第四十一話 激戦の兆し
ボッ
空気を切り裂いて鞭がしなる。黒縄の鞭は無限に伸びて全てを切り裂く。ティファルと戦ったことがあるなら誰でも警戒する一撃に、ミーシャは無防備に手を出した。
「痛っ!」
その鞭を手で止めようとしたミーシャだったが、触れた途端に切り傷が出来て手を引っ込める。そのまま地面を叩いた鞭はスパァンッと衝撃波を放ちながら地面を抉った。
『!?』
一部始終を見ていたアルテミスの目はミーシャの身体能力に舌を巻く。普通の鞭でも先端が音速を超えるというのに、それを軽く凌駕するアルテミスの鞭を、痛かったから手を引っ込めて避けられる生物など存在して良いはずがない。
「何あれ?手が切れちゃった……」
「え!?どれどれ……あ、ほんとだ。迂闊に触れたら危ねぇな」
「うん」
血がうっすらと出ているのをラルフとじっと眺めている。無防備に見えるが、安易に攻撃が出来ずにアルテミスはミーシャをつぶさに観察してしまう。
古代種を屠る実力者。それに偽りは無い。無いが、あまりにも常軌を逸している。超常の存在であるアルテミスが思うのだから間違いない。
『とんでもない化け物を生み出したにゃぁ』
チラリと横に並ぶサトリを見る。サトリはぺこりと頭を下げて微笑んだ。
「面白い。私を前に良い度胸だ」
ミーシャは手の傷を魔力で治すとフワッと浮いた。
「ミーシャ!あいつの持っている武器は全部危険な魔道具に違いない!警戒するんだ!!」
ラルフは遠ざかるミーシャに注意喚起をする。ミーシャは振り向くことなく頷いた。その僅かな動きで安心したラルフはミーシャにアルテミスを任せて周りを注視する。
八大地獄は残り五人。それぞれに武器を所持していることから、アルテミスが手招きしていたのは彼らの仲間の武器である可能性が高い。現に、女性が二人死んでいるのがここからでも確認出来た。
(八大地獄の面々も人間である以上死ぬということか……)
名前に地獄という不吉な文字が入っている時点で人間かどうかすら訝しんでいた。アンデッドであるならあんな死に方はしないし、ロングマンたちには生者特有の空気を感じる。凄まじく強いのは確かだが、死は平等に訪れるようだ。
(そういえばグレートロックでミーシャが殴った大男がいないな……負けたから外されたのか?)
だとするなら、かなり厳しいチームだ。万が一あの一撃で死んだなら補充がなされたことにも繋がる。しかし疑問なのは、そうポンポン強い奴がいるのかということだろう。もしかしたら武器が本体の可能性も考えられる。アルテミスに渡った武器はミーシャが何とかするとして、こちらはこちらで対策する必要があると考える。
(いっそ俺の異空間に放り込んじまうか?最も簡単なのはあの女の子の大剣だな。今も俺に狙いを定めていれば、ここぞってタイミングで中にぶち込んじまえば良いし。いや、あの武器は次元に物を仕舞える俺と同じ能力。閉じ込めたところで、同じように出て来られたら意味がない……)
それでも試す価値はある。出て来れるかどうかは閉じ込めてみないと分からないから。
ラルフが心の中で決心した頃、当のパルスはラルフに”無間”を攻略されたことに軽くショックを受けていた。この力は神には無効だと気付かされたのが最も大きい。
八大地獄の最終目標。いや、パルス個人の最終目標は自分たちを独楽鼠のように働かせる神の抹殺。しかし、神は気配だけの希薄な存在。肉体があってもそれはガワだけで、その肉体を壊しても魂が抜け出すように逃げてしまう。
そこで考えたのは無間に放り込むこと。希薄な神を閉じ込め、永遠に出さなければ死んだも同じこと。神は次元に干渉する力を持ち合わせているかもしれないことは想定していた。だが、試さない内に決めつけるのは間違っていると考え、他の生き物を閉じ込めることで自己を慰めていた。
今までそれは上手くいっていた。閉じ込める度に無敵だと実感し、神殺しにまた一歩近づいたと期待出来ていた。
ラルフが出てくるまでは……。
パルスは踵を返す。また別の何かを考える必要がある。神を殺すのに必要な何か。
