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第三十八話 ラウンド2

 ロングマンは刀を抜いた。その速度は尋常じゃなく、右手で抜き払う動作が……右手で刀の柄に触れる動作すらラルフには見られなかった。刃の輝きが見えた時、ラルフは半歩後ろに下がった。


「……遅い」


 刀を構え、振る。まるで写真かコマ撮りのように一瞬でポーズが変わるが、刃に反射した光の軌跡がその流麗さを物語っている。この距離で近接武器を振るうなど、それこそ単なるポーズでしかない。

 しかし、ロングマンには離れ技が存在する。美しい音を鳴らして空間を切り裂く自慢の技。


 火閻(ひえん)一刀流、秘剣”火光(かぎろい)”。


 シャリン……


 全てを切り裂く真空の斬撃。この速度で放ったのは、現世に解き放たれてから初めてのことだろう。その顔は酷く歪み、影が落ち、鋭い眼光だけがギラリと輝く。それは正に修羅そのもの。

 今までは余裕があった。幾たびの死合いを越えて無敗。若い時は笑みすら見せるほどだった。その余裕がここまで崩されたのは人生で初めてのことだった。


 ジッ


 しかし自慢の技が届くことはない。

 距離は見誤っていない。速すぎて技の精度を落としたわけでもない。それなら修正も聞くし、落ち着いてもう一度放てば良いだけだ。自分のミスならどれほど気が楽か。

 ミーシャはラルフの前に即座に出て魔障壁を展開させた。あの第八魔王”群青”の鋼鉄の皮膚を斬ったというのに、ミーシャの魔障壁には歯が立たない。


(いや、魔障壁は物理攻撃を完全に無効化してしまうのかもしれん。今度どこかの魔法使いを捕まえて試す必要があるか?)


 魔障壁の効果を観察していると、別の角度から殺気を感じる。一気に駆けてくるそれは疾風を超えた雷光。キラッと光った瞬間に間合いを詰められた。


 ギィンッ


 迫り来る殺気に反応して振り上げた刀はゼアルの斬撃を見事に防いだ。ゼアルは感心したように目を見開いたが、すぐにキッと睨むようにロングマンを見据えた。


「貴様の相手は私だ」


 ロングマンとて完全に見えたわけではない。何とか追いついただけだ。


「邪魔だ。虫ケラ」


 努めて冷静を保とうとするが、どうしても語気に力が入る。こいつの相手をしている場合ではない。せっかく阿鼻に封印したというのに解き放たれた最悪の存在がここに来てしまう。


