第十九話 仲間割れ
ドドドンッ
ミーシャは麒麟に魔力砲を複数放つ。麒麟の巨体に比べれば小さなそれは、しかし確実に麒麟の表面を抉る。
「ヒヒィンッ!?」
さっきまでの遠慮がちの攻撃は失せ、必殺を以って命を脅かす。
麒麟はあまりのことに動揺し、全身から空へと立ち昇る凄まじい雷を辺り一面に放電する。
バリバリィッ
ミーシャの攻撃から逃れるための全体攻撃。大雑把且つ、乱雑で粗暴。一人に対して行うには精彩を欠くあまりにも不恰好な攻撃だが、これをされたらどこに隠れていようと感電するだろう。とはいえミーシャには関係ない。魔障壁を張っていつものように防ぐだけだ。
ビキィッ
「む?」
ミーシャの魔障壁に罅が入る。久々の手応えにミーシャの心も踊ったが、疑問に思うことが一つ。
「私の障壁は雷のエレメントに弱いのか?どうもこの手の攻撃で割れてるような気がしてならないな……」
ミーシャにとっては即座に修復して直る物だが、麒麟が無闇矢鱈に放った雷は蒼玉の国の魔障壁をいとも簡単に打ち砕く。バシャアァンッとガラスが砕けるような音と共に魔障壁は崩れ去り、無防備な町には神の怒りが降り注ぐ。逃げ惑う魔族たちは跡形もなく消滅し、町の半分が吹き飛ぶ。
圧倒的。碁盤のマス目の如く美しく整列していた町並みは形を為さず、ギリギリ無事だった建物からは火が出ている。
そして、被害はそれだけに留まらない。
鳳凰と戦っていたエレノアたちにもこの攻撃は襲いかかり、ティアマトと鳳凰に直撃した。ティアマトは半分焦げながら地面へと落下。鳳凰は羽の一部が黒く汚れただけで落下するほどのことはなく、滞空を維持している。地上では鉄が余波を食らって麻痺を起こしている。ここで唯一無事だったのはエレノアだ。雷のエレメントを得意とするエレノアには電撃を往なすことなど容易い。
とはいえ、かなりの戦力ダウンを被った。エレノアは戦闘の続行より落下するティアマトの救助を優先し、地上スレスレでキャッチに成功した。
ケルベロスとの戦い。いや最早、八大地獄との戦いと言って良いここにも電撃は当たり前に襲う。しかし被害はほとんど出ていない。被害を最小にしたのは距離や幸運の類ではなく、ケルベロスが身を挺して守ってくれたからに他ならない。かの獣にとっては創造主の安全を最優先した行動ではあったが、結果的にここにいるみんなを守ったことになった。
ケルベロスは麒麟を睨みつける。不可抗力ではあるのだが、創造主への攻撃は万死に値する。主従関係こそこの世で最も尊きものと捉えるケルベロスはラルフたちとの戦闘を放棄し、麒麟に向かって突進を敢行した。
ギャドッ
真横から突然、凄まじい熱量と物量が襲いかかる。突き飛ばされた麒麟はそれでも倒れることなくバランスを保つとケルベロスを睨んだ。
「何だ?一体……?」
仲間だったはずの古代種同士が睨み合い、牽制し合う。こんなことを想定出来る訳もなく、キョロキョロと周りを見てしまう。ケルベロスがこちらに来たということは、ほぼ全滅の憂き目にあったのではないかという心配だ。でもそんなことはなく、ここから見る限りでもみんな立っているように思える。ラルフのハットを被ったシルエットが見えた時、何もなかったことに安堵した。そのお陰もあってか、いきなり横から掻っ攫われたというのに特段悪い気はしていない。
そこにベルフィアが転移の魔法ですぐ側に出現した。
「ミーシャ様、お怪我は?」
「全く無い」
「安心致しましタ。……ところで如何なさいますか?こノ愚鈍な獣どもを」
「仲間割れをするなら止めないでいい。こっちも楽させてもらう。それよりあの鳥の方が不味いかも?」
鳳凰は相変わらず飛び回り、エレノアたちは地上に降りて攻撃が出来ないでいた。
「そっちに加勢しよう。あっちは古代種もいなくて安全だし、やっぱりこっちの方が危ないし……」
「流石ですミーシャ様。それでは妾が転移致しましょう。お掴まりください」
ベルフィアの差し出した手を掴むとシュンッという音と共に消え、鳳凰のもとに一瞬で現れる。
「ピュイィィィッ!!」
現れた敵に気付いたのか、甲高い鳴き声で威嚇する。
「……うるさい奴だな」
「ここは妾にお任せを。口を閉じさせてご覧に入れましょう」
「要らん。下がれ」
ベルフィアはスッと頭を下げて空中で一歩下がる。
「面倒だしとっとと終わらせる。ベルフィアは先にあっちに行ってろ」
「御意」
*
「迷惑な珍獣どもめ……」
ケルベロスのお陰で助かったとはいえ、残った三体を一気にここに召喚したのは間違いだろうとロングマンは思う。ロングマン自身、予想などしていなかったが、こうして古代種同士が対峙する事態を想定することは出来たはずだ。これだけ近い距離でそれぞれの戦いが繰り広げられれば、流れ弾がこないなどあり得ない。
ミーシャとラルフを潰す。この一点のみに注力した結果、お粗末な事態を招いたことは反省すべき点だろう。次があるならの話だが。
「どこを見ている?」
シュッ……ギィンッ
ゼアルの振った剣に刀を合わせる。
ギシィッ
とてもじゃないが、片手で押さえられる範疇を超えている。即座に両手に持ち替えて力を入れた。両者の顔が近付くほどに力む。
「私が貴様の相手だ」
「面白い。人類最強の力を見せて貰おうか?」
ロングマンとゼアルの激しい戦闘が始まる直後、ラルフは投げナイフを取り出す。ゼアルに加勢してロングマンを攻撃しようと考えた。ラルフの考えつく今この場での嫌がらせとくれば、激戦で最も高揚したその瞬間に冷や水をぶっかけるかの如き援護。まず間違いなく両方に嫌われるだろうが、これしか思いつかない。
舌舐めずりをしながら隙を伺っていると、背後から強烈な殺気が叩きつけられる。驚いて振り向くと、少し遠くに少女がいた。八大地獄で八個目の地獄を所有する女の子、パルス。
最初は信じていなかった。殺気を放つにはあまりに幼いと感じたラルフだったが、気を手繰り寄せれば彼女に行き着く。
「可笑しいな……?子供には優しいと定評のあるこの俺に殺気をかますとは……」
パルスはラルフに話しかけることもなく手をかざす。すると、それに反応してか背中に提げた大剣が浮き上がった。
(あ、これヤバイ奴だ……)