アルテミスは『ダメにゃ』と言った。不死身の存在を殺せないと自由は生まれない。パルスに驚きはなかった。神を名乗るこいつらは平気でこういうこともしてくる。裏切ったなんて欠片も思っていない。自分たちが正しいと思って無茶な命令も平気でする。
存在を消さなければ今後もつきまとう。だから殺す必要があるのだ。
「ちょ、ちょちょっ……!ちょっと待ってよ!」
ラルフは意外にあっさり身を引くパルスを追いかける。せっかく出来そうなことを思いついたというのにここで引かれたらどうしようもない。付かず離れずでついていった。
「あノ馬鹿!何をしとルんじゃ!?」
ベルフィアはラルフの行動に憤りを感じる。さっきまで殺されそうになっていたくせに、その敵に自ら殺されに行くような無謀な行動。ラルフの方に行こうかとも思ったが、右手がベキベキと音を立てて引き潰れるのを感じた途端に考えを改める。
目の前にいるこの男。名をジョーカーと言った。冷気を操り、”衆合”の重力操作で物をこのようにグチャグチャに潰す。ただしベルフィアは潰されたと同時にベキベキと元の状態に腕を治したので、実質ノーダメージで初見殺しを潜り抜ける。
「妾には通じん。そろそろ分かれ、愚か者ヨ」
八重歯を剥き出しにして怒りを湛える。そしてチラリとジョーカーの背後を見る。
「ふふ……おどれが助けヨうと身を呈してまで妾を遠ざけタというに、女はそノ様。無駄なことをしタノぅ」
ニヤニヤとジョーカーを煽る。
ベキベキベキ……バキッ
ベルフィアの口周りを中心に顔を押し潰される。亀の甲羅を割ったような乾いた音が鳴ってベルフィアの頭は見るも無残にくしゃくしゃになっている。見る者によっては失神するくらいのグロさだが、それも逆再生のように治り始めた。くしゃくしゃから元の美人な顔立ちへ。人によってはこちらの方がグロいと感じるかもしれない。とにかく必殺と呼べる攻撃も吸血鬼ベルフィアの前では挑発程度にしかならなかった。
「鬱陶しい男じゃノぅ」
スッと手を挙げるとベルフィアの手から薄く引き伸ばした魔力の板が発射される。ジョーカーの衆合をもつ右手がいとも簡単にスパッと切られた。ベルフィアは直感的に重力操作を行っている武器を見定め、それを狙って右手を切り裂いた。
右手がボテッと落ちて血が噴出するのを幻視したが、何故か手は落ちることなくくっついている。あまりに鋭利な魔力の斬撃だったので、切り離されたはずの血管や骨、神経と筋肉、そして皮膚を瞬時に凍らせてくっつけた状態に持ってきた。いわば自然の縫合。応急処置でしかないので、後で回復の必要性があるが、戦いは続行可能。
冷気が空気を冷やして白い煙を出す。湯気と違って下に落ちる煙を目の当たりにしたベルフィアは何となく手がくっついている状況を理解した。
「……そんなに構って欲しいなら構ってやろう。生き絶えルまで」
ベルフィアにとって八大地獄の面々は脅威の対象ではなかった。放っておいても特段大丈夫だろうと認識出来る程度の脅威レベルで考えていたのだ。しかし今、苛立ちが勝る。目の前にいる蚊は潰す必要がある。耳元でプンプン飛ばれ、痒みを与えてくる害虫。叩き潰してやらないとまた刺される。
ならば殺そう。全力で。
パルスという少女についていく変質者ラルフ。その様を自分の腕を治していたトドットは発見する。
「ラルフ……奴め、あの子に何を……?」
誘拐目的で近寄る犯罪者をラルフに見たトドットは、そっと二人をつける。幸いにもトドットはルカをダシにこの戦いを終わらせようとしただけで、誰の目にも写ってはいない。
影が薄いといえばそうなのかもしれないが、元を辿れば誰よりヘイトを稼いでいない。他の連中が悪目立ちしすぎてトドットは割と自由に動ける位置にいたのが大きい。
そしてその存在はラルフ側にもいた。
「ラルフ ハ何ヲシテルノ?小サイノヲ追イカケテ……アノ老人ハ誰?」
ジュリアはようやく自分を取り戻し、役立たずの自分を省みながらトボトボと戻ってきていた。それが功を奏し、パルスを追いかけるラルフ、ラルフを追いかけるトドット、その全てを追いかけるジュリアという形となった。
ロングマン対ゼアルと藤堂。ジニオン対ガノンたち。ジョーカー対ベルフィアたち。パルスとトドット対ラルフとジュリア。最後にアルテミスとミーシャ。
もはや戦いの激化は避けられない。




