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第二十三話 冷徹な戦闘員

 バシュッ……ドドドッ


 弓矢が三本ジョーカーの背中に刺さった。全く予期していなかった場所からの突然の射撃。

 ジョーカーは肩越しに背後を確認する。そこにはハンターが弓を握りしめて立っていた。


「油断しましたね。獣に気を取られていましたか?」


 ハンターに笑みはない。鋭い目で敵を観察している。足はふらついているか、動きはぎこちないか、我慢しているのかしていないのか。

 見た限りでは一切痛そうな素振りを見せていない。我慢強いのか、はたまた痛覚がないのか。ジョーカーは仮面をしていて顔で感情を読み解けない。全く揺るがない姿勢は見るものを不安にさせる。同じ生き物である気がしない。(やじり)に何か特別なものを使っているわけでは無いが、矢が刺さればどんな生き物だって痛みを伴う。


「……あの……吸血鬼とかでは無いですよね?」


 ついつい不安から頭を()ぎったのはベルフィアの姿。どんな素顔がその仮面の下に眠っているのか定かでは無いが、肌の色は蝋燭のように白いのかもしれないと想像してしまう。


 ピキピキピキッ……


 その時、何かが軋むような、少しずつ割れるような不思議な音が響き渡る。その音はジョーカーから聞こえていることに気づくのに時間はかからなかった。


 パリッ


 何かが重みに耐えかねて折れる。シャアァン……と綺麗な音を立てて砕け散ったのは先ほど放った弓矢だった。


(……凍った?)


 この瞬間に悟る。今目の前にいるジョーカーを含めた八大地獄の面々はエルフェニアの天樹から召喚された守護者(ガーディアン)、つまり異世界転移を果たした異世界人ではないかと。

 今起こった弓矢の末路。正孝の用いる炎であったり、美咲が放つ雷であったりといった特異能力の一つだろう。ジョーカーの特異能力、それは氷を……いや、冷気を操る能力では無いだろうか。傷口を凍らせ、弓矢を無力化した。ダメージこそあるが、あっという間に凍らせたことで出血を防ぎ、最小の被害に抑えているのだろう。


「重力操作に加えて冷気まで操るなんて……神様は依怙贔屓(えこひいき)なんですねぇ……」


 ジョーカーは短剣を抜く。第三の地獄”衆合”。重力を操作し、狙った獲物をひき潰す。前回戦った時の印象は、局地的で範囲の狭い重力操作だったが、あの時は本気ではなかった可能性の方が高い。ハンターは警戒を怠ることなくゆっくり動いた。


 ボッ


 ジョーカーの踏み込みは奇怪だった。前のめりに倒れこみ、そのまま地面にダイブするかと思われた瞬間、地面が抉れるほど蹴った。クラウチングスタートの要領で走り出したジョーカーは地面を滑るように素早く移動する。

 接近して斬るのか、はたまた押し潰すのか。ハッキリしたのは近寄ってないと意味がない、即ち範囲も狭いと考えるのが妥当。

 ジョーカーの動きに合わせて矢を射る。動きは速いかもしれないが、素早いだけの生き物なら何度も狩ってきた。ハンターの狩人としての矜持が、負けず嫌いの精神が駆り立てる。絶対当てると。

 ハンターは即座に矢を番える。魔鉱石の(やじり)。この弓矢には魔法が付与されている。当たれば即発動する仕組み。瞬きの間に狙いを定めて矢を放つ。


 ギュルッ


 ジョーカーの目の前が歪む。空間すら歪ませるほどの重力場に一直線に矢が入り込んだ。このままでは当たる前に消滅する。


「ワンパターンですね」


 ハンターの呟きに応じるように魔法が発動する。


 カッ


 目を覆いたくなるような閃光。目くらまし。それに気づいた時にはもう遅い、ジョーカーの目はしばらく使えない。ジョーカーはバックステップでハンターとの距離を取ろうとする。このままではまた弓矢が飛んでくる。

