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第十五話 信頼感

 ミーシャは目を(しばたた)かせる。


「……ん?仕事か?」


 蒼玉の言葉が良く聞き取れなかったのか、ミーシャは要約して返答する。


「はい、その通りです。ミーシャ様には今一度アルパザに赴いていただきます。場合によっては古代竜(エンシェントドラゴン)のお相手をすることになるかと……」


「あ、ああ。そういえば私はそいつと戦ったんだったな。どんな奴だったか覚えがないが……ドラゴンは大体一緒だよね?」


 側に居たイミーナにコソッと聞く。


「ええ、大体は一緒です。少しばかり大きくて足や羽が多いですが一緒です」


「そう……あ、後で絵に描いて見せてよ。思い出せるかもしれないし……」


「ミーシャ様。あまり時間をかけられるようなことは出来ません。今回の遠征は人族同様、馬車での移動となりますので」


「え?何で?飛んでいけばあっという間でしょ?」


「今後のために人族との歩調を合わせる必要があるのです。全て我々が仕切るとなったら何のための同盟か分かりませんから」


「めんどくさっ!じゃあ人族は皆殺しにするからそれでいいでしょ?」


「ダメです。さぁ、すぐに準備してください」


 ミーシャはブスッとした顔で演習場から出ていく。金属の破片がそこら中に飛び散り、巨大な和風の甲冑が横たわる。ペルタルクで開発された特別製のゴーレムである。三体の内、一体は何とか形状を保っているが、二体は下半身を残して上半身が砕け散っている。蒼玉の最強の戦力の一つである巨大甲冑ゴーレムはミーシャの運動で破壊された。おもちゃ同様である。


「……何発耐えましたか?」


「正味三発です。終始遊んでおりました」


「なるほど。一応、打撃力なら他の追随を許さないオークの連打も軽く防げる優れものですが、やはりミーシャには赤子の手を捻る程度。改良が必要ですか……」


 蒼玉は見下ろすように金属の破片を眺める。イミーナは俯き気味に呟く。


「……何故ミーシャをアルパザに……」


「聞いていませんでしたか?古代竜(エンシェントドラゴン)対策です。それ以外の何物でもありませんよ」


「ではアルパザに赴く理由は?あそこを滅ぼして何になるのです?人族との同盟に必要になるとはまるで思えませんが?」


 蒼玉は言い渋るように目を泳がせる。返答を待っていると蒼玉は少しづつ声を出した。


「ラ……すーっ……ラルフが生きていました」


 イミーナの目は大きく見開かれた。


「……騙したのですか……?!」


「心外ですね、そんなはずないでしょう?アレを生かす理由など爪の先ほどもありません。本来なら逃れ得るはずのない攻撃を何かしらの方法で潜り抜けたのでしょう……そうとしか考えられません」


「……目の前で見ていてそれを見抜けなかったと?」


「フゥ……ええ、その通りです。その通りですが口を慎んでいただけますか?誰に口を聞いているのか少しだけ考えて、言葉を吟味していただけると助かるのですが……」


 焦り散らかしたイミーナはようやく蒼玉にも予想外のことが起きたのだと察する。軽く頭を下げて「申し訳ございません」と謝罪すると改めて質問する。


「今一度ラルフを殺しに行くおつもりなのでしょうが、何故ミーシャに黙っておいでなのでしょうか?あの子なら取り逃がした獲物を必ず始末します。焚き付けて殺させれば万事解決でしょう?」


「そうもいきませんよ。当時私の力が作用したというのに、記憶から抹消したラルフを前に攻撃を躊躇しました。今は時間も経っていますし、混乱することもないのでしょうが、念には念を入れる必要性があると考えています」


