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第四十七話 戦闘嫌い

 ひたすらに戦場から離れるパルス、それを追うラルフ。

 二人は黙々と歩き、戦闘の中で崩れたのだろう岩場に腰掛けた。遠くで聞こえる剣戟の音だけが風に乗って聞こえる。

 足をプラプラさせながら唇を尖らせて俯いているパルス。行き場のない腕を交差させて腕を組み、鼻から息をつくラルフ。戦闘とは違う緊張感が漂っている。


「……向こうでみんな戦ってんな」


 ラルフはとりあえず声を掛けてみた。パルスの足はプラプラと止まる気配がない。


「八大地獄に対してこちらは数の上で有利。もう犠牲者の一人や二人出てもおかしくないぜ?なぁ?」


 仲間をダシにしてもその足は止まらない。そんな筈はないとタカを括っているのか。それとも負けようが勝とうが興味がないのか。どちらにしてもこの程度では心に響かないと見える。


「……名前は何て言うんだ?」


 違うアプローチで攻めることにした。


「あ、悪い悪い。俺はラルフ。先に名乗らなきゃ失礼ってもんだよなぁ?」


 うんともすんとも言わない。敵を前にして敵意なし。さっきまでの殺意は何だったのか。


「その大剣すごいね。まるで鉄板だ。鉄板といえば鉄板料理は美味いよな。屋台で豪快に焼くから出来立て熱々の内に食えるってのも魅力だ。肉だけじゃなくて野菜炒めも何か美味いんだよな。最近食ってねぇけど……」


 あまりにデカい大剣だったために出た言葉だったが、武器を鉄板に例えて鉄板料理に発想を飛ばしたのは愚弄が過ぎる。少しでも反応が見たい気持ちが生んだ煽りだったが、それでもパルスに動きはない。


「よぉ、戦う気が無いならもう辞めにしないか?あっちは傷だらけの決着ってところもあるかもしれないが、こっちは平和的解決ってところで手を打とう、な?」


 痺れを切らしたラルフは唐突に本題に切り込む。それに対するパルスの答えは沈黙。もはや話にならない。


(これは説得する奴を間違えたか?いや、他の奴らが血気盛んすぎて話にならないだろうし、結果この子だけなんだよな……粘る必要があるか……)


 一番重要な彼らの長に喧嘩を売ってしまったがために交渉は難航している。元々、ハンターから八大地獄討伐の手伝いを受けているので、この行為自体は裏切り行為。しかし、ラルフにはこんな子供までやっつけるのは間違っていると思っていた。敵意殺意が無いなら、話し合いも出来る筈。その想いだけがラルフを奮い立たせている。


「なぁお腹空いてないか?」


 ラルフは自身の空間を開けてゴソゴソと何かを探り始める。すると何にも興味を示さなかったパルスの足がピタリと止まる。じっと凝視するのはラルフの開けた異次元の穴。ラルフは飯の話をした途端に反応があったことに密かに納得する。


(やっぱ食べ物は世界を超えるな。戦いが長引いているし、丁度良かったかも。これくらいの子供には効果覿面(こうかてきめん)だったか)


 得意満面に缶詰を取り出す。先ほどミーシャたちに手渡した缶詰たち。さっさと出られたから食べることが出来なかった。ラルフはジャケットのたくさんあるポケットの中から缶切りを取り出した。


 プシュッ


 ラルフが迷わず缶切りを差し込むと、真空状態の缶の中に空気が入り込む。こうなってしまっては保存が出来ない。今すぐ食べる必要がある。手慣れた手つきで蓋を開けてパルスに手渡した。パルスは目をパチクリさせながら不思議な顔でラルフを見る。缶と目を交互に見てそっと太ももに置いた。


「分かってる。こいつだろ?」


 スッと金属のスプーンを手渡した。


「安心しな、清潔なスプーンだ。ちゃんと洗っているよ」


 洗っているとか清潔とか……確かにそこも重要だが、何故いきなり缶を開けたのか。スプーンまで手渡し、食べろと言わんばかりに誘導してくるのは何故なのか。意味が分からず混乱の極みだ。


「最初は食べやすい魚介類の煮付けだ。食べると病みつきになるぜ?」


 ラルフは言うが早いか、いつの間にか自分用に開けた缶の中にスプーンを挿した。パルスは突如受け取ってしまった缶詰に何も無いかを探る。


「オリビア……」


 呼ばれたオリビアはラルフの前に姿を現した。怖い上にシャイな女の子であるオリビアは身を隠して出てくるタイミングを見失っていた。パルスに呼ばれたことで嫌が応にも出てくるしかなくなった。ラルフは初めて見る妖精に釘付けとなる。


