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第九話 存続と生存

 人狼(ワーウルフ)は二体。


 対して守衛は十四人。騎士は十人。団長とリーダーとラルフ、そして吸血鬼のベルフィア。


 数の上では完全に負けている。だが、この二体は人とは隔絶した力を持っている。人狼(ワーウルフ)は中級魔族に数えられるかなり強い部類だ。

 下級魔族一体程度で五、六人の戦力が必要であり、それをそのまま考えるなら人狼(ワーウルフ)には敵わない。その上、この二体は上級魔族に匹敵し、人狼(ワーウルフ)一族でも破格の能力を持っている。人間(ヒューマン)であればどれだけ数を揃えても勝ち目はない。


 ジュリアは自分たちだけでも十分と言ったが、もう一体の人狼(ワーウルフ)、ジャックスはそう思っていない。これだけ勝てる要素が揃っているが、致命的に勝てない要素も含まれている。人でない女は、一度戦ってその強さを垣間見た。その再生能力はスライムのような不定形の生物を思わせる。物理攻撃を通さない生物ほど厄介な奴はいない。

 そして、得体のしれない武器を持つ人間。青白く光り輝く剣を持つ男はただならぬ力を秘めている。モンクであり、経験と研鑽を積んだ彼だからこそ分かる。近寄ればただでは済まない。


「ジュリア。アノ女ト、アノ騎士ニハ手ヲ出スナ。特ニ、アノ女ハ化物ダ。オ前デハ勝テナイ」


 ジャックスはジュリアに危険信号を送る。ジュリアはその言葉に頷きで答える。一度、大きな失敗を演じた彼女は身勝手に行動しない。さらに続けて指令を出す。


「女ハ俺ガ抑エル。ソノ間ジュリア ハ、戦場ヲカキ回セ。アノ騎士ニハ、チョッカイヲ出ス程度ニ抑エテ、隙ガアレバ ラルフ ヲ殺セ」


 ジュリアはラルフに焦点を当てる。ラルフは見られている事を感じて、ダガーを鞘から半分ほど出す。その時、体に異様な寒気を感じて体が止まる。ジュリアの目は赤く染まり、ラルフを睨んでいた。

 ”血走った目”という人狼(ワーウルフ)特有のスキルである。その目で見られた生物は恐怖で体を一瞬麻痺させるという効果があり、行動を遅らせる事が出来る。自分より強かったり、同レベルの強さがあれば抵抗(レジスト)されるし、感情の無いものには意味がない。戦いには不向きなスキルだが狩りには使える。そのスキルの発動がラルフの動きを止める事を改めて確認したジュリアが、ラルフに対してウインクで挑発する。


「あのヤロー……」


 ラルフはジュリアの行動に危険を感じ、目だけで周りを見渡す。正直、ここで勝てるのは団長とベルフィアの二人だけだ。他の連中は壁にはなってもそれ以上は期待できない。これはアルパザ存続の戦いであり同時にラルフ生存の戦いでもある。自分が生き残る為なら他者を利用する。が、あまりに使えない奴の影に隠れても、まるで無意味だ。

 ジュリアはラルフを狙うのは分かった。もう一匹はどっちを狙う?ベルフィアか、団長か。となれば生き残りをかけた考えは一つ。


 ジャッ


 という音と共に直進する人狼(ワーウルフ)。先に火蓋を切ったのは相手側だった。足が速く、みるみる内に距離が縮まる。


「行くぞぉ!」


 リーダーが声を張り上げ、真っ先に前に出る。流石は元戦士。タンクとしてヘイトを稼ぐつもりだ。それに触発されて、何人かの守衛と騎士が続く。


退()け」


 その後ろでベルフィアが動く。完全に出遅れたのに一瞬でリーダーの真横に来た。リーダーもその早さに一瞬戸惑うが、足を止めてその場に待機した。半歩後ろで騎士他、部下達も足を止める。