「楽しそうだなぁ。俺も混ぜてくれよ」


 早速来た。この男、藤堂 源之助。何度も殺そうとして、何度も指先から逃げていった宿敵。


「鬱陶しい……」


 斬っても刺しても千切っても、恐らく叩き潰しても元通りとなる不老不死身の存在。神どもの嫌がらせに付き合わされる身にもなって欲しいと心の中で大いに愚痴る。

 チラリとラルフを見る。その距離は必殺の間合いなのだ。ちょっと手を伸ばせば殺せる。でもそれはただの目算。目で見たことが全て真実であるとは限らない。

 実際はラルフの命の距離は那由他の彼方だ。人類最強の戦士ゼアル、因縁の宿敵、世界最強の魔族ミーシャ。それらを踏破してやっと手が伸びる。無茶も良いところだ。


「何やってんのロングマン!」


 ノーンが槍を構え、ジョーカーが短剣を取り出す。


 ドンッ……バギィンッ


 ノーンの槍が横から魔力砲に弾かれ、あまりの威力に槍を取り落とした。


「チッ……!!」


 魔力砲が放たれた方角に目を向ける。警戒すべき敵は既に自分たちを取り囲んでいる。ブレイドも二発目を撃つために狙いを定めている。

 取りこぼした槍を拾うのが先か、撃たれるのが先か。自分の身体能力を信じる他ない。ティファルやテノスの二の舞になることだけは避けたい。


 ガシッ


 その時、突如背後から両肩を挟み込むように捕まった。


「えっ?はっ?!」


 振り払おうと必死に抵抗するがビクともしない。掴まれた手を見ると、まるで白蠟のような白さの手がそこにあった。ぬぅっとノーンの顔の右側にベルフィアの顔が覗く。


「ヒィッ……!!」


 頬に触れた肌は冷たく、恐怖と物理的冷たさで心臓が凍りそうになる。本来白目となる部分が黒く、瞳が赤い怪物が、ねっとりとした視線で舌なめずりをしていた。


「何とも美味そうな首筋じゃなぁ。いっタいどんな味がすルノか楽しみで仕方がない」


 唇に収まりきらない八重歯を突き立てるために口を開く。


「クッソ!!辞めろぉっ!!」


 ノーンは頭を振って頭突きをかます。しなる鞭のように振った頭はベルフィアの鼻に直撃し、手の力が緩んだのを感じた。好機と捉えて掴まれた腕を一気に振り払うと、槍目掛けてダイブした。


 ドンッ


「あっ!?」


 槍はブレイドの魔力砲を受けて吹き飛ぶ。ついでにノーンの右手も小指、中指を含む半分を魔力砲で消滅させられた。


「あああぁぁああぁあぁ……っ!!」


 あまりの痛みに悶え苦しむ。ついつい離してしまったベルフィアは、ブレイドに殺されたら血が飲めないと判断して即座に追撃に出る。

 しかし、ベルフィアの手がノーンに届くことはない。ジョーカーが横から邪魔したのだ。短剣を腹に刺して、ブレイドの魔力砲の射線を遮り、物陰へと移動する。


「クソクソクソッ!手が……私の手がぁ!!」


 尋常じゃない痛みに転げ回るしか出来ない。このままでは三発目に殺されてしまう。

 死にたくないノーンは右手の傷の痛みを何とか我慢して、左手で槍を握る。完全に油断していたが、槍さえ手に入ればこちらのものだ。この槍は硬い。魔力砲を二発受けてもビクともしていない。当然だ。神から授けられた魔道具の一本がこの程度の攻撃で壊れようものなら、神の定義から疑ったことだろう。

 ともかく、動体視力と反射能力は自分でもピカイチであると自負している。槍で魔力砲を弾きながらブレイドに接近するのも難しいことではない。大事な指二本の仇を必ずとる。

 意気込んで立ち上がり、魔力砲に備える。いつ撃ってくるのかは分からないが、強化された自分の体を傷をつけられる魔力砲を放たれるのだ。何より警戒すべき相手だ。ノーンは腰を落として臨戦態勢に入る。反撃開始だ。


 ドスッ


 それは肩に刺さった。獣人族(アニマン)が誇る最高硬度の武器。双剣の片割れだ。

 ノーンは刺さった剣と、背後で倒れ伏した女を交互に見る。


(何でこいつがここに?!ちゃんと刺したのに!!)


 そう、あのルールーが死を目前にして運んできたのだ。殺害の好機。ルールー自身で殺したかっただろう。部下の敵討ちを背負ってきたのだから。

 目の前が痛みでバチバチと星が飛ぶ。太ももに刺された傷は死にたいと思えるほどに地獄の苦しみだ。

 ここまで来られたのは凄まじいまでの精神力と憎悪のお陰だろう。痛みと悔しさで滲んだ涙の顔は笑っていた。


「何でまだ生きてんだよぉ!!さっさと死ねぇっ!!」


 半狂乱となったノーンが叫び散らした声はブレイドにも届いた。


「……お前がな」


 ドンッ


 魔力砲はノーンに致命の一撃を与えた。



「なっ!?気を取られている隙に……!!」


 ブレイドたちの包囲攻撃に驚き、トドットはルカを人質に取ろうと襟首を引っ張った。


 ゴキィッ


 左腕の関節に背後から前蹴りを放たれる。


「がっ!!」


 曲がるはずのない方向に曲がった腕をかばってトドットはルカから飛びのく。ヒールストンプとも呼ばれる関節蹴りを放ったのはガノンだ。大剣を振るうのは危険と判断して蹴ってみたのだ。


「き、貴様……っ!」


「……悪いがこいつは返してもらう。アユム!さっさと連れて行け!!」


「わ、分かりました!」


 歩はルカを抱え込んで逃げる。


「……もう邪魔させねぇぞクソジジイ」


 ガノンはトドットを一瞥し、ジニオンを見据える。ジニオンはその視線に喜びを感じた。


「ラウンド2ってか?かかってこいよ雑魚野郎!!」

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