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第二十五話 人それぞれ

「「オラァッ!!」」


 ガギィンッ


 無骨な斧と大雑把な段平が打ち合う。わずか数分間の間に百度打ち合い、その度に無骨な斧が押し勝った。ジニオンはニヤリと笑い、あまりの威力に後退するガノンを見る。


「……ぐっ……このクソ野郎が……」


 これでは前に戦った時と同じ、いやそれ以下だ。あの時はドゴールが居てくれたが、今近くにいるのはアンノウンと歩、アリーチェの三人。手を出すことなく観戦している。

 下手に手を出して邪魔になられても困るが、野次馬は気が散る。何もしないなら下がれと言いたいが、回復要員のアリーチェまで一緒に下がりそうで口に出すのを躊躇(ためら)っていた。


「ふははっ!間違っているぞ三下ぁ!!俺は野郎じゃない!アマだ!!」


 そう、ジニオンは一度死んで復活した。体が消え去ったジニオンには新しい体を用意する必要があり、何を思ったのか、神はジニオンを女性として(よみがえ)らせた。

 そしてこれにもガノンはより一層の苛立ちを感じる。男性時のジニオンはその斧に見合っただけの肉体をしていた。筋骨隆々で190cmはあるガノンが見上げなければならないほどデカい男。そんな男に力負けするなら悔しいが諦めもつく。

 だが今のジニオンは華奢とまではいかないが、そこまで力強そうには見えない。背は高いが、あくまで女性の中ではという括りであり、ガノンが逆に見下ろしている。よく見積もっても180cm行くかどうか。起伏に富んだグラマラスな印象を与え、男受けが良さそうな肢体を男物のシンプルな服に押し込んでいる。

 常人では持ち上げることも不可能な大剣を小枝のように振り回すガノン。人類最強の腕力であると自負して来ただけに、女性の筋力に負けたとあってはプライドもズタズタだ。


 ズゥゥゥンッ


 肩を落として膝をつき、地面に手をついて頭も下げているジニオンがそこにはいた。一目で落ち込んでいるのが分かる格好に、ガノンは怪訝な顔で口を開く。


「……何だよ?」


「……俺は女じゃねぇってのには無理があると思ってよ。ちょっと意識を変えようと……いや、忘れてくれ」


 ヨタヨタと斧を杖代わりに立ち上がる。


「……は?手前ぇが選んだ体じゃねぇのか?死んだ代わりにその女の体を乗っ取ったとかそういう……」


「っんなわけあるかぁ!これはわざわざ俺への嫌がらせのために神が作った体だ!!元の体が無理でも、せめて男で生き返すもんだぜ!そうだろ!?俺おかしいこと言ってるかなぁ?!」


 激しく動く度に跳ねる胸を見ながら歩は(贅沢な悩みだ……)と密かに思っていた。

 性転換、俗にTSと呼ばれるジャンルが創作物の中に多く存在する。「元男が異世界転生で可愛い女の子になっちゃった!」は定番中の定番と言って良いし、幅広い層から支持されている。そういう創作物を見て「自分もこういう世界で可愛い女の子になって謳歌したい!」と思う層が一定数いる以上、廃れることのない文化だ。

 欲っする者には決して与えず、嫌がる者に押し付けて反応を見る。やはり神は捻くれ者だ。


「鼻の下伸びてるよ」


 アンノウンの指摘に歩は驚きながら口元を隠した。ガノンは一連のジニオンの精神の不安定さに嫌気が差し、耳の穴に指をグリグリ突っ込みながら投げやりに応えた、


「……喚くなクソアマ」


「俺は女じゃねぇ!!」


「……いや、どうしたいんだよ?」


 結局、男として見られたいジニオンは女であることに反発する。斧を片手でグイッと高々と持ち上げて力自慢をアピールする。


「見ろっ!このデケェ斧を持ち上げられる女なんてのは居ねぇ!すげぇ男らしさだろ!」


 正直、舞台女優が小道具を持ち上げて役になりきっているようにしか見えない。


「……手前ぇの身の上話なんぞどうでも良いんだよ。前回はドゴールの仇討ちを取られちまったが、復活してくれて助かったぜ。ここでぶっ殺して俺の気を晴らす」


「ふっ……全く()ってどうでも良くないが、まだやるつもりなら続きをやろうぜ。因みに気を晴らすのは俺の方だ。テメーじゃねぇ」


 さっきまでのふざけた空気をどこぞに追いやり、両者構える。仕切り直しだ。

 しかし、攻略法はまだ見つかっていない。このままでは先の二の前になる。


「……おい」


 ガノンは肩越しに歩を見た。声をかけられた歩は、いよいよ戦う時が来たとドキドキしながら頷く。でも次にかけられた言葉に歩は肩を落とした。


「……手前ぇらそこで見てたんなら、何か気になったりしてねえか?奴の癖とかパターンとか……」


「良いの?それ聞いて。騎士道に反しない?」


「……俺に騎士道なんてあると思うかよ?」


 ガノンはようやく助けを呼んだ。たった一人ではやはり勝ちようがない。ヴィルヘルムでの戦いでよく分かっているつもりだったが、見事につもりで終わっていた。恥も外聞もなく手助けは受けるべき。


 両者は先の戦いなどなかったように、ごくごく当たり前にぶつかった。

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