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第一話 懇願

 空中浮遊要塞スカイ・ウォーカー。

 それは彼岸花の形を模した複雑な造形の要塞。無駄としか言いようがないこの形に魅了されたのは第六魔王”灰燼”である。彼岸花はこの世界にはない植物。その花を知り得たのは灰燼のとある研究の成果といえる。


「ほぅ……珍しい面子だね……」


 その真下で海面に浮かぶ提灯のような建造物。魚人族(マーマン)が製造した、歴代最強の戦艦であると自負する無敵戦艦”カリブディス”。

 その船の艦長である第十魔王”白絶”は、目の前にズラッと並んだ客人を見て赤い目を光らせた。中でも最もオーラのない男が一歩前に出る。


「よう白絶。元気そうで何より」


「……ラルフ……全く君は……どうしてそんなに……偉そうなのかな……?」


 首を傾げるようにコテンと頭を右に傾けた。幼女のような可愛らしい顔に感情は浮かんでいない。白絶唯一の魔族の部下である喪服姿の美女、テテュースがピクリとも動かないところを見れば不快に思わなかったのは確かだ。

 壁際で武装しているマーマンたちは一瞬武器を構えかけて姿勢を正す。まだ白絶の感情の機微を読めていないようだが、主従関係はしっかりしているようだった。


「……マーマンたちとも上手くやれているようで安心したぜ」


「ふん……要件は……?」


 白絶は鼻で笑うと本題に移るように促した。


「折り入って相談なんだけどよ、俺らと一緒に戦ってくれねぇか?」


 その言葉に白絶の片眉が上がる。


「一緒に……そういえばミーシャはどうしている……?君の側に居ないのは……何というか不思議な感じだ……」


「あ、気づいた?……まさにそいつが本題だよ」


 ラルフは白絶に事のあらましを説明する。グラジャラク大陸での戦争を機に(くろがね)と竜胆と組んだ事、ペルタルク丘陵での停戦の呼びかけと古代種(エンシェンツ)との戦闘。八大地獄の簡単な説明に、蒼玉の能力によるミーシャの喪失までを淡々と。黙って聞いていた白絶も途中で我慢出来ずに口を挟んだ。


「ちょっと待って……蒼玉の能力って言った……?」


「ん?ああ、だからそれの能力だか何だかでミーシャの記憶が混濁して……記憶喪失になったんだよ。そのせいで一時的に敵になったけど、白絶の洗脳能力でどうにか出来ると……」


「無理……」


 ラルフたちの希望を一身に背負うはずだった白絶の口からの拒絶。交渉の余地のない空気に思わず第十二魔王”(くろがね)”が声をかけた。


「何故だ白絶?やって見ぬ内から何故そんな簡単に否定するんだ?」


「鉄……何があったか知らないけど……その男からは離れなさい……。ティアマト……君も……」


「は?何よいきなり」


 ティアマトは不機嫌そうに腕を組んだ。いきなりのことすぎてラルフも両手を前に掲げる。


「ちょっちょっちょっ……ちょっと待て!先ずは理由を言えよ。急に俺たちを引き裂くような真似をするんじゃねぇ」


 焦りながら必死になるラルフ。白絶は肩を竦めて口を開く。


「蒼玉の能力……それは時を戻す力……。それに当てられて記憶喪失に……なったとするなら……記憶だけの問題ではないということ……」


「?……それはつまりどういうことじゃ?」


 ベルフィアも首を傾げる。


「記憶は脳に刻まれる……脳という記憶媒体自体が巻き戻ったとしたら……今まで過ごしてきた日々が……時間が……失くなることを意味する……。それも一時的にではなく……完全に消滅しているの……。これを踏まえた上でもう一度言う……その一行から離れて……領土と民のために……」


 ミーシャに正面から挑めば死ぬ。そんな無謀に首を突っ込むくらいなら自国を守れと言うのが彼女の意見だ。それを聞いたベルフィアの顔はみるみる暗くなっていく。時間を戻す。そんな神の如き力を前にすれば、ミーシャすら抗えないと言う事実。

 ベルフィアだけではない、同行していたブレイドとアルルも曇る。神を名乗る不敬な存在、アトムの”言霊”が効かないミーシャが記憶を戻された。となれば蒼玉の力はまさに神を凌ぐ力だと言うこと。

 そんな絶望的なことを聞かされてもラルフだけは揺るがない。


「なるほど、確かに如何しようも無いな……なぁ白絶、俺はこの状況に既視感を覚えてるんだ。特にお前の顔を見ているとな……」


「……洗脳……かな?」


 白絶は先のラルフの発言を思い出す。確かに白絶の洗脳はミーシャを一時的に動けなくすることに成功した。


「言いたいことは分かる……でも無理だよ……。彼女の記憶を呼び戻すことは……っ……」


 その時初めて白絶は言葉に詰まる。当時のことを思い出して押し黙った。ラルフはそんな白絶を見てコクコク頷きながらドヤ顔をし始める。


「あぁ〜♪当然心当たりがあるよなぁ?言っても信じないだろうから言わなかったが、記憶が消えても俺のことを覚えている風だった。自意識過剰だって言われりゃそうなのかもしれないが、俺を殺すのに躊躇したのは確かだぜ?」


 それは白絶との直接対決の日まで遡る。

 白絶はミーシャを嵌めてまんまと洗脳する一歩手前まで追い詰めた。しかし後一歩というところで洗脳には至れなかった。ミーシャの心には最後まで入り込めなかったのだ。ラルフの存在がミーシャの心のファイヤーウォールとなって侵入を阻んだ。これを踏まえればラルフの存在が”もしかしたら”や”万が一”を生み出す可能性を秘めている。

 だが、白絶は首を小さく振った。


「……僕の洗脳と蒼玉の能力は全く違う……物理的に記憶を巻き戻されたんだからね……。無いものを復活は出来ない……」


 やはり無理を主張する。取りつく島もない。


「無駄足だっタノぅ……行くぞラルフ」


 そうして踵を返すが、やはりラルフだけは変わらず白絶を見ていた。


「待ってくれ、確かにどうすれば良いか分からねぇよ?完全に消えちまったものを取り戻すなんて出来っこないってのも理屈じゃ分かってる。だけどこれしかない。他に方法は思いつかないんだ。あんただけが頼りなんだよ白絶」


「……しつこい男は嫌われますよ?」


 ラルフの食い下がりにテテュースが口を挟んだ。白絶が不快感を示せば、ここで戦いが始まる。でも引き下がらない。


「嫌われたって構うもんかよ。ミーシャを助けるんだ。俺たちがやらなきゃ、いずれあいつはまた裏切られる。今度こそ止めを刺されちまうんだぜ?」


 ラルフは揺るぎない目で白絶を見つめる。


「……頼む。力を貸してくれ」


 切実なラルフの願い。白絶はゆっくりと目を瞑って思案を巡らせる。やがてゆっくりと目を開くとラルフを見据えた。


「……条件がある……」


 白絶の言葉にラルフの顔は綻んだ。


「取引か……いいね。手っ取り早いぜ」

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