの兵士や侍女たちも、いきなり出現したこの女性に目を見張る。
「……”魔女”か」
魔女。白の騎士団最年長にして二十歳前後の美貌を保つ、ホーンが誇る魔法使い。青い水晶の角とは対照的なルビー色の瞳はまっすぐに響王を刺す。
「マクマイン公爵を知っています。彼の中にあるのは妬み嫉みのような低俗なものではありません。恨みや憎しみという負の感情。憎悪の吹き溜まりといって過言ではない穢れし者です」
『ソフィー=ウィルム。そなたは当時の作戦で一度会っただけではないか?何故そんなことが分かるというのか?』
「見たからです。彼の言動とブレイブの処刑を。慈悲の一つもなく、同情の欠片も見せない。彼はヒューマンにして魔族のような心を持った怪物です。そのうち取り返しのつかないことを仕出かすだろうと予期しておりました」
「今更何だ?事前に予期出来ていたのなら幾らでも進言出来たはず。起こったことをしたり顔でほざいても貴様の手柄にはならん」
「なるほど、その通りですね。しかし事前に教える気が無かったと言ったらどうでしょう?どうせ何も出来なかったでしょうし、静観を決め込むだろうと確信があったからです。現に八大地獄の時や、今起こっているアルパザのことも放っておく気だったでしょう?」
『!?……そなたそのことをどこで……!』
「厄介な耳があるので私には全てが筒抜けであるとご理解ください」
魔女に違わぬ不可解な存在。第一同じ生き物であるかも疑わしい。
「……では何とする?」
「”煌杖”イザベル=クーンとその部下を連れてアルパザに向かいます。あなたたちが危惧していたヒューマンの地位向上に便乗し、ホーンの価値を高めてまいりましょう。それでは」
ソフィーは踵を返す。
「一つ教えてくれ。いつもの怯えた態度は演技であるとの認識で良いのかな?」
その言葉に足を止め、肩越しに響王を見る。その目には先ほどのルビーの輝きは消え、何一つ感情のない陰りだけが宿っていた。冷や汗を一筋垂らした響王にニコリと笑顔を作ると、それ以上振り返らずに歩き去った。
*
ヒラルドニューマウント。アルパザ近郊にある標高の高い山。頂上付近は酸素が薄く、生き物には住みにくい環境となっている。現に草木は生えず、寂しいだけの岩肌が目立っている。
ここに生息するのはただの一種、”古代竜”。神は彼のことを”飛竜”と呼んだ。
「?」
飛竜は鎌首をもたげて外の様子を伺う。
(……なんだ?)
感じるのは強力な力。多種多様な実力者たちがこの地に集結しようとしている。
(そうか、ついに来たか……)
オロチ、ダークビースト、サイクロプス、リヴァイアサン、麒麟、鳳凰。この世界を悪しき侵略者から守護するための守り手、古代種もとい守護獣の大半が死に絶え、残るはケルベロスと飛竜のみ。
既にミーシャに敗れた身であるとはいえ、未だ生存している飛竜はその任を解かれてはいない。ならば全力で守り抜く。たとえもう一度あの怪物と戦うことになり、死の淵に追いやられることが確定したとしても関係ない。そのために生まれてきた。
(ふっ……二度は負けないさ)
誰と会話するでもなく、自身に言い聞かせる。
死ななければ安い。そのための逃走も考えたが、やはり最強の自負がそれを許さない。
(しかし、何というか……せめて一言会話したかったな……)
神は彼にとっては創造主であり唯一無二の友だ。いつもは放っておいて欲しいと日がな一日寝ているのだが、これが最期になるかもしれないと思えば心の弱さが少し出る。何とも都合の良いことだと自嘲する。特にアシュタロトとは仲が良い。怪我しても率先してやってきてくれるし、誰より面倒見が良かった。
だがそれは贅沢な願いだと考えを改める。ここにきてわがままを言おうなどとは思わない。来るなら来いと臨戦態勢を整えるだけだ。
『飛竜』
その時、声が聞こえた。会話したいと思う気持ちが伝わったのか神がやってきた。しかしアシュタロトではない。贅沢を言うつもりはないが、何でこいつが?と言いたくもなる存在だった。
ふわりと降り立った女性は官能的で、男なら誰でも魅了されそうなほどの美人だった。
『覚えてました?私ですよ、わ・た・し。最近はサトリと名を付けました。良ければ名前も覚えていて欲しいですね』
(サトリ?君が来るとは……いよいよ死期が近いといったところか……)
飛竜はガクッと肩を落とす。自他共に認める死神だったと言うことだ。
『そうガッカリされると悲しいですね。まぁ喜んでいただけるとは思っていませんでしたが』
飛竜がため息をつくと、サトリの背後から「ワンッ」と吠える声が聞こえた。
(……ケルベロス?何だその姿は?……いや、なるほど。大きなままでは目立ちすぎる。戦いを避けるのも役割の一つか……)
とはいえケルベロスの力は古代種の中でも一級品。油断を誘って攻撃するということも考えられる。飛竜は様々な可能性の一部を見出して感心していた。
「はぁ、はぁ……」
そんな超常の会話に異物が混じる。肩で息をしながら草臥れたハットを被り直す男。
標高の高い山の頂上は酸素が薄い。酸素を取り込むのもやっとといった感じで息をしている。
「すっげぇなぁ……はぁ、はぁ……これが古代竜か……」
飛竜の驚きの表情を目の当たりにしながら、ラルフは息を整えてハットの鍔を摘む。
「初めまして、俺の名はラルフ。サトリから色々聞いてる。名前が飛竜だってこと、こっちの言葉はしっかり分かるってこと。あと良識があるってとこか?てな訳で本題に入らせてもらうんだが……飛竜さん、俺と一緒に戦ってくれない?」




