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第三十九話 覚悟の時

『あ、あり得ないにゃ……』


 アルテミスは口をパクパクさせながら唖然としていた。阿鼻の能力はよく知っている。八つの地獄の名前を魔道具につける案はアルテミスからのものだった。

 もちろん、能力の”無間”に関する命名も彼女だ。永遠に出られぬ地獄。死した者たちの終着点”(はざま)”を意識して名付けた渾身の力作。名付け親であるだけだが、その能力には当時唸ったものだ。入れられたら終わり。抜け出すことの出来ない生き地獄。

 攻略された。異世界から転生し、能力を付与された特別な人間でない者に。特異能力に自力で目覚めたような魔族でない者に。この世界に生まれ落ち、常人と呼ばれるのに相応しいチンケな人間に突破された由々しき事態。


『随分と驚いたようですね』


 アルテミスの頭上からふわふわと姿を現したのは、黒いしば犬を抱きかかえた女神。三匹中一匹を抱え、残り二匹が女神の周りをフヨフヨと浮いている。


『サトリ!?』


 決してこの場に姿を現さないだろうと思っていた戦犯の姿がそこにあった。


『お久しぶりです。今はアルテミスと名乗られているとか?』


『……白々しいにゃ。ラルフの中でずっと聞いていたんにゃろ?全て承知と顔に書いてるにゃ』


『怒らないでください。そんな目で見られると私、どうにかなっちゃいそうで……』


 ポッと顔を赤らめながら両手で頬を挟み込む。言動の全てが嘘くさい。しば犬から手を離すと、やはりその一匹もフヨフヨと浮き、一見すればサトリを守ろうとしているようにも見える。


『ケルベロス……そんな形態になるにゃんて聞いてないけど?』


『何をおっしゃいます。あなた自慢の鳳凰も体当たりしか出来ないなんて聞いてませんよ?何故あのような欠陥的な能力にしたのかお聞きしてもよろしいですか?』


『け、けけけ……欠陥っ?!バカにゃっ!鳳凰といえば”ゴッド”で”バード”するのが常識にゃ!!触れたもの皆破壊する最強の攻撃だったはずなんにゃ!!』


 身振り手振りで必死に伝える。


『確かに対軍、対城とかになら無類の強さを発揮していたかもしれませんが、少数精鋭に囲まれたのでは話になりません。これでは、あなたたちが散々虚仮にしていた一つ目(サイクロプス)はもう笑えませんね』


 ”一つ目(サイクロプス)”はデカくて頑丈。魔法効果を打ち消して、物理攻撃でしか傷を付けられない怪物。デカイは力だ!という発想を持って制作された難攻不落の古代種(エンシェンツ)

 とにかく不恰好なシルエットに、とにかく不細工な顔を見た一部の神たちがケラケラ笑って嘲笑していた姿を思い出す。その中にしっかりアルテミスが含まれていた。


『エェーイ黙れ黙れっ!!優雅さも気品もないあの粘土如きが守護獣(ガーディアン)なんて烏滸(おこ)がましいにゃっ!!うちはこれに関して訂正するつもりも改めるつもりもないからにゃ!!』


 顔を真っ赤にして怒るアルテミス。それを涼しい顔で見るサトリ。ふたりの関係性を垣間見た瞬間だった。

 サトリはアルテミスとの不毛な戦いから目を逸らして逃げる。これをすると『うちの勝ちぃ!』と勝利宣言してくる。それに対するカウンターを考えながら目を逸らしたが、アルテミスは無視して質問をする。


『……どうするつもりにゃ』


『は?どうするつもりとは?』


『とぼけるにゃ!ラルフのことにゃ。あの特異能力……人には過ぎた力にゃ』


『どうでしょうか?それをいえば異世界人が手に入れる特異能力は見合っているのでしょうか?答えは否。この世界に来たものは誰もが手に入れる。誰もが過ぎた力を覚醒させる。私はラルフにその機会を与えたに過ぎません』


『……範囲を広げて最初の問題を覆い隠す。詭弁の申し子だにゃ。けどもう騙されないにゃ!今回の一件を見逃すわけにはいかないにゃ!正に藤堂 源之助の悪夢再びにゃ!!』


 異世界人の大半は故郷に戻りたいと行動し、道半ばで死んでいくか、諦めるかのどちらかを選ぶ。藤堂はその選択肢を蹴飛ばして次元に穴を開けた戦犯であり、この世界に存在し得なかった戦いの火種、魔族の侵攻を許す羽目となった。


『私たちの目算が甘かったと考えるのが筋でしょう。天樹を授けて割とすぐにエルフが奴隷召喚を試みたのですよ?だからとエルフを罰するつもりはありません。全ては天樹を授けるに至った私たちの傲慢と失敗。それが分からぬあなたではないでしょう?』


 サトリは毅然とした態度で言い放った。それを呆れ顔で受け取るアルテミス。


『やっぱり話をズラすにゃあ……今度はうちらまで巻き込んでるし……もしかしてラルフがあの能力を手にしたから依怙贔屓(えこひいき)してるとかじゃないかにゃ?』


『否定はしません。ですが私はラルフがどんな能力に目覚めようと、目覚めなかろうと、共に行動していたでしょう』


 どうしてそこまで……という言葉は飲み込んだ。答えてくれなくても良い。ただ始末するだけだ。


『ラルフのあの力は今後必ず悪い展開を生む。これ以上は堪忍袋の尾が切れたにゃ。サトリも真面目に話す気もないようなら、ここで決着をつけてやるにゃ』


『何をなさるおつもりでしょうか?今更どんな手を打っても後の祭りですよ?』


 ニヤニヤと笑ってアルテミスを虚仮にする。アルテミスはキリッとした顔で下に広がる戦場を見た。


『月の女神アルテミス。推して参る』


 神、参陣。

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