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第二話 昔々のお話

「……何で妾がこんなことを……?」


 ベルフィアは不満げにポツリと漏らした。



 それは十分前に遡る。

 ラルフに対して白絶の出した条件は三つ。

 一つ、参戦させるからには最良の手を以って敵に挑むこと。

 二つ、ミーシャの記憶が戻らないと判断した際は躊躇う事なくその命を奪うこと。

 三つ、テテュースとベルフィアを対談させること。


「……は?」


 ベルフィアは何を言われたのか理解出来なかった。それはラルフたちも同じだ。


「え?対談?二つは理解出来るが、何で対談?」


「……知る必要のないことよ……」


 白絶は答える気がないと言いたげに突っぱねる。ラルフたちは白絶から目を離してテテュースを見た。テテュースは身じろぎ一つなくじっとしている。


「くだらん冗談を言っとル場合か?今は何ヨりミーシャ様ノ安全を考えルべき時。お遊びに付き合う気など毛頭無いワ」


 ベルフィアは眉を顰めて怒りを見せる。白絶もその反応に目を細める。急激に不機嫌になっているのを感じ取ってラルフは口を挟む。


「わぁーっ!嘘嘘っ!こんなん嘘だから真に受けちゃダメだぜ?はっはっはっ!」


 ベルフィアの肩を掴んで白絶から視線を逸らす。声を落として言い聞かせるように口を開いた。


「……白絶を怒らせても何の得もないことは分かんだろ?ただの会話だって。そんなんで参戦してくれるなら儲けもんだろうが」


「ふんっ……!ただおちょくルだけじゃったらどうすル?暇つぶしに(もてあそ)んでおいて、やっぱり行かんじゃ話にならん。条件などと(てい)ノ良い断り文句だと思ワんか?」


「バカ!そんなことをいちいち考えてると思うか?てか、こんな言い合いこそ意味が無いだろ。歩み寄るのが大切なんだよ」


 何故か意固地になるベルフィアの説得に勤しむラルフ。痺れを切らして白絶が声をかける。


「……この程度の条件に何をいちいち……早くしてくれない……?」


「すまない!もう済ますから!」


 ラルフはため息をつき、肩を竦めてハットを被り直す。


「……気に入らないのは分かる」


「違う。こんな無駄なことに時間を使うことがおかしいんじゃ……奴が気に食ワんし」


「良し、分かった。そんなお前を動かす魔法の言葉を唱えよう」


 ラルフは勿体振った言い方で一拍置いた。


「ミーシャのためだ」



 応接間に通されたベルフィアは、テテュースの対面に座らされる。

 喪服姿の淑女はまるでマネキンのように身じろぎ一つしない。共にアンデッド同士、しかし不死の定義が違う二人はただ見つめ合う。


(ミーシャ様を救い出すタめとはいえ、こんな奴らノ手を借りねばならんとは……)


 そう思うのも無理はない。敬愛するミーシャを真っ先に手駒にしようとしたのは他ならぬ白絶である。未遂に終わったのは運が良かっただけだ。記憶を取り戻す名目で蒼玉から取り上げるだけの可能性もある。

 常に目を光らせているのがミーシャに対する忠誠というものだ。ラルフが間抜けなので自分がしっかりせねばならない。


「……いつまで黙っとルつもりじゃ?日が暮れルぞ?」


 さっさとこの茶番に終止符を討つべくベルフィアから声を掛けた。


「噛み締めているのでございます」


「噛み……なに?」


「夫との再会にでございます。ようやくこの機会に恵まれました。白絶様、並びにあなた方にも感謝申し上げます」


「夫……ふむ、なルほど……妾ノ中ノ灰燼に用があルと、そう言いタいんじゃな?」


 コクリと頷く。

 テテュースは白絶の側近であり下僕。自身のわがままは許されず、白絶の行うことこそ常に優先されなければならないと考えている。そんな主人に賜った機会に感無量の様子。


「私は夫を消滅に追いやったあなた方を憎く思っておりました。しかし、あなたの中に微かに残る夫の気配に喜びを感じたのも事実。今一度会話をしたく……」


「残念じゃノぅ、灰燼は妾ノ記憶になっとル。妾ノ人格は妾だけノ物じゃ。そちノ思う対話にはならんぞ?」


「むしろそちらの方が好都合でしょう。夫とは噛み合わない節が多々ありました。私のことなど路傍の石よりも興味がないものであったと自負しております。久々に思い出話に花を咲かせられれば幸いでございます」


