第二十二話 猛獣と狩人
魔力砲。それは例えるならば光学兵器である。火や水や電気などに変換する魔法とは異なり、体内に蓄積された魔力をそのまま放出する遠距離攻撃だ。
習得が簡単な上に、ある程度の威力が出るので本来は戦闘向きな技なのだが、魔力そのものを放出してしまうために消耗は通常の魔法の倍以上。魔力量に応じて威力の幅も広がり、内包できる総量に左右されるため、実践には不向き。魔族でも使う者が限られるこの技は、ほぼ無制限に放てるだけの魔力量を保有するミーシャだからこそ許された技である。
そんな魔力砲を撃てる手段は自身が持つ魔力以外にもう一つ、魔鉱石と呼ばれる自然発生する魔力を内包した石を使用すること。
空気中に漂う魔素が何らかの形で石に吸収され出来る鉱石は、暮らしの中に浸透し、人族と魔族の生活になくてはならないものとなっている。
一つ不満があるとすれば石に宿った魔力は無限ではないこと。使い切ればただの石となるので、新たな石へと電池のように取り替える。
それを用いて作られたのが、怪魔剣と呼ばれる武器だ。切っ先から放たれる魔力砲はかなりの威力を有している。
そんな怪魔剣は人間の英知だけで作るには複雑過ぎた。
数々の武器には源流が存在し、中でも異彩を放っていたのが、伝説の武器”デッドオアアライブ”。
ほぼ無制限に魔力砲を放ち、使った魔力は次の日に元の状態まで回復する。もちろんこれはこの剣に認められた者のみが使用出来る能力であり、誰が握っても使えるわけではない。
そんな伝説の武器に選ばれたのは勇者ブレイブの息子ブレイド。射撃の腕前はかなりのものだ。正確で精密。
ドドドンッドドンッ
連射に次ぐ連射。動きが速く、ちょこまかと細かい動きをするせいで狙いが付け辛い。当たればその部分が消し飛ぶ威力。それを知るテノスだからこそ、当たらないように動き続ける。
無論、こちらにばかり注視していられない。正孝もテノスの隙を伺い、魔力砲に合わせるように火を放射する。異世界人が取得することを許された魔力や身体能力以外での力、特異能力。性格や生きてきた環境などに関連してその人物に合った力を覚醒させる。今放射した火は魔法ではなく特異能力だ。正孝は魔力の総量など関係なく、体内から発生させた火を操ることが可能。
そんなブレイドと正孝を相手に大立ち回りを決めるのはテノス。体は浅黒く変化し、瞳が金色に変色する。縦長の瞳孔に八重歯が伸びる。やんちゃな子供の印象から悪魔のような雰囲気へと姿を変え、身体能力も大幅に強化された。
「どうなってやがる?!この野郎は一体何なんだ!?」
正孝はテノスの変化に戸惑いを隠せない。ブレイドは冷静にそれを見る。
「……俺と同じ半人半魔か?いや、何故だかほんの少しだけ違う気がする……」
ブレイドがそう感じたのも無理はない。これは特異能力に該当する。
テノスの特異能力”魔人化”。能力は現在の身体能力から更に上乗せして能力を底上げすることが可能。この世界に転移してしまった気の毒な者へのささやかなボーナス。テノスの人となりは”他人とは違う変化”を望んだ結果、この能力に発現したと見える。
「追いつけるかよクソ共!もうてめーらじゃ天地がひっくり返っても勝てないぜっ!!」
テノスは腰を低く保ち、真っ先にブレイドを狙って走り出す。正孝の力は火を操る力。前回戦った時もそこまでの脅威を感じず、遊ぶのに適した雑魚だと認識している。しかしブレイドは右手を消滅させた張本人であり、怒り以上に脅威レベルは最大値だと認めざるを得ない。この場合、正孝は二の次だ。
ザザザザ……
疾風の如く翔けるテノス。ブレて見えるほど速く足を動かして走ってくる。ブレイドは気持ち悪いほど粘着質な気を放ちながら迷い無く向かってくるテノスに、至って冷静に狙いを定める。
猛獣と狩人。側から見ればそうとしか思えない関係性だ。
ドンッ
ブレイドは自分よりも年が下だと思える少年でも躊躇わずに撃つ。眉間を狙った一撃。当たれば頭は消滅。
テノスは速度を落とすことなく更に腰を屈めてギリギリで魔力砲を避ける。
(あと二発)
ブレイドの瞬発力でテノスが肉迫するまでに撃てる回数を密かに計算していた。どうあがいても三発が限界だと瞬きの間に算出したブレイドは、一発は避けられること前提で陽動を兼ねて撃った。潜られるとは正直思って見なかったのでクイッと片眉が少し上がったが、それだけだ。今度は一生懸命に動く足を狙って撃つ。
バッ
それを見越していたかのようなテノスの跳躍。魔力砲は地面に穴を開けただけとなる。
だがこれこそが好機。足を狙われた場合の対処は跳躍と決まっている。それが横であれ縦であれ関係なく、緊急回避を余儀なくされるものだ。
空中は大きな隙が出来る。足場がないために勢いのまま飛んだ方向に進むしかない。前方に飛んだなら放物線を描いてこちらにやって来る。逃げ道はない。
だからこそ驚いた。大きな放物線を描けばいい的だったが、極端に小さな放物線なら、ほぼ一直線に速度を落とさず飛んで来る。テノスはブレイドの安易な考えを見抜き、速度を落とさぬよう凄まじい勢いのまま飛び蹴りを放った。
ゴォッ
隕石のような勢いは、当たった相手を一撃のもと粉々に粉砕しようとしている。狙うはブレイドの胸元。面積が広く当てやすい他、当たりどころによっては死。死ななかったとして致命傷は避けられない完璧なカウンター。ブレイドはそれでもガンブレイドをテノスに向けるために持ち上げる。
(馬鹿が!!間に合うわけねーだろ!!)
迫り来る一撃、駆け抜ける衝撃。テノスの勝利は揺るぎなく……。
ガイィィンッ……ビシィッ
その時不思議なことが起こった。ブレイドの目の前でテノスの体が停止したのだ。ブレイドに至る僅かな空間の隔たりには亀裂が走り、ドーム状にブレイドを囲んでいた。
「……なんだ……これ……?」
透明な壁だ。魔障壁。この世界の魔法的な防御方法はほとんどこの魔障壁に頼っている。ブレイドの周りを囲んだのだってそうだ。命を助けるため、傷つけないためにアルルが発動させていた「円盾」。テノスは知らず知らずに三対一で戦っていた。
知るはずもない。ブレイドに接近するまでこの事実に直面することはないのだから。
「三発」
ブレイドはこの隙にテノスに射線を合わせていた。ブレイドの放った二発は全て陽動だ。魔障壁に止められ、驚き戸惑うこの瞬間が本命。少し大きめの放物線を描いていたら予定が多少狂っただろうが同じこと。
テノスの肝が冷える。一対一を望むような騎士道などブレイドは持ち合わせていない。ただ効率的に確実に相手を倒す方法を考え実行する。まさしく彼は狩人だった。




