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第三十一話 それはそれ、これはこれ

 その光はその場に居た全員が目撃し、全員が驚愕の眼差しで見守る。

 ケルベロスの巨体が(まばゆ)い光を放つ。それは見るものが見れば……


「自爆っ!?」


 誰が言ったか、その発言は(まこと)しやかに皆の頭に浸透する。いや、誰が言わずとも誰もが思っただろう。

 そして、もしそうだとしたら、あれだけの質量の自爆は辺り一面全て巻き込む大爆発になる。

 幸いにもケルベロスが突入してきたタイミングで、それぞれの仲間内で固まっている。これなら魔障壁を張って安全に対応可能。一部を除いて。


(やべぇ……!!)


 ラルフは何とか身を隠そうと必死に障害物を探す。丘の影に身を隠す以外方法がないようだ。


(待て。サトリはケルベロスを助けるために俺から離れた。とするなら自爆なはずはない、はず……いや、でも……)


 万が一を考えたら隠れずにはいられない。念のためというものだ。

 ラルフは丘に手をついて衝撃に耐えようと目をぎゅっと瞑った。


「ねぇなぁに?あの光?」


 それはミーシャたちのところにも届くほど眩い光だった。手で影を作りながらミーシャも確認する。

 空を飛ぶ無数のドラゴン。ラルフたちのいるところにケルベロスの光。


「あれは多分……」


 ミーシャには心当たりがある。飛竜もダークビーストも、ここで息絶えた麒麟も使用した無差別の全体攻撃。

 被害は尋常ではなく、城下町を半分吹き飛ばし、油断していたとはいえティアマトが被害を受けて半分焦げた。そのためギリギリ無事だった(くろがね)とふたりして安全な場所に避難している。


 バシュッ


「あ、ちょっと……!」


 エレノアは迷いなく飛んだミーシャに置いていかれる。

 何より早くミーシャの体は動いていた。それはある懸念からだ。

 ベルフィアやアルルの元に居たら魔障壁を張って守ってくれるが、もし離れていればラルフは死ぬ。そしてラルフは単独行動が多い。杞憂であれば良いが、ラルフはミーシャの想定を超えてくる。大概悪い意味で。


(居た!)


 案の定離れていた。多少の呆れもあったが、それ以上にすぐ見つかった喜びの方が大きい。

 この光の中でラルフを見つけられたのは魔法で目を保護していたのと、ラルフが丘の影に隠れていたためだ。この光量に照らされていたら人くらいの大きさでは影すら残さない、いわゆる”蒸発現象”のようなものが起こって見逃す可能性があった。ラルフの念の為がここで大きく効いた形だ。ミーシャはすぐさま地面に降り立つ。


「ラルフ!」


「ん?ミーシャ!無事だったか!」


 とは言ってみたが、ミーシャなら当然無事だろうと内心驚きはなかった。傷ついて帰ってくる方が珍しいまである。

 ミーシャはラルフに抱きついてラルフの無事を確かめる。


「それはこっちのセリフだからね」


 何の痛痒もなく抱き止められたところから何もなかったことが伺えた。ラルフは逆に無傷な方が珍しい。


「……だな」


 こうして抱きしめた時いつも思うのだが、どうやってこんな小柄な体からあれだけの力が出ているのか考えてしまう。これも神のイタズラなのだろうか。

 そんな詮無いことを考えていると眩い光が消えた。自爆や全体攻撃の可能性を考えて身構えていた連中には肩透かしだったことだろう。七割くらいサトリを信じていたラルフには驚きはなく、ホッと息をついて安堵するだけだった。

 ミーシャはラルフの腕の中で目だけをキョロキョロと動かす。密かに張っていた魔障壁を解いて、名残惜しそうにラルフからそっと離れる。ラルフもそれに気づいて腕の力を緩めた。


「……今のはただの目眩しだったとでも言うの?」


 別段何の被害も出ていないのを訝しんでラルフに尋ねる。


「いや、サトリの奴が何かした。これで終わりじゃねぇだろうな……ケルベロスは?」


 目が眩むほどの光に照らされ、影も形も分からなくなっていたケルベロスはどうなったのか。すぐに確認するために丘を回り込もうとしたその時、


「ワンっ!」


 犬の可愛らしい鳴き声が聞こえた。ラルフが振り返ると、そこには三匹の黒い犬が尻尾を振ってこちらを見ていた。見た目はただのしば犬。尻尾もクルッと巻いて、純粋な血統を持ってそうな感じだ。緑と黄色と赤の首輪をしていて、人懐っこそうな雰囲気から飼い犬と断じて間違いない。


