第十三話 麒麟
ガィィンッ
それは大気を揺るがす威力を持っていた。鐘の音のように遠くまで響き渡るのは、ミーシャが麒麟と肉迫し、その顔面に強烈なまでの右ストレートを叩き込んだ音だった。
麒麟はあまりの威力に二、三歩後退し、首を振って痛みを堪える。全身に隙間なく生えた翡翠の鱗が攻撃の威力を半減させる効果を持っているにも関わらずダメージが通った。この世に生を受けて初めての痛みに困惑と憤りを隠せない。
「ヒヒィン!!」
麒麟は前足を持ち上げて、威嚇する動きを見せる。それが単なる威嚇でないことは次の瞬間理解した。
ブワァッ
麒麟を中心に衝撃波がミーシャとベルフィアを襲う。衝撃波には稲光が走り、触れるものを麻痺させる。
しかしミーシャとベルフィアは魔障壁を張り、局地的な電磁波を未然に防ぐ。麒麟は吹き飛ぶことすらなかった二つの脅威に対し、即座に戦略を立てる。見た目は獣だが、頭はかなり切れる。
まず狙うのはベルフィアだ。ミーシャが手強いことは身に染みて分かったので、未知数なベルフィアを叩く。簡単に踏み潰せればそれで良し、踏み潰せなくてもどのみち能力は分かる。もしミーシャと同レベルならば撤退も視野に入れなければならないだろう。
「ブルゥヒヒィン!!」
麒麟は持ち上げた前足を、地上で隙を伺っていたベルフィアに向けて振り下ろす。何の抵抗もなく地上を踏み砕く。クレーターを作り、大地が揺れる。
手応えがなかった。あれはミーシャなどとは比べるべくもない雑魚。つまり全くの杞憂。ミーシャが特別と考えるのが妥当だろう。
「馬鹿がっ!!」
その声は耳元で聞こえた。ベルフィアは転移魔法により、瞬時に移動を可能にしたのだ。戦力を見誤り、驚愕する麒麟の目線まで飛ぶと、その目に魔力を薄く引き伸ばした斬撃を放つ。
バリィンッ
「!?」
生き物の中で最も弱いと思われる目玉を狙ったが、当たった途端に斬撃が砕け散った。麒麟は埃が入った程度に瞬きを繰り返しながら首を振る。
その首が鞭のようにしなり、ベルフィアを叩いた。まともに直撃したベルフィアはあまりの衝撃に、流星の勢いを持って蒼玉の城下町に落ちる。既に魔障壁を張っていたようで町に落ちる直前に阻まれ、ビタァンと轢かれたカエルのように無様に魔障壁に張り付いた。
「なルほど……硬いノぅ」
ベルフィアにとって痛みなど一瞬だ。骨も肉も何もかも潰れても心臓さえ無事なら瞬時に元通りだ。吸血鬼の特権である不死能力の核、心臓だけはどんな時でも常に魔障壁を張って守っている。
第六魔王”灰燼”に煮え湯を飲まされたのがかなり堪えたので、何としても誰にも害されることが無いようにしたのだ。麒麟の攻撃でぺしゃんこになるはずだった心臓は無傷だった。
一撃のもとに破壊したと考えていた麒麟は、再生能力を保持するベルフィアのせいで戦略の立て直しを要求されることになった。
ドンッ
そんなことを考えていた矢先、ミーシャは魔力砲を放つ。物理、魔法の有無に問わず攻撃を半減させる鱗だったが、ミーシャの攻撃は全てが特別だった。肩口に放たれた魔力砲は鱗を剥がし、肉を傷つけた。一応すり傷程度の傷ではあったが、傷ついたことのない麒麟はあまりの痛みに地団駄を踏む。
「ベルフィア!私が突破口を開く!お前はそこに追い打ちをかけろ!!」
「御意」
本来このちょっとした傷ですら他のものには付けられない。というのも、麒麟の体の頑強さは生来この鱗を必要としない。何故なら金属の塊が意思を持って行動していると同じなのだ。
殴ろうが、斬ろうが、撃とうが、どんな攻撃であれ全てを弾くことだろう。それほど強靭な肉体に無慈悲に生える鱗。どんな攻撃であれ威力を半減させる効果を持つ鱗はその身に生やすには反則過ぎる。
それをただの魔力砲が引っぺがすのだから、他のものたちとはやはり次元が違う。ミーシャの全てが規格外。
とはいえ、ミーシャも探りながらの攻撃。何が一番有効か?何が一番理に適っているのか?無い知恵を絞って導き出そうとしていた。
普段からこうして考えるようになったのはやはりラルフが原因だろう。ラルフの考えに触れすぎた。ラルフは弱者ゆえに生き残るための行動を絞り出すが、ミーシャは強者であり、その必要性は皆無である。
この唯一付け入る隙も、後五分もすれば大雑把に変わってしまう。麒麟に残された時間はわずか四分と三十秒。そんなことなど知る由もなく、長考に入る麒麟。
両者共に集中力が切れた時、この戦いの決着は早まる。




