第二十四話 抑えられぬ衝動
アロンツォとジュリアは窮地に立たされていた。
二対一という数の有利でティファルへのダメージの蓄積を狙い、ちまちま攻撃していたのだが、それが彼女の逆鱗に触れた。
特異能力の使用。それが全てを変えた。
「カハァ……!」
俊敏に動き回っていたジュリアは忽ちへたり込む。戦いの中で捲れ上がった大地の影に入った直後の出来事だったので、何とか安全を確保出来た。
アロンツォも動きに精細さが欠ける。ティファル自体には全く変化がないように思えるのに、アロンツォたちに起きた変化は著しい。
それは説明の付かない突然の性的興奮だった。
動悸が激しく、動き回るのも難しい。体が火照り、汗が吹き出し、目眩までする。まるで風邪をひいたような異常事態に為す術もない。
「何?コレ……?何コレ何コレ……?」
困惑と混乱と興奮が精神を支配する。目がグルグルと回る。腕で体を抱いて症状を抑えようとする。剥き出しの口からダラダラと涎が流れ出る。
恋よりも愛よりも仕事と戦闘を優先してきたジュリアは初めて自分の中に女を見た。下半身の疼きを抑えられるのならもはや誰でも良い。男が欲しい。今すぐに。
「あっは!ワンちゃんは動けなくなったわね!……ところであんたは何でまだ動いてるわけ?」
アロンツォは湧き上がる衝動に何とか蓋をしながら不敵に笑みを浮かべる。
「……何をした?その言い草だと、そなたが何かしたのか?」
「あっはは!我慢してんのぉ?解放しちゃえば良いんだよ?アタシがそれを助けてあ・げ・る」
ティファルは羽織ったジャケットを胸元を強調するように開いた。黒の際どいレザースーツに網タイツとニーハイブーツ。SM嬢を彷彿とさせる奇抜な格好。そんな格好で外を練り歩く痴女。
アロンツォの趣味ではない。お淑やかだが高飛車なお嬢様タイプを好む彼にとって、下品で下劣極まりないティファルは目の毒でしかない。
「ぐおおおぉぉっ……!!」
アロンツォは今まで口にしたことがない呻き声を上げて腰を屈める。
「く……屈辱だ……こんな女にいきり勃つなど……!!」
「あはは!ほれほれ〜」
ティファルが小刻みに腰を揺らすとアロンツォはしゃがんで地面に手をついた。もう立てない。
「ば、馬鹿な……余が……こんな……こんなことがっ!?」
奥歯を力の限り食いしばって性欲を自制しようと試みるが、邪念がアロンツォの頭を支配してさらに動悸を加速させる。あまりの早鐘に、いつ気絶してもおかしくない。
「抗えないわよ〜、生き物ならどうしてもそうなるから。フェロモンって聞いたことある?」
「フェロ……モン……?」
「全く……この世界の人間の知識ってどうしてこう偏ってるかなぁ。みんな同じだけ勉強してればこうはならないのに」
ティファルはニヤニヤ馬鹿にしながら扇情的に振る舞う。舌舐めずりをしたり、自慢の体に手を這わせてみたり。顔を上げればどうしても目についてしまう。この女を犯したい。そんな思いが頭を過ぎる。
ガスッ
自分の頬を殴って目を閉じた。視覚を遮断し、瞑想することで性的興奮を抑える手段に出た。
「アタシはフェロモンを自在に操ることが出来んの。生き物から分泌されるモテ臭っていうの?動物の繁殖期にいっぱい出るこのモテ臭が女の魅力を引き出して男を狂わす。濃度を変えれば男女関係なく性的興奮を湧き上がらせちゃうの。サイッコーでしょ?」
「その……うぐっ……フェロモン?とやらを……操ることが、で……出来て、そなたに何の得が……」
「何言ってんのよ。今あんたらが蹲ったからアタシはこれ以上傷つけられないし、一方的に殺せちゃうでしょ?これ使うと簡単すぎて嫌だから極力普通に戦ってあげてんのよ。それを二対一ぃ?人がせっかく手加減してやってるのに、そこに付け込むからこうなるのよ?少しは反省しなさい」
ティファルは厳しい女教師のような口調で叱責する。