「何だこいつら?蒼玉の民のペットか?」


「……違うな」


 ミーシャの疑問を即否定する。サトリの言動から先の展開を想像すれば、嫌が応にも答えは導き出される。


「こいつらがケルベロスだ」


 そう、サトリはケルベロスを悪用されないように変身、分裂機能を備え付けていた。ただの犬に変身してしまえば、もう悪さは出来ない。


『ご明察です』


 そこに(くだん)のサトリが戻ってきた。


『緑がアイ、黄色がマズル、赤がマウス。どうぞ可愛がってくださいませ』


 三匹はトテトテと歩いてラルフとミーシャの足元に来ると、甘えたように「クゥーン」と鳴いた。餌でも欲しいのかと思える切実な眼差しに心打たれない者はいない。


「何だこいつら。可愛いな」


 ミーシャは頭を撫で回す。尻尾を振って喜ぶマズル。それを見たマウスとアイはすぐさまミーシャに寄っていった。ペロペロとミーシャの顔を舐める三匹。「うわっぷ」とミーシャは一瞬息がしづらくなるが、すぐに笑顔で三匹の相手をしていた。


「力を全部抑え込んでいるのか……さっきまで涎もマグマみたいだったから警戒してたぜ」


 無害と化したケルベロス……いや、アイとマズルとマウスの三匹はミーシャに撫でられて嬉しそうだ。


「飼おうラルフ!こいつらも仲間の一員に加える!」


「うん、良いよ。ベルフィアに要塞に連れてってもらおう。ミーシャのお陰で古代種(エンシェンツ)の脅威がなくなったし、ようやくまた協議を再開……」


 そこまで口に出した時に「協議なんぞやらんぞ?」と被せるように声をかけられた。声のする方を見ると、ロングマンとさっきまで殺す勢いで大剣を振り回していたパルスが立っていた。


「え?あ、そう。別にあんたらとは協議する予定もなかったし、このまま帰っても良いよ。お疲れー。あ、でも今度会った時、俺らと殺り合おうってんなら容赦しないぜ?主にミーシャが」


 大口を叩きながら最終的に全てミーシャに擦りつける。さぞ辟易しているだろうと思ったが、意外に満更でもなく踏ん反り返って自己を主張している。


「……ミーシャだったな。そのような情けない男に良いように扱われて何も感じないのか?」


「何も知らない奴には一生かかっても分からないよ。ラルフの良さは」


 一点の曇りなき眼はロングマンの戯言を軽く()なした。


「なるほど、惚れた弱みか。情念は魔族にも等しく存在し、その身を縛るらしい。実に嘆かわしいことよ。それほどの力を有しながらヒューマン如きに力を貸すとはな……」


 そんな風に吐き捨てながらもロングマンの背筋には冷たいものが流れていた。


(どういう生物なのだ?このミーシャという魔族は……?)


 ロングマンの特異能力は”観測眼”と呼ばれる眼球にあった。歩の”索敵”とは異なり、相手の弱点を見抜くことに特化した能力だ。他にも風速や風の流れ、天候の良し悪しや物との距離感、相手の表情で感情まで読み解くことが可能。

 この目でミーシャを観測したが、弱点らしい弱点が皆無。心が折れそうなくらいに面倒な相手だ。


「何だ?喧嘩を売ってるのか?」


 血気盛んなミーシャは指をポキポキ鳴らしながら戦闘開始を待っている。もう一声侮辱すれば叩き潰すだろう。


「いや、喧嘩はしない。仕事をするだけだ」


 そういうとロングマンはパルスの背中をポンッと静かにそして優しく叩いた。それが合図だった。


「……行くよ……阿鼻」


 パルスが語りかけるとまたしても一人でに大剣が浮かぶ。ラルフ的にもう二度とあの斬撃を避けられる気はしないが、ミーシャがここにいるなら助けに入ってくれるだろうと期待していた。それと同時に他人任せすぎる自分の考えに、情けなさと少しだけ嫌気がさしたのは内緒だ。

 ミーシャがいれば何とかなる。それを覆したのは次の瞬間だった。

 黒い(うず)。浮かんだ大剣の目の前に発生した禍々しい渦はラルフとミーシャに迫る。ラルフを助けるために立ちふさがったミーシャ、怖がって後ろに隠れた犬たち、そしてラルフ。それは全てを飲み込む。


 元からそこに人がいなかったような消失っぷり。ロングマンは満足げに踵を返す。ついでパルスも面白くなさそうに後についていった。

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