 最初に接敵したのはベルフィアで、相手はジャックス。あの戦いの再現である。ガキンッという鋼鉄を打ち合ったような音が聞こえたかと思うと、両者が取っ組み合っていた。ジュリアは作戦通りジャックスにベルフィアを任せ人間の壁に飛び込んだ。リーダーはタイミングを会わせて斧を横凪ぎに振るう。一線を退いた戦士だが、その圧は凄まじく、その豪腕は旋風を起こす。

 ジュリアは斧に触れる事なく空中に飛ぶ、人の壁の頭上を飛び越えて後ろを取った。見据えるのはラルフ。しかしラルフの姿が見当たらなかった。壁に阻まれた一瞬の隙をついて逃げられたようだ。「シマッタ」と思いラルフを探すと、その姿は団長の影になるように隠れていた。


 ラルフは団長に守ってもらえるよう位置をズラして強いものの後ろに回り込んだ。案の定ベルフィアは突っ込んでいったが、団長はその場に留まった。ジャックスに言われた事を思い出し、舌打ちをした後、団長から離れるように人の壁の側面に走り出す。目の前に来た敵に守衛も剣を振りかぶるが、その下に潜り込むように通り抜けられる。

武器を振りかぶった自分に対し突撃してくる、そんな敵の戦い方を知らないこの守衛は慌てて剣を振る。タイミングが合わずにそのまま地面をたたく。

 完全に隙だらけだったが、攻撃を与えず、ただただ挑発して目の前を通り過ぎるだけ。騎士には鎧に爪を立てる程度で通り過ぎ、その動きで翻弄しつつ、いつでも命が取れると教え込む。ジュリアはこの戦いの主導権を握った。


「何をしている!体勢を崩すな!相手は走り回っているだけだぞ!陣形を取り直して敵の攻撃を防ぐんだ!!」


 団長は不甲斐ない戦いを繰り広げる部下たちに(げき)を飛ばす。その言葉に団長を中心として円を描くように騎士で囲む方円の陣形を組む。守衛も触発され、周りを見渡せるように背中を庇い合う。すぐさま陣形が変わった事に感心し、ジュリアは一度動きを止める。ジュリアの姿を認めると、彼女の方向に合わせてすぐさま陣形を魚鱗に変えた。騎士はそれを流れるように変えていく、団長の存在は非常に厄介だ。まるで機械のような統率力は、数々の戦闘経験と訓練、その動きを徹底的に叩き込んだ指揮官の賜物である。


 あの男が生きている限り崩せない。即ちラルフを殺す事が出来ない。だが、事を焦ってあの男を狙えば、ラルフの時と変わらない痛手を食う事になりかねない。兄の言ったことを守りつつ、時間をかけて少しずつ……。


「全ク……面倒ネ……」


 一方ベルフィアは、またもジャックスと相対しその力を見せつけていた。基本的な肉体能力が高いベルフィアはとにかく攻撃を繰り出した。疲れを知らない体はジャックスを追い詰める。

 ジャックスは防戦一方だが、最小の動きで攻撃をかわし体力を温存しつつ、ベルフィアの攻撃を見ていた。放つ右拳は受け流し、潜り込んでくる左の抜き手は紙一重で避ける。右上段蹴りを両腕で止めた時、ベルフィアの体勢が大きく崩れた。この隙に足を払おうと屈んだ瞬間に左膝が飛んでくる。完全に虚を突かれた形になるが、ジャックスの動体視力()はその動きに追いつく。足首のみで膝の攻撃に合わせて飛ぶ。間一髪で直撃をかわしたジャックスは間合いを開けて着地する。


 ベルフィアは無理な体制で蹴りこんでいた為、本来なら転んで無様を晒してしまうが、常識外れの身体能力が空中での転回を許す。華麗に着地したベルフィアはジャックスを見据えると、また半身に構える。


