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第十六話 他力本願

 蒼玉は外の様子を眺めながら少し余裕を取り戻していた。


「……貴様は出向かないのか?」


 マクマインは席についたまま蒼玉に尋ねる。どのような支配者であれ、自国を他者の采配に委ねている現状はマクマインにとっては困惑と疑問でしかない。魔障壁で守り、非戦闘員の避難が行われているとはいえ、相手は古代種(エンシェンツ)。それも三体。何が起こっているにせよ民衆の不安を取り除き、一丸となってコトを起こすべき時ではないだろうか?


「ええ、私はやることがありますので……」


 そんなマクマインの個人的な見解など無視して蒼玉はアルテミスを見た。


「もう一度伺います。この事態はアルテミス様とは関係がないのでしょうか?」


『知らないにゃ』


 アルテミスは涼しい顔で肩を竦める。正直、全く信じられない。アルテミスの顔にはこの先何が起ころうとも驚きもしないというような雰囲気を漂わせている。ラルフの登場にあれほど期待を寄せ、裏切られたと同時に発狂した感情むき出しの癇癪持ちが、この事態にはポーカーフェイスを気取る。複数いると言われる神の間で何らか示し合わせたことは疑いようがないだろう。

 それに比べればイミーナの隣で苦虫を噛み潰した顔を崩さないアトムはやはり白だと言える。自分がやりたいことに則さないと余裕ではいられないというアルテミスと似たタイプの神であり、感情を出しているのは自分が知らない事態に対する苛立ちを含んでいるのだと推測出来る。


「……ここでミーシャを片付けようとしたのは大間違いでしたね。私はあなた方とは敵対したくないと考えておりましたが、このような強攻策に出られるとなると私も正気では要られません」


 蒼玉は表情にこそ表れないが、かなりの怒りを抱えていた。この言葉からも対立も辞さない覚悟だ。


『落ち着くにゃ〜、うちは全能の神ではないにゃ。()いていうなら災いと戦いの神にゃよ?これくらいのことは稀に良くあることにゃ。この箱庭はみんなのもの。であるなら誰が何しようが自由ってことにゃ。そう目くじらを立てたって解決する問題じゃないことは分かってるにゃ?マクマインとかいうイケメンの言う通り、蒼玉も介入するのが正しいとうちも思うにゃ〜』


 両手を頭の後ろで組んで、椅子の背もたれに寄りかかる。「どう動くか見てやる」と言いたげな態度に蒼玉の表情も引きつった。フゥゥゥ……と息を長く細く吐いて気を落ち着けるとアトムを見た。


「アトム様。あなたはどう何です?この事態をどう見られているのかお聞きしたい」


 蒼玉の質問にアトムは微笑みを浮かべる。


『……ふっ、違うな。お前が聞きたいのは私の見解などではない。この私に事態の収拾を委ねようというのだろう?素直に言ったらどうだ?私に奴らのところに赴いてあの獣をどうにかするように説得しろと。この猫なで声が放棄したためにあなたにしか頼れませんとな』


「……それでは動いてくださると?」


『ふざけるな。誰が行くものか』


 アトムはプイッとそっぽを向いてしまう。


「話になりませんね。これではミーシャを殺すという目的は達成されそうにありません」


「……それは違うかと思います」


 蒼玉の言葉を即座に否定したのはイミーナだった。グラジャラクの一件から信用が著しく低下したイミーナは蒼玉の怒りを買わないように終始黙っていたのだが、ここにきて封を解く。イミーナの発言に冷ややかな目を向けたが、ようやく口を開いた彼女の否定の理由を聞くために蒼玉は続きを促すように頷いた。


「はい。ミーシャは古代竜(エンシェントドラゴン)との戦いに魔力を使い果たしました。つまり今回も同じことが出来ると推測します」


「あなたが背後から射た槍の件でしょうか?あの時はあなたを完全に仲間であると認識した上に、槍の効果を知らなかった。つまり今世紀最大の機会を棒に振ったのです。その栄光をもう一度と言いたいのでしょうか?」


「はい」


「ほう……かなりの自信ですが、その根拠は?」


「まずは三体の獣が勢ぞろいしたという点です。前回のドラゴンは生け捕りの命令でした。相手を屈服させる目的の攻撃は、死なないようにする難しいものだったと私に漏らしています。今回はそのような制限がない中での戦い。一対一なら最強の獣も為す術はなかったでしょうが、三体を片付けるには相応の魔力を必要とします。魔力の底が尽きるのは当然と言えるでしょう」


「なるほど一理ありますね。しかし、今現在他の者たちも戦いに参加していることを思えば、そう簡単にことが運ぶとは思えません。疲弊しきる前に倒されては、目的達成とは言い難いでしょう?」


「蒼玉様はミーシャ以外に古代種(エンシェンツ)に勝てる存在がいるとお思いですか?」


「……」


 蒼玉はイミーナの言葉に黙らされる。

 ミーシャには倒すだけの力と実績が存在する。他の魔王たちにはない能力だ。もちろんそんな魔王たちを倒せない人族など考慮にも値しない。


「どう足掻こうとも、最後にはミーシャが何とかするしかない。そして幸運なことに、ここに(おわ)す神々と他の方々もミーシャの死を望んでいる。だとするならあそこの三体全て彼女の命を狙っているということ。今のところ肉壁となっている(くろがね)や竜胆が邪魔をしていても、いずれ力尽き、ミーシャが全てに対処することを余儀なくされるのは時間の問題。古代種(エンシェンツ)の犠牲は止むを得ませんが、それで殺せるなら安いと提案いたします」


 イミーナの説明は的を射ていた。ハッキリ古代種(エンシェンツ)にトドメをさせるのはミーシャのみ。となれば必然戦いは多くなり、いずれ魔力は尽きる。その”いずれ”を待つだけの餌を待つヒナになるのは癪だが、勝てそうな戦略なら試さない手はない。


『ちょーっと聞き捨てならない面もあるけど、(おおむ)ね良い線いってるにゃ!』


 アルテミスは上機嫌で言葉を弾ませた。


『どうなるか高みの見物か。悪くない』


 アトムも珍しくイミーナを褒める。得意満面のイミーナだったが、要するに棚からぼた餅を再現しようとしているだけだ。他人任せの戦略が果たして上手くいくのかと問われれば、完全な肯定はしかねる。

 しかし、これは実態に基づいた意見であることも考慮しなければならない。魔力を空に出来る自信と根拠は確かに存在した。ならば試すだけでも価値があると言える。ただの高みの見物であっても、そこには確かな戦略が存在した。


「……詰める必要はありますが。それではどうなるか成り行きを見守りましょう」


 蒼玉もイミーナの日和った意見に賛成だった。マクマインは若干否定気味に頭をひねっていたが、腕を組んで押し黙った。結局失敗しても大きな痛手になるのはペルタルク。もはや気分は野次馬だった。



「……あぁ面倒臭い」


 ミーシャの頭の許容量はすでに限界に達していた。元々戦略家でもないのに、考えすぎたのが仇となった。


「もういいや、倒しちゃお。ベルフィア!よくやった!後は私がやる!」


 ひとりでやると言い出したミーシャ。ベルフィアは一瞬焦ったが、すぐに意向を聞き入れ、頭を下げた。


「御意。……お気をつけて」


「ああ」


 ベルフィアはその場で下がり、ミーシャの獲物から距離を取る。これから始まる凄まじい戦闘のために気持ち場所を空けた。

 先ほどまで本気を出すことなく戦闘を流して、見に回っていたミーシャだったが、ようやく動く。

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