第八話 神々の暇つぶし
バレットの侵攻で始まった戦争は、漁夫の利を狙う第三勢力たちが次々に参戦して大混戦となっていた。肉が弾け、血が流れ、骸と化す生き物たち。中でも異彩を放っていたのはやはりと言うべきなのか、八大地獄の連中だった。
誰一人として傷つくこともなく、蹂躙していく五人の怪物。魔王クラスのような突出した者が居ない以上、彼らと互角に渡り合う者は居ない。強者たちの夢の跡。地面に染み込む大量の血液が悲哀を感じさせた。
『はっはーっ!踊れ踊れ!愚者共ぉっ!!このユピテルに可能性を見せてみよ!!』
肉体美を晒し、腰布を巻いただけの切れ長の男は長い髪を靡かせて高らかに笑う。不干渉を決め込んで眠りこけていたとは思えないほどの享楽ぶりである。
『楽しそうではないか。何をそんなに笑っているんだ?』
そこに気配だけの存在が並ぶ。
『おおっ!バルカン!君も来たか!これが笑わずにいられるか?!やはり崩壊の音は心地良い!新たなことへの挑戦と進歩の音だ!!古きは淘汰され、次世代が芽吹く!世界が変わる!』
『心底楽しそうだな。私は変化を恐れていたというのに……』
『何を言うっ!変化がなければ革新は生まれ得ぬ!だから不干渉など毒だと言ったのだ!エルフに”天樹”を授けた時も我らとの会話以外にきちんと別の方向性の使い道を見出した!あれは彼らの進化だ!それを堕落だ破壊だと罵りおって……恥を知れ!エレクトラめ!!』
ユピテルは興奮気味に大きく手を振った。唐突に怒りをぶつけられたバルカンは困った。
『おいおい、私はお前と言い争ったり誰かを擁護するために話しかけたのではないぞ?それに天樹は元々別次元の私らと交信するためのもの。あの使い方は草木が花を咲かせた後に種を蒔くくらい当たり前の機能だ。進化は大げさではないかな?』
『……なんだ言い方が気に入らないか?ならば彼らなりの進歩と言い換えよう。……いや、言い方などどうでも良い!問題は放置したことに他ならないのだからな!アルテミスのような狂神と一緒にされるのは避けたいが、あの時だけはアレに賛同出来た!元より人魔大戦に介入すべきだったのだ!!』
『うーむ。それはそれ、これはこれではないか?あの時は私らも考えが浅かったと反省する点はあった。だからこその不干渉だろう?今更あれは間違いだったと後悔したところで時は戻ってはこない。川の流れに乗る木の葉のようにただ揺られて進むしかないのだ』
バルカンにあるのは”放任主義”である。生き延びるものは存続し、滅びるものは無情に消える。自然淘汰はこの世の理。自分たちが手を出すのは如何なものかと忌避しているのだ。神の誰かが強い意志で取捨選択したものにケチをつけるつもりは端から無いが、心の中では(間違いじゃないかな?)と常に感じていた。
『君の考え方を否定するつもりは無い。君も特に邪魔をしない以上、こちらの考えを否定するつもりは無いのだろうからな』
『ああ。当然無いが、心配はしているよ。私は不均衡が嫌いでね』
『であるなら諦めるのだな。最強を自負していた古代種も後二体になってしまった。どれほど「そうあれかし」と叫んでも均衡は崩れるもの……あ、ジョークか?ジョークだな?自然を愛する君が不均衡を嫌うなんてあり得ない。自然はいつだって不揃いなんだから……って、分かりにくいジョークだな。もう少し気の利いたものにしてもらえると助かるのだが?』
『い、いや、そんなつもりは……』
反応に困る絡みをされたバルカンは困り果てて返事がまともに返せない。面倒臭いので話題を変えるよう試みる。
『ところで何のために八大地獄を灼赤大陸に向かわせたのかな?魔族を殲滅させるためか?』
『気になるか?ならば一緒に居れば良い。見せてあげよう。変化をな……』
ユピテルとバルカンは空で語らう。文字通り高みの見物で灼赤大陸の都市”ヒートアイランド”が壊滅するところを観戦した。瞬く間の壊滅。疾風のバレットの仕業では無い。ボルケーノウィッチもオーガ族も竜魔人も関係ない。全ては地獄の為せる芸当。
手に入れた死体は三体。フレイムデーモンとボルケーノウィッチ、そして竜魔人。いずれもこの大陸にて最悪にして最強の戦士たち。無造作に放り出された死体を前に、ユピテルは屈んで目を閉じた。肉体の再生→降霊→魂入れの順番で蘇す。
『まさか魔族の体に……』
『ふっ……驚いたか?ご明察。これで彼らもパワーアップというわけだ』
意気揚々と倫理観をまるで無視した外道な行いが目の前で炸裂する。一度死んだものを生き返すのにも抵抗があると言うのに、別の体に魂を移植するなど言語道断。バルカン的には吐き気すら催した。
『……無茶をする。それは邪道だろう』
『何?これは改革だ。恥ずかしがることでも蔑むことでもない。死を超越するためには最低でもこれくらいは加勢しないとダメだろう?』
『死……サトリのおもちゃのことか。確かにアレを倒すなら何かしらの力が必要ではあるが、コレは……。私は見なかったことにする』
『ふんっ!好きにしろ』
ユピテルの無茶についていけないバルカン。神同士とはいえ、二柱の性格は根本から合わないことが分かった瞬間だった。




