第四十五話 除け者たちの猛り
『ねぇ、まだついてくるよ?』
パルスの胸ポケットから顔を出したオリビアは困惑気味に呟いた。パルスは気にも留めずにスタスタ歩く。
オリビア視線の先、危険因子のラルフはノコノコ後をつける。
(呼んでも止まらねぇし、戦いも放棄して……この子は何を考えてやがる?)
周りから見ればラルフの方が何を考えて子供の後をつけるのかと変質者扱いされそうなこの状況。実際はそれとは異なる。
腹ペコの肉食獣についていく好奇心旺盛で無謀なげっ歯類の構図だ。多分ビーバーに近い種の大きめのげっ歯類。相手はさしずめ大型の虎。
ビーバーが虎の領域に入ってちょこまかと動き回り、挑発しているようだった。
しかしそれを何事も無かったように無視する。パルスの目的は常に神の抹殺へと向いている。第八地獄”阿鼻”を突破したラルフに興味はあれど、今相手にしている余裕はない。考える時間が欲しい。ただそれだけだ。
「……何故じゃ?何故攻撃せん?」
トドットは頭を捻りながら気配を消しつつラルフの後を追う。
パルスは干渉を嫌う。ラルフのような行動を取れば、有無を言わさず確実に殺されるだろう。そのことを良く分かっているからこそ訝しむ。こんなことは初めてだ。
(いや、あの阿鼻から逃げ出す力を警戒しとるのかもしれん。儂があの男をこの手で殺せば全てが解決出来る……)
第一地獄”等活”と呼ばれる杖を握り締めながら覚悟を決める。背後から強烈な一撃を浴びせ、何もさせずに殺しきる。隙だらけのラルフの背中に照準を定めて杖を振りかぶった。
パァンッ
振りかぶった右腕に強烈な蹴り。トドットはあまりに突然の攻撃に杖を取り落とした。
「ぬっ!?」
誰からも注目されずに抜け出せたはずのトドットへの攻撃。ラルフに気を配りすぎたせいで、背後の状況を疎かにしていた。誰に攻撃されたのかと振り返るが、振り向きざまの右頬に左ストレートを放たれた。
ゴッ
完璧なタイミングの攻撃はトドットの視界を揺らした。思わず倒れそうになったが、踏ん張ってバランスを取る。チラッと確認したその姿は魔獣人。ジュリアはトドットに次なる攻撃を放つ。
ガシッ
しかしそれは簡単に受け止められた。
「……犬人間か?背後から暴力とは……やはり獣か」
「ハ?今ラルフニ攻撃仕掛ケヨウトシテタノニ?コソコソ隠レテイナイデ正々堂々戦ッタラドウナノ?」
トドットはカッカッと笑った。
「言うではないか!良かろう。先ずはおぬしから葬ろう」
老人の割に筋骨隆々な体をさらに隆起させて戦いに備える。その体の変化にジュリアは不思議な顔を見せた。
「魔法使イカト思ッタケド違ウノネ」
「魔法使いじゃよ。それと筋肉も鍛えとる」
ブンッと受け止めた拳を投げるように離した。距離を取るために全身の力を入れて放ったので、ジュリアはその勢いに困惑しながらも何とか踏み止まる。狙い通りに距離が開いたのを確認し、トドットはニヤリと笑って挑発する。
「そんなものか?犬人間。案外大した事無いのぅ」
「人狼ヨ。二度ト間違エナイデ」
ババッと大袈裟に手を振って構える。思ったより強かった敵に対する威嚇の意味があるのだろう。本人はその自覚なく、自分を奮い立たせる目的があったが、トドットにはジュリアの不安が手に取るように伝わってきた。
「若い。まだまだ伸び代もあろうに、ここで殺すことになるとは。運命とは残酷なものよな」
「ホザケ。死ヌノハ オ前ダ」
「言いよるわい……」
トドットは魔力を肉体強化に回す。既にかなりの身体強化が施された体に上乗せする強化魔法。ジュリアなど足下にも及ばない。
(魔法使いの儂に身体能力で後れを取ったら、さぞショックに違いない。パルスは……)
チラッとパルスが歩いて行く方角を確認する。ラルフがついて行っているが、特に何か起こりそうな気配はない。
(……まぁ、あの子がやられることはあるまい。こちらも少し羽目を外そう)
ダンッ
筋力にものを言わせたダッシュ。技術もへったくれもなく、踏んだ箇所は地面が弾ける。闘牛の如くジュリアに突進をかます。ジュリアは構えたまま動くことはない。このままでは強力なタックルをその身に受けてしまう。速さ、重量、威力共に最大のショルダータックルが目の前に大きく広がったように見える。
もう逃げられない。そんな中にあってジュリアは冷静だった。
タックルに合わせてサッと右足を前に伸ばし、左足を曲げて右肩を落とす。まるで中腰で攻撃を受けるかのような体勢だが、ぶつかれば致命傷は免れない。
でもジュリアは回避せずにトドットのタックルに合わせて体を這わせるように屈んでいく。腰の辺りまで移動が完了した時、それは起こった。
スパァンッ
「!?」
トドットの身体が宙に浮いたのだ。ジュリアはあまり形を変えていない。
(何じゃ!?)
驚き戸惑いながらも着地に成功するトドット。ジュリアが行ったのは合気である。相手の力を利用して、威力を返すこの技は習得が難しい。しかし、ジュリアは合気の存在を知らない。流れに身を任せて、ここぞの時に手足を用いて後方に飛ばしたに過ぎない。
「行クヨ。兄サン」
ジュリアは胸のところでチャラチャラ鳴ってその存在を示す兄の牙をそっと触る。力が湧いてくるような感覚に気分も高揚する。
(今ノ私ニナラ使エルカモシレナイ。兄サンノ開発シタ技”疾風怒濤”ヲ……)




