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エピローグ

「いやぁ……危なかったわい……あそこで撤退の合図が無ければ死んでおったのは儂だったのぅ」


 ペルタルク丘陵から全力で逃げ出した八大地獄の面々。丘から遠く離れた海が一望出来る崖に陣取り、体力回復に勤しむ。トドットはロングマンに治癒魔法をかけていた。


「ノーンまで死んだとか嘘だろ?あいつまたどっかで道草食ってるとかじゃねぇのかよ?」


 ジニオンのぶっきらぼうな疑問をロングマンが否定する。


「ジョーカーが確認した。仰向けに倒れ、腹に穴が開いていたそうだ」


「マジか……」


 ショックで言葉がない。ノーン、ティファル、テノスの三人が死に、残りは五人となっていた。随分と寂しくなった。

 先の戦いを思い出しながらジニオンは口を開く。


「なぁ……おい、ジョーカー。オメーのとこに行った魔王はどんなだった?」


 ジョーカーはじっと黙って別の方角を見ている。完全に無視された形だが、ジニオンは気にせずに口を開く。


「俺が戦ったのは金属を操りやがった。ただし自分の体から分泌したものだけらしいがな……」


「分泌?って、金属をか?」


 全く反応しないジョーカーの代わりにトドットが応えた。ジニオンは頷く。


「ああ……全身鎧の魔王だ。正直よく分かんねぇ野郎だが、面倒臭ぇのは確かだぜ」


 トドットは「そうか」の一言でこの話を切る。消化不良も良いところだ。こんな時、馬鹿にしたりされたりで言い争ってた奴らが軒並み死んでしまったのだ。ジニオンはこの世はつまらなくなったと外方(そっぽ)を向く。

 ロングマンはそんなジニオンの機微を窺い、パルスとジョーカーの居る場所を確認してから少し大きな声で伝える。


「この世界で危険なのは三つ。白の騎士団のゼアル、魔王ミーシャ、そして神の気まぐれ。これらを越えねば自由は永久に来ぬ。そこで出来ることに着手する。まず、神の気まぐれは放っておく。アレらと正面から喧嘩するには戦力が足らん。そこで、ゼアルとミーシャだが……正直我らにはこの二つを殺すことは出来ん」


「ん?おいおい、出来ねぇことだらけじゃねぇか。藤堂も逃しちまうし、結局俺たちには何も成せなかったってことだろ?これもうバックれちまう方が早くねぇか?全部捨ててよぉ」


「何処に?奴らは神だぞ?それに我が言いたかったのはここからだ。藤堂の鎖は神が用意した物。その効力を司っているのも連中だ。ならば奴らにその効力を切ってもらえば良い。そこは何とかしよう」


「じゃあ、ゼアルとミーシャは?」


「互いに潰しあうように誘導するしかあるまい。手始めにいくつか人間の国を襲い、ミーシャに罪を被せるのはどうか?」


 ジニオンは鼻で笑う。


「裏方か……俺たちにそんな器用なことが出来るかよ。単なる暴力装置だぜ?んなことより、連中を呼び出して三人を復活させよう。話はそれからだぜ」


「ふむ……もちろんそのつもりだが、今回は勝手が違う。前回は藤堂の封じ込めに成功していたからお前を生き返せたが、今回はそれこそ何もない。最悪復活は断られるだろう。そのつもりでいて欲しい」


 これには全員の顔が渋くなる。何とも面倒な時代に起こしたものだと苛立ちを隠せない。


「……今後の方針は?」


 それはパルスから放たれた。見た目とは裏腹に大人びた印象を受ける。


「復活か拒否か。奴らの判断で決めようとも思っていたが、身を潜めて長期戦に移行するのが良いかもしれん。少なくともゼアルがどうにかならんと話にならん」


「ちょっと良いか?ラルフはどうする?藤堂とミーシャは無理でもただの人間なら何とかなるんじゃねぇの?」


「いや、ミーシャに守られている以上、それは夢物語だ。何より先ずは……」


「ラルフなら死んだ」


 パルスの口からとんでもないことが飛び出した。


「……お前がやったのか?」


「違う、あの女が殺した。ミーシャ、だった」


 パルスの虚言とも思える言葉に真剣な顔を見せる。


「パルスが言うのだ。間違いあるまい。しかし、これは……どう判断すべきか?」


「考えるまでもなかろうて。先ずは一人と言うべきじゃろう。儂らの成果でなくとも、それはそれ。これを機に一人でも多く戦力を確保し、力を蓄えるのじゃ。出来ることを一から順にやっていこうぞ」


 トドットの言葉は至極最もだ。これをダシに仲間の復活を要求すれば良い。しかし、ロングマンの顔は残念極まりないと行った顔だった。


「あの男は我が殺したかった……」


 その呟きは空中に消えていった。



 空中浮遊要塞スカイウォーカー。ラルフ一行の要塞。

 要塞内はお通夜ムードだった。それはベルフィアから放たれている。椅子に座ってガックリと落ち込んでいるのが痛々しかった。


 ペルタルク丘陵で戦いを終えたブレイドたちは白の騎士団と別れ、危険を察して要塞に戻った。それと言うのも、ミーシャが記憶喪失によって敵側に寝返ってしまったことを聞いたからだ。

