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第十話 準備

 アルパザ。それは人族が唯一戦争を忘れて暮らせる安息の地。

 魔族に攻められることのない場所は貴重である。本来ならここに最大の都市を築いてしまうのが理想だった。しかしこの地に攻められない理由がそのまま都市を築けない理由となっていた。原因は古代種(エンシェンツ)の住処にあった。

 古代種(エンシェンツ)。ドラゴン、鳳凰、リヴァイアサンなどの神獣たちの総称である。

 遥か昔に魔族が古代種(エンシェンツ)に喧嘩を売り、みじめに敗北して以来戦いを避けるようになった。魔族による不可侵の誓いは千年の平和をもたらした。この誓いによって守られたところは獣人族(アニマン)の国、アルパザ、ハーフリングの村など様々。人族の滅亡を阻止出来たのは古代種(エンシェンツ)のお陰であるとする歴史学者は多い。

 そんな人族にとっての守り神たる古代種(エンシェンツ)、しかし魔族すら恐怖する怪物。そんな存在に恐れをなした王様が都市の建設を拒んだのである。「竜が開けた口の中に嬉々として頭を突っ込んでいるようなものだ」と非難した記録が残されている。

 だが、実際は寝床に入らない限り襲われない。魔族、人族共々、杞憂に踊らされていたのだった。

 それはさておき、そんな安息の地”アルパザ”にはドラキュラ城と呼ばれる恐怖の建物が存在する。その建物の名前通り吸血鬼が占拠した城であり、入ったものは生きて出られなかった。そんな都市伝説めいたスポットが街のランドマークとして存在しているとは何とも皮肉である。


「隊長!あれを!!」


「……出たか!死の花!」


 百年という時を吸血鬼ベルフィアだけの城にしていたのだが、現在では黒曜騎士団が占拠して兵舎として利用している。アルパザ近郊を一望出来る最上階には必ず二人監視員を付け、街の脅威に目を見張らせていた。主にラルフ一行のための監視だ。そしてそれは実った。


「やはりこの城を拠点にしていたか……公爵の予想通りだ」


 ラルフを殺され、ミーシャを失った一行は、行き詰まった時に最初期に立ち返るだろうと踏んでいた。とはいえ幾ら黒曜騎士団といえども吸血鬼が未だ健在である以上、ゼアルでも居なければ戦いにすらならない。


「よし!手筈通りこの城を放棄して距離を取る。速やかに静かに行動せよ」


「はっ!」


 この部隊の仕事はあくまで監視。戦いになれば無駄に死ぬだけなのは目に見えている。あらかじめ用意していた野営地に集まり、頃合いを見計らって散開。見つかることがないように無線と交代要員を駆使して様々な位置からの監視を行う手筈だ。

 撤退のための準備に取り掛かる部下たちを尻目に隊長は通信機を取り出した。早速公爵に報告しようとするが、事態は急変する。


「うわぁっ!!」


 外で誰かが()(つまず)いたような、はたまた殴られたような叫びが聞こえる。


「……何だ?魔獣の襲撃か?」


 窓に視線を向けると異様な存在がフワッと窓枠に足をかけたのが見えた。漆黒の全身鎧に身を包んだ最強の一角。


「違うさ」


 そう言った瞬間に全身鎧のかざした手から水銀が発射された。驚いたのも束の間、あっという間に水銀に飲み込まれてしまった。


 ビキビキッ……


 鎧の隙間という隙間に侵入した水銀はそのまま固まり、隊長を含めた三人が拘束される。


「な、何だこれは!?」


「ぐぅ……体が動かない!!」


 瞬時に捕獲された三人。隊長は吠える。


「き、貴様!一体何者だ!?」


「我が名は(くろがね)、第十二魔王”(くろがね)”だ。ふっ……そう力むな、殺しはしない。これもまた必要なことらしいからな……」


「まさかそんな……!こんなところに何故……!?」


 ここまでの手際の良さを考えれば只者ではないと考えたが、魔王と言われれば納得と共に心理的にも屈してしまう。ガシャガシャと入り口付近に鎧の擦れ合う音がする。まだ倒されていない部下が居たようだ。しかしこの部屋に来れば魔王に鉢合わせ、最悪殺されてしまう。


