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第十話 膠着状態

 場内が凍りつく。


「茶番だと?」


 ロングマンが放った一言は聞き捨てならないものだった。

 最初に突っかかっていったのは今まで静観していたミーシャである。威厳ある髭面のロングマンに指をまっすぐ立てて柄悪く言い放つ。


「おいお前、そこは観覧席じゃないぞ?私たちは協議を開いている。言いたいことがあるならきちんと発言しろ」


「……ふむ、正論だな。では発言させていただく。探り合いなど無駄だ。そこの御仁もそこな婦人もラルフも根底では平和など求めていない。誰かが戦いの火種を撒き、それを起点とした大義名分を掲げようと待っている。相手を挑発し、怒りを引き出そうとしているのはそのためであろうな……」


 蒼玉に限らず、マクマインやゼアルたちも図星である。(くろがね)、ティアマト、ミーシャやブレイドたちにおいてもこの発言は否定出来なかった。唯一ベルフィアだけが隠すことなく、その旨を曝け出していたので驚くこともない。

 しかし一人だけこの発言に異を唱える者がいる。ラルフは自分だけ名指しされたことに困惑しながら首を振った。


「それは違うなロングマン……あっ、あんたロングマンって言うんだってな?良い名前だ。それはさて置き、俺が話し合いを求めたのは純粋に平和に暮らしたいからさ。何を隠そう戦争ってのが大嫌いでね。命を狙われている現状を何とか変えられないか苦心しているところさ。決めつけは良くないぜ?」


 ラルフはメトロノームの針のようにチッチッチッと指を振ってみせた。


「へぇ……ってことはそのウザい動きは天然ってことかよ。如何にも襲ってくださいって面してその気がねぇってのは詐欺だろ?」


 ジニオンは可愛い顔を歪ませて、今にも噛みつきそうな獰猛な犬歯を剥き出す。


「おいおい、なんて顔だよ。せっかくの美人が台無しだぜ?」


 ラルフはキザったらしくウィンクをして見せた。ギリッという歯ぎしりが場内に響き渡る。怖いくらいに血管を浮かせたジニオンはラルフを視線で殺す勢いで睨み付けた。


「えぇ……そんなに怒ることある?」


 ジニオンはゼアルの斬撃により、死と共に戦いに敗れた。亡骸は灰となって消滅し、現在のこの姿は転生した姿である。記憶を完全に引き継いでいるので生き返ったといって過言ではないものの、望む形での復活ではなかった。

 ラルフはまたしても相手の逆鱗に触れてしまったのだ。


『やめろジニオン。みっともないぞ』


 驚愕した。イミーナの忠臣であると思われた侍女が、その見た目から決してあり得なさそうな野太い声でジニオンを叱責したのだ。

 神であることを看破していた八大地獄の面々もあまりのことに目を丸くする。ラルフも例に漏れず硬直していたが、この光景は見たことがあるのを思い出した。


「……その声アトムだな?最近見ないと思ったら、また女に取り憑いてんのかよ」


 その名はゼアルたちも聞き覚えがあった。


「確か……カサブリアで貴様らが話していた……」


「ああ、あの超巨大レギオン。取り憑いてってことはゴーストでしょうか?」


 ハンターはアンデッドつながりで推測する。


『にゃははっ!アトムにお似合いの種族にゃ!』


 アルテミスの笑いにアトムが苦虫を噛み潰したような表情を見せ、ギロッと音が出そうな勢いでハンターを睨みつけた。ハンターは失言だったことに気づいて口を真一文字に結び、視線を逸らす。

 アトムには「言霊」と言う特異能力がある。対象の自由意志を奪い、操ることの出来る能力は聴覚を阻害しても意味がない。怒らせて良いことなど一つもないので、ほとんど全員が視線を合わせないようにしていた。この時アトムを注視していたのはジュリアだけだった。


「……ところでお前ら、アトムにアルテミスだと?固有名詞は好かんと言ってたくせに、今更名をつけたと言うのか?」


『チッチッチッ……古いなぁロングマンは。時代に取り残された人間ほど惨めで愚かしいものはないにゃよ?』


 アトムとアルテミス。この二人は同格の存在であることが伺える。一つはアルテミスがアトムを(けな)したのにこれといって反論もせず、甘んじて受け入れていること。二つはロングマンの言葉から名前をつけないことを共有し合っていた知己の仲であることだ。最近同時期に名前をつけたことも追加すべきだろう。


「……ったく、何で神が魔族側に?そんなに俺たち人族を絶滅させたいのか?」


 生まれながらに能力に差があるというのに、神にまで見放されたら人族は滅ぶ他ない。


『それを君が言うのは間違っているにゃ。サットリー。久々に出て来てよぅ。お話しよー』


 しんっと静まり返る場内。何人かキョロキョロと周りを見渡したが、何も起こる気配がない。アルテミスの呼びかけに一切答えず、アルテミスの顔に諦めが見え始めた頃、ラルフが口を開いた。


「サトリは話したくないみたいだな……よし、話を戻そう。俺たちは捕虜を渡す準備は整っている。そっちはどうだ?イミーナを渡して平和協定を結ぶ気はあるのか?」


「仮に彼女を渡してどうなさるおつもりでしょうか?」


「殺す」


 ミーシャは間髪入れずに答えた。ラルフはミーシャのあまりの即答ぶりに頬を掻きながら、何とか取り繕おうと考えた。しかし特に何も思いつかなかったので放置することにした。


「まぁ、良いようにはならないわな。あ、公爵。蒼玉がこの協定を結んだら自動的にそっちも協定にサインしたことになるよな?」


「バカを言うな。蒼玉と私は利害でのみの関係だ。我々王の集いは黒の円卓に同調しない」


「都合の良い解釈だな公爵。あんた一人で王の集いか?」


「都合良い解釈はお互い様だ。それより貴様らはこの事態をどう見る?」


 八大地獄に向けたメッセージはやはりロングマンが答える。


「どうもこうもない。この茶番に付き合ったのは目的達成のために必要なことだったからだ。やはり信用に足る男だったと言うことだなマクマイン」


 席から立ち上がろうと足に力を入れた時、目の前の机にストッとナイフが刺さった。警告のナイフはロングマンの前で銀色に輝く。

 ナイフを投げたのはアンノウン。ジュリアはロングマンの椅子の背後に立ち、動かないように牽制している。駄目押しにブレイドがガンブレイドで狙いを定めていた。


「……厳重だな」


「ああ、まぁ。中々の戦闘狂らしいじゃねぇか?まだ終わってねーし、いきなり斬られたくないしな」


「ほぅ?まるで私がお前を斬るような言い草だな」


「違うのかい?」


「ふむ……」


 図星をつかれたロングマンは上げ掛けた腰を下ろす。彼にとって椅子に座った状態というのは決して不利という状況ではない。三人の内、真っ先にジュリアが真っ二つとなろう。しかしそれをせずに座り直したのはラルフの洞察力と連携、そして信頼関係にあった。どれか一つ欠けていれば、既定路線でジュリアが真っ二つだった。


「面白き男よ……」


 この後、しばらく話は平行線を辿る。両者全く譲ろうとしないのが直接の原因だが、ちょくちょく始まる腹の探り合いが時間をかけていた。

 あっちを立てればこちらが沈み、こっちを立てればあちらが沈む。どちらにも良いという案など存在しない。


 そうこうする間にも貴重な時間を失っていく。

 危険が質量を持ってペルタルクに向かっていることを、彼らはまだ知らない。

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