 ベルフィアはきょとんとした顔でテテュースを見つめる。


「……変わっとルな。そちがそれで良いと言うノであれば付き合おう」


「はい。それとこれは私のわがままなのですが、よければテテュースとお呼びいただければ……」


「ふむ……それではテテュース。何ノ話を望む?」


「はい。夫……オケアノスは何故私を捨てたのかをお聞かせください」


「……重っ」


 最初の質問が重すぎてたじろいだが、すぐに目を瞑り、こめかみに指を添えて思い出そうとする。


「かなり深いノぅ……記憶ノ断片などというところにはおらん。深層心理……いや、数々ノ記憶が混在して埋もれタか。灰燼本人もすっかり忘れてしまっタ場所に答えがあル」


 ベルフィアはゆっくりと目を開けた。


「……そちじゃ」


「え?」


「そちノことがきっかけノヨうじゃぞ?」


 テテュースは不思議な顔をして困惑を隠せない。ベルフィアがテテュースの気を良くしようと考え、突然そんなことを口走ったと思ったが、こう言っては何だが彼女にそんな知恵があるとは思えない。良くも悪くも感情に左右される存在だ。そしてそれは的を射ている。ベルフィアは彼女の印象通り、全力で馬鹿にする時くらいしか相手の感情を逆撫でしようと画策しない。

 覚えている限り五百年はなかった胸の高鳴りを感じて唇を震わせる。既に死者と化しているテテュースの心臓は止まっているというのに、高揚を止めることは出来ない。

 ベルフィアは少し前のめりになったテテュースの期待に応えるように続きを話した。


「……二人ノ間に子供が産まれんかっタヨうじゃな。何が原因なノかを研究しタ結果、灰燼には種がなかっタことが発覚。次代にそちとノ遺伝子をつなぐことが出来ない事実に深く衝撃を受けタと見えル」


「……」


 テテュースは押し黙って下唇を噛んだ。


「それでも何とか二人ノ愛ノ結晶を残しタかっタヨうじゃ……遺伝子組み換え、融合、分裂と細胞ノ培養。生き物を捕らえては研究ノ糧とし、時間を忘れて没頭しタノじゃな」


「わ……」


 テテュースは震える唇を抑え切れずに、そっと漏れ出したような声を出す。


「……私にも非はあります……」


「いや、子供が産めなかっタノはそちに非は無い。それはあノ時に二人ですり合わせを行なっていルではないか」


 あの時。それは研究に明け暮れる灰燼……いや、オケアノスに対してテテュースが止めるように交渉しに言ったあの時だ。オケアノスは妻であるテテュースの体も既に調べていたのだ。彼は資料も用意して反論の余地をなくしていた。

 もう止められない。そう感じた時、自分に非があったならどれほど良かったかと泣き腫らした日々を覚えている。


「灰燼は研究に研究を重ね、やがて異世界人ノ情報を入手しおっタ。そノ頃ノ灰燼は弱く、一人捕まえルノにかなり難儀しタヨうじゃが、記憶を探ル内に異世界に興味を持っタヨうじゃぞ?そノ事がきっかけで自分ノ遺伝子を後世に残すことを諦め、アンデッドになって永劫ノ時を生きルことにしタヨうじゃ」


 淡々と話すベルフィアは一拍置いて、テテュースの様子を見つつ口を開く。


「テテュース、そちノことは一応気にかけとっタヨうじゃが、自分なんぞ忘れて新タな一歩を踏み出して欲しいと思い、二度と会わないことを決意しタヨうじゃぞ?……男とは勝手なもノじゃノぅ」


 テテュースはオケアノスと一生添い遂げる覚悟だった。夫がアンデッド化したのを感じた彼女は自身も禁忌に触れてアンデッドとなった。行動の全てが彼女の覚悟を物語っている。


「……よく分かりました。夫がもし消滅していなくても、私の前には姿を現さなかったでしょう。いやそれ以前に、深層心理に隠れた記憶となっていたのなら、私のことなどすっかり忘れていたでしょうね……こうして分かったのは奇跡です……」


 痛々しいテテュースの哀愁漂う姿に流石のベルフィアも軽口を叩けなかった。舌先で唇を湿らせながらも黙って目を伏せた。


「申し訳ございませんベルフィア様。この様な暗いお話を……」


「様なんぞつけんで良い、せっかくノ対談じゃ。暗い話題だと思うなら明ルい話題に変えれば良かろう?さぁ、次は何を題材にすルかノぅ?」


 少し前までは全く乗り気ではなかったベルフィアだったが、テテュースとオケアノスのいじらしい関係に感化されて気持ちを入れ替えた。テテュースもこの変化に顔が綻び、喜びを湛えていた。

 二人の対話は思った以上に長く続くことになる。

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