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第二十一話 補い合う戦い

 それは神話の戦いだった。

 麒麟vsケルベロス。天翔ける美しき馬と獄炎の番犬。

 本来実現することのなかった戦いは天変地異そのものだった。


 物理的にぶつかれば衝撃波が発生し、雷と炎が嵐のように巻き起こる。しかし、先ほどのように他を巻き込むことはない。ケルベロスが麒麟を跳ね除けて、創造主の元から離れるように追い立てたお陰である。ここペルタルクでの戦いで最も気を使ったのは人でも魔族でも、まして神でもなく、他ならぬケルベロスだろうことは疑いようがない。

 蒼玉の国の方向に被害が飛びそうなら体で受け止め、麒麟の後ろに回り込んでも遠距離攻撃は避けて戦っている。ハンデがあって戦っていたケルベロスだったが、麒麟よりも体格が良かった分、防御は硬い。勝てはせずとも負けることはない立ち位置に立っている。


『こらぁっ!このバカーっ!!にゃんでお前はそんなに間抜けなんにゃっ!!』


 そこに声が響く。両者は一瞬その声の出所を目だけで探る。空に浮かぶ少女が二体の間に空から降りてきた。視線はケルベロスに向いているので、バカ呼ばわりした相手は必然ケルベロスに当たる。


『サトリは世界に反旗を翻したにゃ!ならお前を捨てたも同じことにゃよ!あれはもうお前の知る創造主ではないにゃ!!それで尚、サトリに尽くすと言うのかにゃ?!今後のことを考えてうちらに着くにゃ!今にゃらこの背信行為をなかったことにしてやるにゃ!!』


 アルテミスはあろうことか交渉に走った。言葉は通じるし、理解力もある。学こそないが、成人男性レベルの知能を持ち合わせたケルベロスは、交渉や取引の一つくらい簡単にこなせる。

 そしてそれは、独自の世界観を獲得するに等しい。即ち、矜持だ。ケルベロスには”主人に忠義を尽くす誇り”が存在する。背信行為とは主人を裏切る行為。なれば、これは背信ではなく忠誠。ケルベロスの流儀に些かも狂いはない。


「「「ゴォンッゴォンッ!!」」」


 それを指摘するかのように三つの首が同時に吠える。アルテミスは神で在り、古代種(エンシェンツ)を操る立場。飼い犬に手を噛まれたようなショックに目を丸くする。しかしすぐに目が据わる。


『はぁ……もういいにゃ。お前に期待することはないにゃ』


 アルテミスは右手を持ち上げる。そっと何かを摘むように親指と中指を合わせた。


『狂え』


 その声と共にパチンッと指を鳴らす。ケルベロスの良好な視界が赤く染まったのは瞬きの間だった。



「ほらほらぁっ!!あの時の威勢はどこに行ったのぉ!!」


 ティファルは鞭を振り回してアロンツォを近づけさせない。ただの鞭なら自慢の槍で()なしたり、絡め取ったりして攻撃を封殺することも出来ただろう。しかしこの武器、第二地獄”黒縄”は鞭の形状こそしていても、当たれば真っ二つ。刃物としての概念をその身に宿した無限に伸びる鞭なのだ。

 もちろん所有者には概念は適用されず、さらに叩く対象物に合わせて斬撃のスイッチを切り替えることが出来るので捕縛も可能。当然スイッチの切り替えは所有者本人しか知らないので、相手は迂闊なことは出来ない。


「……やはりそうそう近寄らせんか。前回の失敗に学び、改善しているな」


 前回は一気に接近して相手を驚かせた。当然警戒心も強くなっている。やれる時にどうにかしていないから次に活かされる。強者弱者関係なく全ての者たちが身につまされることだろう。一対一では勝ち目はない。


 ザザザ……


 ティファルはその音に敏感に反応する。近寄ってきたのは魔獣人のジュリアだ。こっちに向かって攻撃を仕掛けようとしているのが、視線と殺気で手に取るように分かった。


「邪魔すんなっ!!」


 ビシィッ


 アロンツォから即座にこちらに攻撃したティファルの判断力には舌を巻くが、ギリギリ避けることに成功した。


(……イヤ、威嚇カ?)


