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第三話 二つの視点

「あと準備出来るのは最良の手ですが……どうします?」


 ブレイドはラルフにコソッと耳打ちする。白絶の参戦条件の一つに作戦案を提示するものがある。ミーシャを敵にするならいくら手を用意しても足らないくらいだが、白絶は中でも最良の手を求めている。


「どうするもこうするも……取り敢えずそいつは一旦保留だ。作戦を立てようにも、戦う場所も決まってねぇのに迂闊に動けねぇよ」


 ラルフはヒソヒソと同じ声量で返答する。耳聡いティアマトは訝しい顔で二人を見た。


「ちょっと。そんなんで大丈夫なの?相手はミーシャだけじゃないんだからね?」


 蒼玉やイミーナ、魔王の部下たち、そして八大地獄も唐突に横入りしてくるかもしれない。可能性を考えれば切りが無い。決して大丈夫とは言えないが。


「だ、大丈夫だって!……俺を信じろよ」


 この場ではこう言うしかない。白絶に啖呵を切らなければならない時に弱気な発言は許されない。時と場所を考えてから尋ねて欲しいと心の中で切に願う。


「期待しているよ……ラルフ……」


 白絶から変なプレッシャーを感じる。ミーシャを助けるには当然命をかける必要がある。それに掛かる期待や責任は凄まじい。それだけでもポキッと心が折れそうなのに、これ以上の負荷を掛けるべきではない。

 などと、ラルフは文句を言いたい気持ちをぐっと飲み込んで何とか返事した。


「あ……はい」


 一気に頼りない空気感が場を支配した。ティアマトは元からだが、マーマンの兵士たちや(くろがね)も訝しい目を向けてくる。こんな奴が中心となって戦おうと言うのか?無謀も過ぎるだろう?と内心不安でいっぱいだ。

 特に鉄とティアマトにとってのラルフとは、ミーシャという暴力装置込みでの存在。ヒューマンという立場でありながら、殺される事なく旅をし続けた幸運の男。蒼玉との決別がなければ一緒に戦おうなど微塵も思わなかったに違いない。

 しかしブレイドやアルルは違う。共に旅に出たからこそラルフのことをよく知っている。一見失望させるような言動をするが、これでどうして肝心な時に最良の行動をとる。だから安心した眼差しで白絶を見た。二人の見た白絶の顔も驚くほど穏やかな顔だった。


「心配いらなそうですね。俺とアルルは先に戻ってみんなに伝えてきます。……みんなで案を考えていますので、ベルフィアさんとお戻りください」


「待て待て、俺をこいつらと一緒にする気か?」


「ああ、いえ。もちろん連れて行きます。鉄さん、ティアマトさん、上に戻りましょう」


 ブレイドは二人を見ながら上を指差す。ティアマトは舌打ちをしながらジロッと睨みつける。


「ちょっと!私に指図しないで!」


 ミーシャという抑止力が消えたせいなのか、最近では面倒臭さが爆上がりしてきた。


「え?ここに居たいんです?」


 アルルは目をパチクリさせながら尋ねる。鉄もさっさと踵を返して出て行こうとしていた。


「いや別にそういう訳ではないけれど……」


 チラッとラルフのことを見た。ブレイドは視線に理解が及んだ。


「……ラルフさんなら大丈夫です。白絶さんは悪いようにはしません」


「はぁ?別にこいつのこと何てどうでも良いわよ。何勘違いしてんの?」


 ティアマトはプイッとその視線を外す。


「良いよブレイド。後で一緒に戻るから」


 玉座の間を出て行く三人の背中を見送り、ラルフはティアマトに向き直った。


「よぉ、白絶と話しでもするか?」


 ティアマトは小さく首を振った。

 どういう風の吹き回しか。彼女の心を知れるのは彼女のみだ。



「ミーシャ様。お食事でもいかがですか?」


 蒼玉はいつものようにミーシャの部屋を訪れた。毎日毎日飽きることなく。

 ミーシャと過ごす時間こそが最も幸福な時間と信じてやまない蒼玉は、公務に支障をきたさない程度に彼女に接触を図った。


「……ミーシャ様?」


 そしてその度、上の空なミーシャを見るようになった。


「ん?ああ、蒼玉……何か用か?」


「お食事でもと思いまして……」


「何?もうそんな時間か?」


 慌てて立ち上がってみるが、領地のないミーシャには公務など存在しない。黒雲が健在だった頃は何かにつけて、あれをしろこれをしろと言われてきたものだが、今は暇でならない。キョロキョロと辺りを見渡してまた椅子に座った。


(……何らかの役職を与え、動いた方がミーシャの為……ではあるのだけれど……)


 でもこうして会えなくなってしまう事態は避けたい。今度目を離したら二度と自分の元に戻らないのではないかと恐怖しているのだ。

 ミーシャを手元に置きたいと願う無理筋な想いからイミーナの裏切りを画策した蒼玉。紆余曲折あってこの形に持ち込み、ようやく理想の状態となったのだ。崩すわけにはいかない。


「食後に少し運動しますか?」


「……うん。最近体が鈍ってると思う。良いデコイを用意してよ」


「かしこまりました」


 蒼玉は頭を下げたままチラッとミーシャの手元を見た。ミーシャは大事そうに右手薬指に嵌った指輪を優しく撫でる。すっかり癖になっている。ラルフを葬ったあの日から、記憶もラルフも、もう元に戻らないというのに未練がましく。

 だが指輪を取り外させたり、交換させたりすることが出来ない。機嫌を損ねれば、今度は会ってくれなくなるかもしれない。

 百年待ったのだ。完全に自分のものになるのにもう少し時間がいるだけだ。


(いず)れにしても慌てることはないわ。割とすぐにその時は訪れるのだから……)


 ほくそ笑む蒼玉。そんなことなど露知らないミーシャは、また無意識に指輪を撫でた。

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