 世界最強の魔族と真っ向から戦える存在は魔王くらいのものだろうが、ベルフィアと(くろがね)は戦いたくないと拒否するし、エレノアを戦わせたくないし、ティアマトは療養中で戦えない。ブレイドや守護者(ガーディアン)の面々もそれなりに強いが、ミーシャを前にすれば結果は火を見るより明らか。何より、ずっと仲間だったミーシャを敵にするということ自体が考えられなかった。


「いや〜、マジ死ぬところだったぜ」


 ハットを被り直したラルフは椅子に腰掛けて一息ついている。ミーシャの魔力砲を前に生きていた。


「あの魔力砲は確実にミーシャさんのものでした。それを真っ向から受けて死ななかったなんて、にわかには信じられませんが……」


「当然だ。受けてないからな」


 種明かしはこうだ。ミーシャの魔力砲が迫る中、ラルフはタイミングを見計らって小さな異次元ポケットディメンションに身を隠した。まさかあれほどの魔力砲を放ってくるとは夢にも思わなかったが、それが功を奏した。

 人が横並びに三人くらい並んでいても消し去れるほどのぶっといビーム。焦ってハットを取りこぼした時は、お気に入りのハットを消滅させたと異次元の中で悲しんだくらいだ。

 しばらくして元の次元に顔を出した時の、ハットが無事だった喜びは筆舌に尽くし難い。あの少女もすっかりいなくなっていたので、自分を狙う連中みんながラルフの死を確信してくれていたら良いなとふと思った。


『流石ですラルフ。私が力を与えた甲斐があるというもの』


 サトリはニコニコ笑ってラルフを賞賛する。それに不快感を示すのはベルフィアだ。


「……おどれは何じゃ?」


『私はサトリ。死神です』


「はっ!随分と扇情的な死神じゃノぅ。じゃがこノ気配……なルほど、ラルフノ言っとっタことは本当だっタヨうじゃな……」


『ふふっ、恐れ入ります』


 突拍子が無さすぎて聞き流していた神からのギフト。本物が現れたとあっては信じざるを得まい。


「じゃが今更出てきてどうなル?ミーシャ様は彼奴ら不届き者共ノ手に落ちタ。それもラルフと出会う以前とくれば、如何とも仕様がない。妾はそれヨり少しばかり出会いが遅いでな……」


 ベルフィアは自嘲気味に笑う。自分の信じていたものを打ち砕かれた絶望が諦めを生んだのだ。ミーシャに跪き、主従関係を結んでから、ミーシャへの敵愾心は霧散している。戦う気は無い。

 鉄はそんなベルフィアの気持ちなど度外視して口を挟む。


「我らはそれよりもっと以前から知り合っている。ここらで貴様らを裏切ると言うのも手ではあるが、蒼玉のやり方はもとより気に食わんと思っていた。ティアマトの考えは知らんが、俺はもう少しここに居ようと思う」


「それは助かる。ミーシャを救い出すのに戦力は多ければ多いほど良い」


 バンッ……バキィッ


 ベルフィアはラルフの言動に腹を立てて机を思いっきり叩いた。ヒビが入るほどに。


「……適当なことを抜かすな。おどれが言っタんじゃぞ?記憶を完全に失っタとな。どうやってミーシャ様に取り入ルつもりか?」


 その目は真剣で、言い方を違えれば待っているのは苛烈な攻撃だ。


「いや、取り入るなんてとんでもない。新しい記憶に俺たちを擦り込むと古い記憶が消えちまうかもだろ?ミーシャの記憶を無理矢理にでも復活させる。それしか方法はないぜ?」


 苛立ちが募る。ラルフの言葉を信じるのは簡単だ。しかし楽観的すぎる上に分からないことがある。「復活?どうやって?」だ。

 ラルフの自信に満ちた顔。隣に侍るサトリの表情。誰もピンと来てない中にあって二人だけが得意げにしている。


『ところでラルフ。次の場所はもう決まっているのでしょうか?』


「え?……ちょっ、白々しいなサトリ。見えてる癖に……まぁ良い。次の行き先は無敵戦艦”カリブティス”だ。行くぞ、白絶の元へ」


 白絶との再開が(もたら)すものは天国か地獄か。ラルフの考える秘策はミーシャを救い出せるのか。絶対に諦めない。これがラルフの出した答えだ。


 蒼玉とイミーナ、そして八大地獄との決着は持ち越された。

 時間の逆向。蒼玉の神の如き力と神そのものとの争い。今回の戦争は、古代種(エンシェンツ)の介入もあって凄まじい被害をもたらした。今回はラルフを含め、能力と機転によって皆どうにかなったが、次はどうなるのか分かったものではない。

 ミーシャという世界最強の戦力を失ったラルフ一行の行く末や如何に。

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