第十話 矜持
シザーはミーシャの力に驚愕していた。その力は噂ではかなりの手練れという話だったが、これは手練れとかの話ではない。経験や技などの研鑽ではなく、単に基本能力が他魔王と比べてもランクが一つか二つ違う。
魔力の壁を突破する事が出来ず、傷の一つも与えられない。物量が用をなさない敵に会うのは初めてだった。
ミーシャは敵の攻撃が止んで、様子を見ていたが特に動かないので、仕掛けることにした。シールドを張ったまま、魔鳥人の群れに飛び込む。すぐさま反撃を撃つ魔鳥人達。氷の飛礫が効かなかったと確信した数羽は、攻撃法を雷の要素に変更する。
手の届く位置まで接近するつもりの様なので槍に魔力を付与する事で強化し、追加ダメージを食らわす算段だ。六、七羽の魔鳥人が雷を槍に付与する中、周りの魔鳥人は変わらず氷の飛礫をミーシャに浴びせて魔力を削る。さらに追い討ちに槍に雷を纏った魔鳥人がミーシャにカウンターの突撃を敢行する。
だが、この行為は全て無意味だ。槍が当たる寸前、魔鳥人も気付いた。
(削れていない!?)
シールドに攻撃の後や歪みが見当たらなかった。氷の飛礫は近づいてくる寸前まで何度もシールドを叩いていた筈なのにダメージの後が見えず、ミーシャの顔に疲れすら見えない。シールドに当たった槍はその雷の効果を打ち消し、槍はその場で悲鳴をあげて折れた。そのまま突撃され、為す術もなく吹き飛ばされる。まるでピンボールのボールの如く次の獲物に向かって軌道を変え、新たな群れに突っ込む。シザーはミーシャの行動に不快感を覚える。
「遊んでいやがる……」
ミーシャはやろうと思えばその場から動かなくても”稲妻”を葬り去れる。既に陣形は崩れて壊滅状態だ。国も家臣も軍すら失った魔王に歯が立たない。
「指揮官。このままではこちらが疲弊するばかりです。”竜巻”の到着を待つのは不可能と思われます。ここは二手に分かれるべきかと」
この部隊の参謀に当たる部下から提案を受ける。シザーも進展のない現状に辟易していた所だ。二つ返事で提案を飲む。参謀も頷きで承諾の確認をすると、腰に下げた棒を取り出す。布が巻きつけてあり、それを開くと鷲に似たシルエットの胸の部分に雷マークがついた旗が現れる。”稲妻”のシンボルマークだ。
その旗を上に掲げると、控えていた魔鳥人が集まり始める。その様子を見ていたミーシャは突然の行動に何をするのか興味が湧いて少し停止する。集まった魔鳥人達全てが槍を天に掲げ、魔力をそれぞれ溜めていく槍の先にさっき見た雷の付与をしている。突撃を物量でこなすつもりなのか?(芸がない)こんなものかとミーシャは呆れて見ていると先程と違う行動をし始めた。
前の仲間の槍の石突に刃先を付ける。同じ行動を後ろから前に向かってどんどんくっつける。ミーシャから見れば放射線状に配置された魔鳥人が槍をくっつけつつ構えている。何羽も掛け合わせる事で超巨大な雷砲を作っていたのだ。中心部にどんどん雷が巡り球状になって放出の時を待っている。
「む?なるほど。一人一人の力では微々たるものでも力をかけ合わせれば強い砲台となるわけか。なかなか面白い。良いだろう、試してやるか」
ミーシャは雷砲の軌道上に合わせて位置を調節し、腕を組んでその時を待つ。
「何という傲慢な魔王であるか……強さにかまけて自らその身を晒すか……」
この攻撃は攻城戦にて使用される魔力砲である。人類には魔道具を用いて、結界を張る技術があるが、その技術の進歩さえ無に帰するほど多量の魔力は戦線に大ダメージを与える事も可能。これを使うほど面倒な状況になったのは部隊を立ち上げて五、六度あるかないかである。
それ故に不安を感じていた。万が一にもダメージが通らなければ?