「こっちに来るな!!魔王が居るぞっ!!」


 しかし、そんな叫びは虚しく上に上がってきた。ヒョコッと顔を出したのは屈強な男ではなく、美人な女性だった。


「こちらに居ましたのね鉄様。下も制圧致しましたので大広間に参りましょう」


 デュラハン姉妹の長女メラである。剣の腕前は何を隠そう最強の騎士と名高いゼアルと肩を並べる。ただし普通の人間だった頃のゼアルとであって、神に能力を向上させられたゼアルの腕の前には足元にも及ばなくなってしまった。悲しい現実である。


「流石に仕事が早いな」


「鉄様には遠く及びません。ここには十人ほどしか居ませんでしたから、手分けして捕まえたんです。ひとりで複数人を一片にはわたくしたちには無理ですよ」


「褒めても何も出んぞ。さぁ、とっとと行こうか」


 鉄は捕らえた金属の拘束を緩めたり固めたりしながら三人を器用に立たせると歩くように指示をする。三人が逡巡していると背中をメラに押されて急かされる。渋々歩き出した三人と共に大広間に着くと囚われた部下の姿があった。数えたら今日ここに居た部下全員が根こそぎ捕まっていた。


(何故……誰一人殺さない?)


 人質だとするなら必要な人数だけ確保すれば用済みだろう。つまり最初に二、三人捕まえたら他は用済み。隊長であり、機密事項を握ってそうな自分さえも魔族にとってはどうでも良いと殺されたかもしれないのに、全員を捕まえて何をしようというのか?


「始メヨウ」


 この中で唯一人外であるとハッキリ分かる人狼(ワーウルフ)のジュリアが前に出た。


「コノ中デ誰ガ一番偉イノ?」


 隊長を探している。これは隊長が見つかった途端に部下が殺されるかもしれない。それが頭に浮かぶということは必然全員が黙秘することを意味する。ジュリアはこの沈黙にスンスン鼻を鳴らした。


「ナルホド、オ前ガ隊長カ」


 ビシッと指さされた男はビクッと体が跳ねる。一発で見透かされた。


「……わ、私が隊長だと?何でそう思う?」


「臭イヨ。質問シタ途端ニ体臭ガキツクナッタ。焦リガ発汗ヲ促シタノヨ」


「……いや、何だ。私は元より汗っかきだ。それを根拠にされても……」


「アタシニ誤魔化シハ効カナイカラ。ホラ、焦ルカラドンドン臭クナッテル」


 それを聞いたデュラハン姉妹の何人かは自分達には汗の臭いなど香ってもいないのに鼻を摘み始めた。幻臭と呼ぶべきか何故だか若干臭く感じたためだ。


「おいおーい、そこまでにしとけ。側から見たらただのイジメだからな?それ」


 そんな()(たま)れない空気の中にラルフが乱入する。後ろに引き連れているのはベルフィアとティアマト、それから歩の三人だ。歩を連れて来たのは何処に隠れ潜んでも一発で場所を把握することが出来るからだ。彼の特異能力である”索敵”と”識別”の前に逃れる術は無い。

 何とも不思議な面子だ。ヒューマンと魔族が一緒に行動しているのは元より、魔王が三柱も居ながら幅を利かせているのがラルフという驚愕の事実に愕然とする。いや、それよりも驚きなのが……。


「……貴様は死んだはず」


 最近の報告で必要なくなったラルフの手配書を回収し、確認後捨てた隊長はこの中の誰よりもラルフの生存に驚いている。


「正確には死にかけた、だけどな。どうだ?俺の言うことを聞いてくれたら俺と同じように命が拾えるとしたら、お前らは俺に従ってくれるか?」


「バカな!」「正気じゃ無い」などの言葉が飛び交う中、隊長は冷静だった。


「……何をさせるつもりだ?」


「隊長!こんな奴の言うことなんか信じたら……!!」


「黙っていろ!!」


 隊長は部下を一喝する。すっかり静かになった場内。沈黙から逃れたのは隊長だった。


「……内容次第では従おう。命の保証付きでな」


「全員の命を保証するさ。というかそうしないと被害が拡大するだけだからな」


「ああ、そうか。それで?」


「じゃ、まずは通信機を貰おうか。マクマイン公爵に直通の奴。……あ、無線機は持っとけ。どうせ後で使わなきゃダメだしな」

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