第十二話 奇遇
ハンターとグレースは朝早くから調査団の面々と別れて山を下っていた。
”古代竜”が住まうヒラルドニューマウントへ向けて出来るだけ早く調査に行く。その為の移動手段として、平野を乗り物で移動する事になった。
草木を分けて徐々に下っていく。結局グレースの移動に合わせて進むので急いでもあんまり早くない。本当なら既に平野で騎獣を探していたのかと思うと、この組み合わせは失敗だったのだとグレースは思う。
何故ならハンターがニヤニヤして、やたら優しい。遅い事に対して叱責されるかと思うと「ゆっくりね」とか「無理しないでね」とか多人数で移動していた時にはここまで気を使われていなかったのに面倒なほど気にしてくる。
その様子に煽りを受けているかの様な苛立ちを覚えた頃、紳士であり続けようとするハンターの足が止まる。ようやく坂道を下りきってヘトヘトながらも進もうとするグレースは疑問より怒りが先行する。
「ちょっと何して……」
先を歩いていたハンターに近寄ろうとすると後ろに手を広げてグレースを牽制した。ただならぬ様子にビクッとなり停止する。そのまま掌を下に下げて屈むよう指示した。グレースは指示に従い、ハンターの動きに合わせて一緒に屈んだ。前方を凝視するハンターに小声で話しかける。
「ねぇ、どうしたの?」
「人間がいるんだ」
それを聞くとグレースも草むらの影からそっと前を確認する。そこには兵士と思わしき人たちがテントを立てて野営をしていた。
「何でこんなところで野営なんて……」
森からは離れているとはいえ隠れる場所の多いこの辺りでの野営は自殺行為ではないかと危惧する。人間はよほどの命知らずか、はたまたそんな事も分からない無知か。
「あのテントの数を見なよ、百は下らない。多分、軍の移動だと思う。数は力だから、魔獣だって危なくて近寄らないさ」
そう言われたら確かにテントの数が多い。見回りの兵士もやたらピリピリしているし、要人の移送か、はたまた戦争に行くのか……いずれにしろ野営に関しては理解できた。
「この軍の行く先はどこだと思う?」
ハンターは自分でも分からないだろう事をグレースに尋ねる。予想も出来ないグレースは突然何を聞いてくるのかと訝しげだ。
「……そんなの知るはずないでしょ。あんたには分かるっての?」
「いや、分からないよ。どこに行くのかな~って聞いただけだよ」
(益にも成らないことを……)
と可愛げもなく思っていると、ハンターが移動し始めた。
「ちょっとハンター!……もう……!」
小さな声でハッキリと呼びつけるが、止まる事もなく歩き出す。グレースは置いていかれるわけにはいかず後ろを付いていく。
少し歩いては止まり、観察した後、また動く。ハンターはグレースに見せないが、かなり警戒している。何となくこの軍がアルパザに向かって行軍していると予想していた為だ。
(森王は何も言ってなかったが……これも調査の為の軍なのか?もしくは別件か……いずれにしても、これでは移動が出来ないな……)
ここを手詰まりと見て、山に戻るべきか森王に通信の後、行動するべきか、思案していると、
「きゃっ!」
ガサッとグレースは思いっきり転けてしまう。ハンターは自分の事ばかりになって、グレースを放置してしまった事を後悔した。
「誰だ!」
その音に敏感に反応し、兵士は武器を構える。こうはなりたくなかった状況だ。グレースは転けた姿勢で死んだふりのように微動だにしない。今やっても全く意味ないし、滑稽だが笑う事は出来ない。
「そこにいるのは分かっている!出て来い!来ないなら攻撃するぞ!」
ジリジリと近寄って来る。三人の兵士が三角形の陣形を組んで、二人くらいが弓に矢を番えようと構えている。ハンターは50mくらいなら百発百中で射殺す事が可能だ。ましてこの距離なら十人いようが物の数ではない。グレースを庇うためハンターは自ら草むらから出て行く。
「エルフか?」
「攻撃しないでくれ、僕たちは敵じゃない」
弓を腰に下げ、矢を背中に背負い、両手を挙げて武器を持ってない事をアピールする。聞き取れる程度の声で、驚かせないよう伝える。
「たち?何人かいるのか…ここで何をしている?」
武器を掲げながら、間合いを開け、人間もハンターを刺激しないように会話を続ける。