 当然、ハンターは好機を逃さないように弓矢を放つ。正面を警戒していたジョーカーの横っ面に弓矢が当たった。閃光弾発動と共に走り出し、ハンターは横に回り込んだ。目が潰れた場合は危険をある程度予測する必要がある。虚を突いた攻撃はさぞジョーカーの度肝を抜いたことだろう。

 前回防戦一方だったハンターは鳴りを潜め、攻撃一辺倒にシフトした。能力的には完全に不利だとしても、戦略は時に能力差を埋める。


 ジョーカーは当たった状態で顔を逸らして少し止まっていたが、ゆっくりと顔を動かしてハンターを見据える。

 その目は氷のように冷たく、深淵のような黒い瞳が見るものに恐怖を掻き立てる。


「出ましたね。片目」


 ハンターはようやくニヤリと笑った。勝ちを確信したわけでも、余裕の笑みでも無い。戦いにおいて、どうやったら傷つけられるのか謎の敵に、せめて擦り傷だけでもと願い、それが叶った時の笑み。状況の進展がどれほど人を高揚させるのか、それを身を以て知った結果である。


 バッ


 ジョーカーはその笑みに腹を立てたのか、また懲りずに走り出す。


(やはり範囲が狭い……?)


 ハンターの予測が当たっているのなら、近づかせなければ完封出来る。ことはそう単純では無いだろうが、糸口ではあるだろう。楽観視は出来ないが、攻略の一歩だ。

 ジョーカーはひた走る。ハンターを殺すために。ハンターの予測通り、ジョーカーの攻撃範囲は狭い。近寄らなければ攻撃出来ないのはとっくの昔にバレているだろうが、それがなんだというのか。警戒されたところでどうってことはない。抵抗されたところで関係ない。全てすり潰す。


 バリバリッ


 その時、ジョーカーを覆うように電撃が走る。美咲の放った電撃だ。大雑把だが確実に感電させられる。だが……


 ババッ


 その期待は電撃と共に儚く消える。切り替えの早いバックステップで即座に難を逃れ、美咲の期待を裏切った。


「チッ!うっざ!」


 せっかくの労力も無駄だ。ハンターが隙を作り、散々煽った挙句の美咲が本命。外してしまったのはハンターの慎重さからだ。責任転嫁も甚だしいが、あれほどじっくり攻撃をしたのは間違いだったと言える。次に何が来るのかと警戒を誘う切っ掛けとなり、結果視野が広くなる。罠に飛び込んだが、持ち前の身体能力で回避に成功した。


「どうやら長期戦を覚悟するしかなさそうですね」


 ハンターは矢筒に手をかけて、残り少ない弓矢を握る。美咲も手にバチバチと電撃を這わせて攻撃の瞬間を待つ。

 両者睨み合う。どちらが我慢出来ずに動くのか。敵の懐に飛び込んだ方が負ける。


「……ジョー……カー……」


 その声に聞き覚えがあった。しかし、ここまで弱々しい声を聞いたのは初めてだった。岩陰に隠れるように姿を現したのは、半分焦げたテノス。右手に装着されていた魔道具、第四地獄”叫喚”は今右足にくっつき、足の形状を保っている。つまり、テノスの右手右足はもう……。


「次の敵を捕捉。マサタカさん、準備を」


「とっくに出来てるっつーの!」


 満身創痍のテノスを追い、ジョーカーとハンターたちの戦いにブレイドと正孝は旧友の如く敵を見据える。


 絶体絶命のピンチ。それでもジョーカーの唯一露出した目は揺るがない。首を傾けるとコキッと首が軽く鳴った。四対一。いや、五対一の圧倒的不利な状況を(くつがえ)そうという気迫が溢れている。

 ジョーカーの変わらぬポーカーフェイスは、対峙するブレイドたちに根源的恐怖を植え付けた。


「この男……死ぬのが怖くないのか?」


 テノスが必死に逃げたために尚更考えてしまう。ブレイドの呟きは誰の耳に触れることなく空気中に溶けていった。

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