 狙って当てなかった可能性がある。ジュリアはその辺の小石をいくつか拾うと親指で弾いて飛ばす。指弾で牽制を図った。


「鬱陶しいわっ!!」


 しなる鞭で器用に小石を叩き落とすと、ジュリアに向けて鞭を伸ばす。だがジュリアは軌道を読んで避けた後、近くの物陰にサッと隠れた。


「隠れても無駄……!!」


 鞭を戻して逃げ決めを放とうとしたところでハッと気付く。アロンツォの存在を。


 ガキィンッ


 丁度引き戻していたのが功を成した。アロンツォの槍は寸でのところで防がれた。


「隙だらけだと……思ったんだがなぁ」


「ありえないでしょ?ワタシを傷付けられるのは少なくともあんたじゃないのは確かよ」


 ギギギ……


 体重を掛けた全力の一撃を華奢な見た目のティファルが支える。ここまで肉迫出来ても決定打に欠けるのが何とも言えないところ。擦り傷でも負わせられれば、少しはもどかしい気持ちも楽になるのだが……。


 それはノーン対ルールーの戦いでも同じだった。


 前回ルールーは遠慮がちに戦っていた。それは相手の槍がどうにも不気味で、野生の勘とも言うべき感覚が接近を拒んだためだ。

 しかし今回は違う。自分が消極的だったために部下が死んだ。いつもの自分を取り戻し、積極的且つ怒涛の攻めでノーンを追い詰めようと試みた。これは言わば復讐戦。生まれながらの優れた身体能力から放たれる双剣の斬撃は敵を追い詰める。はずだった。

 いくら気持ちが追いついても、いくら怒りで気持ち強くなっても当たらなければ意味がない。

 猫の如きしなやかな動きと、猛獣の如き苛烈な攻めは全て防がれる。槍の攻撃は危険なので、ヒット&アウェー方式で攻撃しつつ回避も怠らない。その間ノーンは余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)でルールーの攻撃を捌ききる。部下が手も足も出なかったのはルールーすら凌駕する身体能力を持っていたからに他ならない。


「さぁてそろそろ……」


 ノーンはルールーの攻撃の合間に滑り込ませるように槍で何処を切ろうか迷っていた。足も良いし、肩も良いし、顔も良い。とにかく苦痛で歪んだルールーが悶え苦しむ姿を見たくてしょうがなくなってきた。

 圧倒的な力量差。弱いものを見下す傲慢がアロンツォとルールーを生かしているのだ。いや、八大地獄の面々と戦っているみんながそうだ。唯一ゼアルだけが互角以上に戦えるが、それ以外は生かされている。

 ノーンはルールーの身体能力の要である足を潰すために槍を振るう。双剣を振り抜いてしまった完璧なカウンター。ルールーも部下と同じ運命を辿るかと思われたその時、ようやく戦いが動き出す。


 ギィンッ


 ルールーの足を狙って振った槍が弾かれる。剣の切っ先が槍の柄を叩いた。


「!?」


 想定外の事態にサッと下がるノーン。しかし、それを待ってましたと背後から剣で襲う。


「きゃぁっ!」


 ギリギリで気付いたノーンは体を捻って回避した。バタバタと無様に距離を開けるノーン。そこに立っていたのはデュラハン姉妹のメラとイーファ。襲ってこなかったが、エールーの姿も確認出来る。


「……な、何なの?」


 ノーンは困惑した。複数体を同時に相手することも出来るが、かなりの連携を見せられて内心怯えている。

 ティファルはもっと酷い。


 ズンッ


「かはっ……!!」


 アロンツォの攻撃を防いだのも束の間、鳩尾(みぞおち)に拳が入る。全く予期していなかった攻撃に脂汗をかいている。ジュリアの拳が無防備な腹にクリーンヒットしていた。


「勝機っ!」


 アロンツォは槍を構えて必殺の一撃を放たんと力を入れた。


「舐めるなぁっ!!」


 黒縄がティファルの周りを囲むようにドーム状に巻きつき、衝撃波のように広がった。当たれば切れる。ジュリアは即座に後退。アロンツォは空へと飛び上がった。

 そう、状況は変わった。白の騎士団だけではどうしても勝てなかった戦いは、精鋭となる存在を足して勝利を呼び込む。


「アタシガ活路ヲ開ク。付イテ来テ、バード」


「……アロンツォだ。ふんっ生意気な女よ。気に入った。余とそなたであ奴を倒そうぞ」


 即席タッグ結成の瞬間である。

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