「驚かせてしまって申し訳ない。あなた方の野営地に近寄るつもりはなかったのですが、山を下りたら丁度ここに行きついたもので……先を急いでいるのですが、行ってもいいでしょうか?」
兵士は武器を持たぬエルフにどうすればいいのか分からず目を見合わせて兵士同士で確認している。この場には即返答できる上司的立場の人間はいないらしい。エルフは”白の騎士団”の発起人であり、友好人種の代表でもある。言うなれば簡単には攻撃出来ないという事。
この人間達が突如襲ってくるような野蛮人ではないのが分かったので、少し急かせば行けるのではないか?という気持ちが湧いてくる。
「どうですかね?急いでるんですよ。行きますよ?」
「ま、待て!こちらとしても報告をしないわけにはいかない」
兵士の一人が焦って止める。
「お、おい……これ以上隊長の胃を痛める行為は……」
「かと言って知らせないわけにはいかないだろう」
グダグダやり始めた。後でやってほしいものだが、そういうわけにはいかないようだ。ハンターは棒立ちで聞き始めた。どうでもしろといった態度だ。グレースが草むらから顔を出す。
「ちょっとハンター。どうなってるの?」
「うーん……ちょっとごたついてるよ……向こうは上に報告するかどうか相談中だね」
グレースはすくっと立ち上がって、ハンターの横に立つ。あーでもないこーでもないとやっている兵士を観察していると少々面倒になってきた。
「あの~、すいません」
グレースは遠慮気味に発言する。
「すまんがもう少し待ってくれ」
兵士は武器をしまって両手で停止をかけるような真似をする。だがこれではまとまる話もこじれると感じ、それを無視して発言を続ける。
「会う必要があるなら、あなた方の上司に会わせてください。ウチらの事をお伝えしたいです」
兵士たちは顔を見合わせて頷き合う。腹が決まったようだ。
「こっちに来てくれ」
隊長に会わせてくれるのだろう。二人でその兵士についていく。
「流石グレース!上手い事いったね!」
「何言ってんのよ……当然の事を当然に言っただけじゃん。下手に持ち上げないで……」
「いやいや僕は、上手いこと避けられたらいいな~くらいに思ってたし、面倒事を先送りにしただけだから」
グレースは褒められ慣れない性格の為「フンッ」と鼻を鳴らしてそっぽを向く。ハンターも周りをキョロキョロ観察し、人数や位置を確認していく。いつでも逃げる事ができるようにする行動である。こういった行動にも余念がない。そうこうしていると隊長と呼ばれる男のもとに着く。
横幅が広く、厳つい顔をした男が入ってくる。鎧に覆われているが、きっと筋肉の塊であることが容易に想像できる。その厳つい男はハンターとパッと目が合って驚きの顔に彩られる。
「あなたはまさか……ハンターさんではありませんか?」
「えぇ?僕を知っているんですか?」
隊長は目を輝かせて、興奮気味に話し出す。
「当然ですよ!”白の騎士団”に今からでも入れるかもと噂されるあなたを知らないなんて騎士の恥です!」
知らなかった部下の前で言う事ではないが、興奮して周りが見えていないことは明確。視野の狭い隊長は部下を置いてけぼりにしつつハンターにかじりついて会話を弾ませようとする。まるでアイドルの前に来たファンのような感じだ。
「すいません。ウチら急いでるんですけど……」
それを聞くや否や、隊長は一瞬停止し、がっくり項垂れた後すぐに立ち直り、業務用の顔になる。
「つかぬ事を尋ねます。どこに向かわれるのでしょうか?」
ハンターは少し考えた後、すぐさま答える。
「……まぁ、隠す事でもないのでお伝えしますが、ヒラルドニューマウントに向かっています」
それを聞いた時、再び瞳に輝きが戻る。
「我々も同じ方向に向かうのですよ!奇遇ですね!!」
また始まった……。
面倒な輩だ。
「良ければ会っていただきたいお方がいるのですが、お会いできないでしょうか?」
だから、急いでいると言っているのに……。話を聞きそうにないので、了承することにした。
「ええ、いいですよ。どなたです」
「どうぞこちらです!」
ウキウキといった感じで案内をする隊長。ちょっとうんざりといった感じで付いていく。
「マクマイン公爵!お目通りをお許しください!会わせたい方々がこちらにいらっしゃってます!」
「「マクマイン公爵!?」」
二人は顔を見合わせて驚きを隠せない。しかし、その人物に会った時ハンターもグレースも襟を正す事になる。