(いや、今考えるべきはプランBであって第二魔王の討伐は、一旦棚にあげるべきだ。)
シザーはその場を離れ、後を参謀に任せる。部下を引き連れて雲の影に隠れて移動を開始する。ミーシャに気付かれないように移動しなければ突然攻撃に転ずる恐れがある。慎重を期してアルパザに向け飛行する。
何とか間合いから抜けた魔鳥人たちは後方を確認し合図を送る。その合図と共に今にも決壊しそうだった雷をミーシャに放つ。
”稲妻”が誇る破城魔法、「落雷」。
ピカッ
その光はミーシャが放ったビームの光を超え空を明るく照らし出す。たった一体に撃つには惜しい魔法であるものの、その一体が大陸に匹敵するなら話は別だ。雷の狙いは寸分違わずミーシャに走る。
「おっ!」
ミーシャは思ったより圧が来る魔力砲に驚いた。勢いが凄まじく、雷という事もあって追加ダメージを与える為に纏わりついてくる。バリバリという音が鳴り響き、シールドにいつぶりかの負担と亀裂を感じたミーシャは、久方ぶりに戦闘において心踊った。
「ははっ!やるじゃないか”稲妻”!!こうこなきゃ面白くない!誉めてやる!!」
組んでいた手を解き、両手を前に出す。亀裂の走ったシールドが現在進行形で「落雷」のダメージを負っているにも関わらず、元の輝きを取り戻し、さらに光輝く。
徐々に雷を押し返している様を見て、雷を放つ魔鳥人たちの諦めが顔に現れ始める。参謀はカウンターを撃たれる可能性を考慮にいれておらず、最初こそ焦ったが終わりを意識し悲嘆に暮れる。
「正に理の外だな……悔しいが勝てない……だがっ!」
心で敗北を認めるが簡単には死にはしない。
「我らは”稲妻”!!カサブリアの英雄!!この命滅びようとも、貴殿に屈しはしない!!」
参謀は部下に対し、旗を振りかざし渾身の魔力を放つよう指示する。自分自身も「落雷」の一助に魔力を注ぐ。更なる輝きを持って放たれる「落雷」は”稲妻”の歴史上、類を見ない威力へと発展する。
ミーシャは自身の魔力が押される感覚を思い出す。最近この感覚を味わったのは”古代竜”だった。せめて一傷与えようとした命の輝きは”古代種”に届く一撃となったのだ。
「お前ら”稲妻”と戦えて誇りに思うぞ!」
聞こえてはいないだろうが、ミーシャは一魔族として”稲妻”の矜持に感動した。力を重んじる魔族だからこそ、この一撃は敬意に値する。ミーシャは全身に力を込める。「落雷」の凄まじい魔力を押し返す為には手加減など出来はしない。久方ぶりの本気は空間を揺るがし、夜の闇を照らして散らす。
「……貴殿に殺される事を誇りに思います」
ミーシャが押し返した一撃は「落雷」を飲み込み、巨大な光の柱となって参謀他、「落雷」を放った魔鳥人全てを跡形もなく消し去った。光に照らし出された領域の生き物達はその力を目の当たりにする。”鏖”完全復活の照明だった。
シザーは参謀たちの犠牲を無駄にしないよう僅かな兵力で、アルパザに向かう。まだ残っている部下たちは第二魔王の相手。敵の知らない所で事を進める為のさらなる犠牲。邪魔をされては本末転倒だ。
”竜巻”など待たなくても、倒しきれると高を括っていた過去の自分を叱責したいが今さらどうする事も出来ない。”稲妻”の第二目標、ラルフ。人間など”牙狼”でも何とかなるだろうが、請け負った以上は死んだのを確認するのも任務。とにかく必要なのは進展だ。現在の状況を少しでも変える事こそ重要なのだ。
”竜巻”が本来受け持つはずだった任務に切り替え、見付からぬよう低空飛行で滑空する。