第三十四話 もう一方の死闘
「ふはははっ!どうした?そんなものか!!」
ガギィンッ
ガノンはジニオンのあまりの勢いに後退を余儀なくされた。
巨大で無骨な斧を女性が軽々と振るう。女性といえど、それなりに筋力があれば振るうことは出来るだろうが、斧の重量に振り回されることなく片手で振るっている様は驚きを通り越して唖然である。紙で作ったのではないかと思えるほどに重さを感じない。
だがまともに受ければ死に直結する。
「……ざけんじゃねぇぞ……体が変わったってのに、何で腕力が変わらねぇんだ?」
その上、前回と違って身長や肩幅などに大きな違いがあり、攻撃がまともに当たらない。女性となったジニオンの方が巨漢のジニオンより戦い辛いまであった。
共に戦っている歩も凄く戦い難そうにしている。相手の剛腕、距離、殺気……全てが予想を超えていて、間合いを測りかねていた。
「すいませんガノンさん。こんな時に何ですけど、女性を傷つけるのは……」
ついでに容姿も歩の戦力を削いでいたらしい。
「……馬鹿か手前ぇ?どうりで守ってばかりだと……男も女も戦いの中じゃ等しく敵だ。殺されたくなけりゃ殺せ、さもなきゃ逃げろ。それが戦争だぜ」
ガノンと歩の会話中、アンノウンのドラゴンがジニオンの相手をする。しかし相手になっているかといえば怪しい。一薙で三匹を屠る姿を目の当たりにすれば、何匹掛かっていこうとも焼け石に水だと言えよう。
「ちょっと強すぎるんですけど?どうやってアイツを倒すの?」
いつも飄々としているアンノウンも流石に音をあげる。ドラゴンが紙くず同然とくれば、背中を見せて逃げても誰も文句は言わない。
ガノンは大剣を持ち替えてドラゴンと戦うジニオンに向かっていった。ドラゴンにかまけているジニオンの横っ面に一撃決めるつもりだ。
そこに薄っすら声が響く。
「……この者の命が惜しくばジッとしておれ……!」
アンノウンと歩はそれを聞いて少し離れたトドットを確認した。
「え?なに?唐突に戦闘終了?」
アンノウンはポカーンと呆れたように口を開けた。歩は目を凝らしてトドットが抱えている人影を注視する。歩の特異能力”索敵”が発動し、ステータスを開示させた。
「ルカ=ルヴァルシンキ?人形師の称号持ち。種族は一角人で職業は魔法使い……」
「ああ、待合室でガノンさんを頻りに宣伝してた仮面の男の人が確かルカって……」
アンノウンが当時のことを思い出して半笑いになる。辟易するほどガノンの良さを語ってきたからだ。暇だからと言って声を掛けた相手を間違えたと心底思ったのが印象的だ。
「間違いないの?」
後方で回復と強化魔法に尽力していたアリーチェが焦り気味に尋ねる。
「え……ええ、間違いありません」
アリーチェの剣幕に気圧されて吃る歩。それを聞いたアリーチェは爪を噛んで考える。その視線の先にはジニオンと戦うガノンの姿があった。戦い始めた二人に声を掛けてどちらかの気が削がれれば、どちらかに大きな隙を作ることになる。この場合はガノンが隙を生む。
「……止めたいの?」
「え?うん、止めたい。止めたいんだけど……」
アンノウンの質問に素直に答えたが、どうしようもない。それはアンノウンも分かっているだろう。
ルカのために止めたいのは山々だが、ガノンがやられたら本末転倒である。声を掛けられないでいるとアンノウンがランニングにでも行くような足取りで飛び出した。
「ちょっ……アンノウンさん!?」
ハリケーンの暴風に裸で挑むようなものだ。歩も走り出そうとするが、それはアリーチェが腕を掴み、全体重を掛けて静止した。
「ダメだよ!危ないでしょ!!」
「いや、それはアンノウンさんの方が……!」
振り向いてアリーチェを説得しようとした歩は何かに気づいて口を閉ざした。アリーチェはその変化に訝しむ。その答えはアリーチェの背後にあった。
刃物が打ち合い、火花が弾ける。一撃一撃が必殺の威力。巻き込まれれば死は確実。
ここにきてガノンの集中力が上がる。攻撃を繰り返し繰り返し仕掛けた末に、ようやくパターンを掴む。ここぞというところで上段に攻撃を仕掛けると見せかけて胴に打ち込んだ。
脇が完全に上がったガラ空きの胴抜き。並みの人間なら真っ二つになってお終いだが、ジニオンの体には傷一つつくことはない。ジニオンの特異能力は”鋼皮”と呼ばれるとにかく硬い体だ。一定以下のダメージはこの能力の前に無に帰する。
「はっはぁ!やるじゃねぇか!!でもな、フェイントに力入りすぎて肝心なところで力が抜けてるんだよ!そんなんで俺を切れると思ったなら片腹痛いぜ!!」
「……うるせぇ!!手前ぇの体が硬ぇだけだボケェ!!」
ギィンッ
ガノンの追撃は斧に阻まれる。
「……そのくせ防御してんじゃねぇよ!!能力を過信して無防備になれやっ!!」
「それじゃおもんねぇ!!俺の攻撃を潜り抜けてこそ俺に攻撃する資格があるってもんだ!その上で俺にダメージを与えてみせろ!俺を楽しませろっ!!」
「ざっけんなコラァ!!わがまま放題言いやがって!!そんな能力がなきゃ手前ぇなんざ……!!」
「はいはーい。そこまでー」
白熱する戦いに冷や水をぶっかけるアンノウン。
「入ってくんじゃねぇ!!ぶっ殺すぞ!!」
ガノンは横から口を挟んだアンノウンに容赦ない言葉を浴びせる。しかし冷静に手をかざして落ち着くように制する。
「落ち着いてガノンさん。今あそこにルカって人が捕まってる。戦いをやめないと最悪殺されちゃうんじゃない?」
「……なに?ルカが?」
さっきまでの激情はどこにいったのか、一気に顔色が変わった。その瞬間をジニオンは見逃さない。
ブォン……ガスッ
振り下ろした斧はアンノウンに直撃した。
「えぇ〜……」
とばっちりと呼ぶべき攻撃に対処出来なかった。斧はアンノウンの体に深々と入った。
「漢の喧嘩を邪魔する奴は死んで良い」
「一方的な戦いは喧嘩と呼べるの?」
「減らず口を……」
アンノウンにとどめの一撃を振るおうと斧を持ち上げた。その時に気づく。
(この女……前も殺したぞ?)
グレートロックでの邂逅。確かにあの時叩き潰した。はず。
「オメーいったい何者だ?」
「誰でも良いでしょ。殺すの殺さないの?」
ドンッ
アンノウンの首をはねた。
「当然殺す」
相変わらず手応えのない。さっきまでチョロチョロとガノンが休憩中に仕掛けてきていたが、その時と比較しても手応えがない。とはいえ邪魔者は消えた。
「これで心置きなく、戦いに集中でき……ん?」
いつの間にかガノンの姿はそこになく、アンノウンにかまけている隙に逃げられたことを悟る。
「あぁくそっ!!何なんだいったい!!」
地団駄を踏むジニオン。ひとしきり踏んだ後、ロングマンたちとの合流を図る。せっかくの戦いにいまいち燃え上がらなかったその一瞬の不満を解消するために……。