「ふふふっ楽しいノぉ。あノ時より時間があるノでな(わらわ)ノ遊びに付き合うがヨいぞ人狼(ワーウルフ)ヨ」


「悪イガ、願イ下ゲダ。今モ昔モ時間ガナイ。オ前トノ戦イモ不毛ダ。オ前トハ戦イタクナイ。……何故人間ニ加担スル?オ前ハ魔族ダロウ?」


 このまま戦っても前回の二の舞になると踏んだジャックスは相手が喋りかけたタイミングで説得に出た。


「そうじゃな……(わらわ)は魔族に含まれヨう。じゃから?どうじゃというんじゃ?うん?」


 そのセリフにジャックスはため息を出す。


「人ト魔族ハ相容レナイ。イクラ人ヲ救オウトモ認メラレル事ハナイ。特ニ、オ前ノヨウナ化物ニハナ」


 「ほぅ」とベルフィアは聞き入る姿勢を見せる。その空気を感じ取ったジャックスは畳みかける。


「我ラノ国ナラバ、ソノヨウナ(チカラ)ヲ持ツモノハゴマントイル。俺ヨリ強イ奴トモ戦エルシ、差別モナイ。オ前ノ(チカラ)ハ素晴ラシイ。魔王様ガ見レバ必ズ取リ立テル。地位モ名誉モ安泰ダ。ダカラ人ナド捨テテ俺タチト来イ。」


 ベルフィアは顎に人差し指を当てて、考えるふりをする。首を右に傾けて、目は右上を向き、口はアヒル口で。


「んん~……随分と好待遇な申し出じゃな~。特に地位と名誉……欲しいノぅ~……」


 ジャックスは「ナラバ……」となるが、ベルフィアは考えるふりをやめて通常の顔に戻るとニヤニヤしながら告げる。


「な~んてノ。(わらわ)にそノ手ノ説得は意味をなさぬ。(わらわ)ノ命は既に魔王様に捧げタ。ぬしノ言うカス上司に興味などない。逆にそいつを連れてこい(わらわ)が新しい役職を与えてやろう。荷物持ち……いや露払いなどどうじゃ?または掃除係とか……」


「ソコマデニシテオケ…魔王様ヘノ暴言ハ許サンゾ」


 流石のジャックスも苛立ちを抑えられない。確かに今の”銀爪”は魔王の器ではない。が、敬服する前魔王の息子”銀爪”を侮辱する事は故郷を馬鹿にされるも同じ事。


「ふはっ!(わらわ)に暴言を吐いタノはぬしぞ?調子に乗ルなよ飼い犬。甘んじて受け入れヨ駄犬。魔王様はこノ世でタだ一つ、ミーシャ様こそがふさわしい」


 その時、ベルフィアの体に力が駆け巡る。吸血鬼のスキル”吸血身体強化(ブラッドブースト)”を発動させる。他者の血を媒介にし力を得るこのスキルは、体内で生成される魔力とは違い、新たな能力として限界を超えた力を発揮する。血を媒介とする為、他者から得た血を体内でカウントする。血を消費する際、コスト値として計算し、その時々の必要な能力ごとに振り分けている。血の貯蔵に限界はない。ベルフィア的にはいくら飲んでも飲み足りない程に血を欲している。


 但し、長い間の保存がきかない。血を摂取して一カ月が関の山だろう。上位魔族や魔王ならその限りではないかもしれないが取り込んだ前例がないため無視していい。現在、ベルフィアの血のストックは三しかなく、肉体強化にコストを二使い、残りは一。前回騎士団と戦ってから血を摂取してなかった為、ほとんどゼアルとの戦闘に使ってしまったので空っけつだ。


(まぁ……関係ないがノぅ)


 体から湧き上がる力は人狼(ワーウルフ)の力を凌駕する。前回は、焦りから当てられず、ミーシャの手前さらに焦りが来ていたのだが急かす者がいない現状、ベルフィアの独壇場になると確信していた。


「今回ノ(わらわ)は一味違うぞ?」


 前回も”吸血身体強化(ブラッドブースト)”を発動していたので本質は変わらないのだが状況が違う。ジャックスは顎を引き、左手を前に出し、右手を腰の位置に引く。さらに大股開きに腰を据え、まるで正拳突きのような構えを取る。


「良イダロウ。来イ。ソノ自信……打チ砕イテヤロウ」

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