『な、なに?』


「……食べて」


 この上なくシンプルな毒味役。すぐさま言いたいことに辿り着き、ガーンと横っ面を殴られたようなショックを感じていた。

 ペット枠で連れて行かれて数ヶ月。悪いことはしていなかったし、悪いこともされなかった。普通にご飯ももらえていた。だからこそ窮屈と恐怖に耐え切れたが、これは嫌だ。死ねと言っているのと変わりない。

 だがオリビアに反論も否定も許されていない。あるのは肯定のみ。


『……分かりました』


 オリビアは泣きそうな目をこすりながらスプーンを抱きかかえる。食べたら死ぬこと前提と言わんばかりの行動だが、ラルフに文句は言えない。敵に飲食物を分け与えられた時は何らか裏がある。

 かくいうラルフもマフィアと宝物争奪戦をやった折、ドジをやって捕まり、睡眠薬入りのコーヒーを出された。幸い睡眠薬入りコーヒーを普通のコーヒーとすり替えることに成功し、脱出に成功した。それを踏まえて口は出さない。逃げ道を塞ぐような真似は後の話し合いに良い結果を生まない。


 パクッ


 意を決して食べた一口。パルスを害する薬を使っていたなら、オリビアの体格からしてすぐに効果が現れそうだが、特に何もない。オリビアは何もなかったことに安堵して、もう一口食べた。


『あ、美味しい』


 最初の一口はいろんな感情が邪魔をして味覚を遮断してしまっていたが、二口目はリラックスした状態で食べれたためにようやくその味がやってきた。罠でないことを悟ると、パルスも食べてみることにする。

 オリビアから取り上げるのも何だと思ったのか、口を開けてオリビアを見ていた。その行動に何をしたいかすぐに気づいたオリビアはスプーンに料理を乗せてパルスの口に運んだ。

 もぐもぐ咀嚼していたが、ほろほろになった魚の肉はほとんど噛まなくても繊維が解ける。割とすぐに口の中から消え、調味料で良い塩梅に作られた味が口いっぱいに広がる。


「……美味しい……安っぽいけど……」


「そうだよ。缶詰は安くて便利なものなんだ。一人でも多くの缶詰愛好家が増えてくれることを望むぜ」


 ふざけた感じでパルスたちに指を差す。かなり調子に乗った行動だったが、パルスたちは缶詰が美味しいのか夢中で食べ始めた。想像以上の食いつきに顔が綻ぶ。


「おいおーい。缶詰は逃げないぜ?もうちょっとゆっくり食べたら……」


 チュドッ


 その時だった。突如、空から何かが飛来する。ブワッと土煙が襲ってせっかくの缶詰が台無しになった。パルスはちゃっかり隠していたので不都合なく食べられそうだ。


「おいっなんだよ!!俺のせっかくの缶詰を……!弁償しやがれ!!」


『ケホケホッ……生憎とお金は持っていないにゃ』


「”にゃ”って……アルテミスだと?」


 何故ここにいるのか。ミーシャとの戦いで、空中戦となっていたはず。

 考えるまでもない。負けたのだ。


「あ、ラルフ」


 そこに浮かんでいたのはところどころ焼けた服に身を包んだミーシャ。彼女の実力は神すら凌駕する。


「思った以上に魔力を使っちゃった。その子は敵?」


 パルスは警戒心を出す。睨みつけてそれ以上近づくなと牽制している。


「交渉中だ。今は敵であり味方でもある。つーことでこっちは任せろ。ミーシャはアルテミスを引き続き頼むぜ」


「はーい」


 ブゥンッ


 両手に魔力を貯める。ラルフは勘付く。アルテミスを消滅させるつもりだと。


「うん、終わったな。俺はもう一個缶詰を……」


 一個無駄に使用してしまった缶詰を取り返すためにラルフは異次元の穴に手を突っ込んだ。

 目当ての缶詰に手が届いた途端、ひやっとした寒気が襲う。何事かと顔を上げるが誰もいない。

 当然だ。ラルフの上空にそれはいた。


 蒼を基調としたカラーリングをしている。蒼い髪をポニーテールに結い、鮮やかな蒼い目をしている。その上、和服を改造したような雅な正装は白と青で清楚なイメージを醸し出す。帯どめのひもが辛うじて赤いくらいで他が目立つことはない。その蒼さを強調する透き通るほど白い肌。一見精巧な人形に見えてしまう程整った容姿。しかし確かな息遣いが妖艶さを引き立て、まるで花魁のような気品と淫靡さを兼ね備えている。

 第五魔王”蒼玉”。それが彼女だ。


「頃合いですかね。使いたくなかった……この方法しか無くなってしまったことを心から不幸に思います」


 蒼玉は冷ややかにミーシャを眺める。その目に哀愁を漂わせて……。


「あなたをこの世から消しましょう。お元気で。在りし日のミーシャ」

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