「てゆーか、これは戦闘で使うつもりなんてなかったんだけど。使えるから使っただけだし」
「……」
「気になる?気になるよね〜。ま、ぶっちゃけ乱パよ。乱交パーティーって奴。この力を使えばどんなお嬢様も処女でもイチコロ……」
そこまでベラベラと喋ってところで、突如声が聞こえなくなった。アロンツォは罠かもしれないとは思いつつそっと目を開ける。ティファルはそこに立っていたが、全く別の方向を向いてじっと見つめている。何かに気を取られているらしく、心なしか少しだけ性的興奮が押さえ込めている。
能力は所有者の精神面に左右される。結果ティファルのフェロモンも何らかの要因で希薄になっていってた。
「テノス?」
ティファルはいきなり戦いを放棄して見つめていた方角へ走り出す。アロンツォは引き止めようとしたが、このままではただ殺されるだけだと理解し、あえて何も言わずに逃走を許した。
一発。ただの一発、あの鞭を振るわれていたら即死だった。アロンツォとジュリアはしばらくの間、地面とお友達になっていた。
*
「行ったぞ!そっちだ!!」
「しゃぁっ!食らいやがれ!!」
ジョーカーとの戦いに参戦したブレイドと正孝は追い詰めるために尽力していた。
彼らの吐き出す魔力砲と火。危険な二つの攻撃は、ジョーカーを苦しめた。魔力砲の威力はテノスで予習済み。炎は大して怖くないが油断は禁物。どこから綻ぶか分かったものではない。
そしてこちら側。仲間が増え、数の有利に持ち込めたハンターは内心ホッとしていた。ハンターと美咲では力不足だったと言わざるを得ない。そこに二人の精鋭が加われば鬼に金棒だ。とはいえ、こちらも油断は禁物。先ほどから付かず離れずで逃げ回っているジョーカーに出し抜かれないように警戒は怠らない。
両者が敵を倒すための思案をしている間、ボロボロで物陰にへたり込むテノスの元にティファルがやってきた。
「ちょっ……何でそんなボロボロなわけ?」
「……姉ちゃん……」
ティファルは虫の知らせとも呼ぶべき違和感を感じて今にも死にそうなテノスの元へとやって来た。
「……まんまと罠にハマっちまってさぁ……こんなギリギリなのインフルエンザに罹った時以来じゃねぇかな……」
「あ〜。あん時苦しそうだったもんね」
「……ははっ、人が苦しんでんのに姉ちゃん彼氏のとこに行ってたっけ?懐いなぁ〜……」
「仕方ないっしょ?約束だったし。てゆーか何?走馬灯みたいなん見てんじゃん。死んだらあんた妹コースよ?大丈夫??」
ジニオンが死んだ時、ロングマンの計らいで復活させてもらったはいいものの、神のイタズラで女へと転生させられていた。自分も死んだら性転換されるのかと思うとゾッとする。
「それなんだけどさ……そんな風に生き返されたくねーから、このまま死なせてくれねーかな……?」
「無理無理。あんたが死んだら誰をからかうのよ。それに唯一の血の繋がりを放っておくほどお姉ちゃん薄情じゃないから」
「全く……わがまま放題だよな……いっつも俺が我慢して……」
カクンッ
テノスは喋っている最中に力尽きた。その顔は眠るように静かな、安らかな表情だった。
「……ったく、安心してんじゃないよ。何でアタシがあんたを看取ってんの?順番逆じゃん。つっても悲しくないよ。すぐに生き返してあげるから……」
ティファルは鼻を啜りながら立ち上がる。
ズッ……
ティファルはジョーカーの戦いを見ながら自身のフェロモンを撒き散らす。
「先ずはこの戦いをとっとと終わらせて……ああ、その前に弟の仇を打たなきゃだね」
腰に下げた第二地獄”黒縄”を取り出して練り歩く。体の焦げ具合から炎で炙られたか、足の消し飛び方からして魔力砲にやられたか。はたまたその両方か。
ティファルの顔は怒りにまみれ、獰猛な野獣の如き殺気をフェロモンと共に漂わせていた。