「少々怯えすぎでは?出し渋るより知らせておいた方がよろしいかと愚考いたします。何なら私の方からお伝えしますが?」


「余計なことを……」


 そう言いかけて黙る。演習場の入り口にミーシャが立っていた。


「急ぐという割にはのんびりしているな。絵を描くくらいの余裕はありそうだが?」


「……そのようですね、失礼しましたミーシャ様。イミーナ様、少し揺れて描きにくいかもしれませんが、馬車内でお願いします。こちらで紙は用意いたしますので」


「かしこまりました」


 二人のソワソワした態度に多少違和感を感じたが、ミーシャは努めて気にしないように振る舞い、演習場に背を向けた。



 その頃のアルパザは慌ただしく流動していた。


「急げ急げっ!!ここはもうすぐ戦場となる!モタモタしていると死ぬぞぉ!!」


 アルパザを任されていた黒曜騎士団の先遣隊長が吠える。

 通信機を取り上げられ、且つ使用方法まで教えなければならなかった地獄の時間が過ぎ、現在は街の住民の避難に当たっている。無線機を取り上げられなかったのは避難誘導に必要だったためだ。

 魔族侵攻の時用に街の上役との会議で決まった避難規則。それに従うことで効率よく避難が完了していく。一人残らず死なせないように駆けずり回る。彼らこそ命を守る英雄だった。


「いいね。やっぱ慣れてる連中は一味違うぜ」


 望遠鏡を使って街の様子を監視塔から見ていたラルフは感心しながら笑っていた。被害を最小限に食い止める。それが可能なのは信頼における避難誘導係が民を必死に逃がすことだ。追い出すといった方が正しいかもしれない。とにかくこれで人死には減る。


「街の被害はこの際許してもらわなきゃな。何つっても命が大事だし?」


「何をブツブツ言ってる?」


 返答を期待していなかったラルフはビクッと体が跳ねつつ振り返る。そこにいたのはいつものベルフィアやアンノウンではなく、まさかのティアマトだった。


「おいおい、脅かすなよ。お前も見るか?さっきの騎士たちが街で避難誘導してて……」


「興味ない」


「あ……っそ」


 ラルフはまた望遠鏡を覗くが、背後の気配が気になって集中出来ないのですぐに振り返る。


「何か用か?」


「聞きたいことがあったのよ」


「そうなのか?言ってくれればすぐ答えたのに……」


 ラルフは尻の位置を調整しつつ座り直すとティアマトに「座る?」とすぐ隣を指差した。ティアマトは首を振って拒否する。


「聞かせて。あなたはミーシャを本当に取り返せると本気で思っているの?」


「それは難しい質問だな。……うーん……取り返せると思ってるよ」


「その理由は?」


「単純なことだが、ミーシャを信じてる。これに尽きるな」


 ティアマトは鼻で笑う。


「信じてる?根拠もなく信じてる?バカなの?」


 肩を竦めて半笑いで呆れ返る。それでもラルフの表情は少しも崩れない。


「ああ、バカだよな。でも……俺は信じてるんだ。誰に何と言われようとな」


 ティアマトは崩した表情を引き締める。


「……私の夫を奪われた。あの化け物に……」


「……」


 元第四魔王”紫炎(しえん)”、その名はドレイク。現第四魔王”竜胆”であるティアマトの夫であり、歴代最強の竜魔人。ミーシャと対峙し、激闘の末に死亡した。しっかりとミーシャとドレイクの戦いと勝敗を見ていたわけではなかったがラルフにも思うところはある。未亡人を前にどう言ったら良いのか分からず口を閉ざした。


「……だから失う痛みを私は知ってる……」


「え?」


 思っても見なかった言葉にラルフは目を見開いた。


「私は大切なお方を失った。でもあなたはまだ取り返せる。あの化け物……ミーシャを取り戻しなさいラルフ。その可能性が僅かでもあるのなら、突き進んで私に答えを見せてよ」


 ティアマトがやけにラルフを気にかけていたのは自分と重ねていたのだ。死に別れと記憶障害による別れ。失ったことは確かだが、まだミーシャは生きている。ティアマトには出来なかったことをラルフに託した。


「……ミーシャに寄り添ってあげなさいよ」


 その言葉を聞いた途端に目頭が熱くなった。泣きそうになる自分を制御し、何とか涙を引っ込めるとニヤリと不敵に笑う。


「……ああ、当然だぜ」


 ティアマトとラルフは同時にフッと小さく笑った。二人はお互いのことを思いやって笑顔を交換しあう。

 (わだかま)りもしがらみも解かれた優しい笑顔は、これから行われる戦争幕開けの表情として相応しくはなかったが、信頼を芽生えさせるには圧倒的で絶大な効果を発揮した。

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