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第九話 茶番

「ほぅ……平和協定、ですか。話が違いますねぇ……」


「そうだ。やっぱよぉ、休戦なんてケチなこと言わず、いっそここいらで手を打つってのはどうだ?」


 協議の始まりと共にこの場を支配したのはやはりラルフだった。元より協議を申し出て、蒼玉がそれを承諾したところからラルフの独壇場となっていたことは否めない。


「これまでの非礼、そして(とが)を全て忘れ、仲良く手を取れと……そう言いたいのですね?」


「そうだ。この協議を行う上で先に伝えたと思うが、俺は戦いを望んでいない。俺の仲間には未来ある若者もいるんだ。これ以上の流血を望んではいない。平和的な解決こそ俺の最も望むべきところだ……あ、それと非礼や咎については言いっこなしだからな?そこんとこはこの際ハッキリさせとくぞ」


 ラルフはニヤリといやらしい笑みを浮かべながらマクマインと蒼玉の顔を交互に見る。その(わざ)とらしさにマクマインは怪訝な顔を隠さなかった。その視線に気づいたゼアルは目を細めてマクマインを見やり、眉間にしわを寄せてラルフに向き直る。


「貴様がこの場で勝手なことをベラベラと喋る分には何も言うまい。しかし公爵に対する侮辱は慎めよ?平和的解決を望むのならな……」


 剣の柄に左手を添えて牽制する。その仕草にこの場の空気がヒリつく。(くろがね)は腕を組んでゼアルを睨みつけた。


「飼い犬が口を出すな」


 ゼアルの視線に鋼の輝きが灯る。確かな殺意が鉄を刺す。


「……魔王”鉄”とお見受けする。私は白の騎士団のゼアルと申すもの。この議場に席を並べる立場なれば、発言も相応のものと理解しているが如何に?」


「貴様の存在は耳にしている。銀爪を二世代に渡って滅ぼした騎士であろう?その実力は買うが、王の集いという上位互換が存在する以上、この場に座るのも烏滸(おこ)がましい。貴様はその男の背後に立って雑用をすれば良いのだ。それこそが立ち位置的には相応しい」


 鉄は魔王として騎士風情が同じ目線で語ることが気に食わないでいた。老若男女問わず、支配者という立ち位置でものを語るべきだと考えている。叩き上げの魔王としての矜持だ。

 その失礼な物言いから鉄の考える大まかなの思想信条を悟ったゼアルだったが、だとして先の暴言は到底許されるべきではない。例えそれが魔王であっても。


()めい」


 ラルフが口を挟もうとした直前、ベルフィアが間に入った。


「協議ノ場に関係ないことを持ち込むでない。議論が終ワっタ後で改めて喧嘩なり何なりすルが良い」


 この言葉に驚いたのはラルフ一行である。彼女はどちらかと言えば戦いを望む側。このいがみ合いに乗じて混乱を誘っても良さそうなものだが、真逆の反応を示して見せた。ラルフは「ヒュー……」と口笛を吹いて、意外だと感じた心の内を表した。


「ベルフィアにしては、かなりまともな意見だな。ベルフィアが答えを出してくれたからこれ以上言わなくても良くなったが、あえて付け加えるなら、紳士淑女的にもっと穏やかに行こうぜ?喧嘩はいつでも出来るが、仲直りってのはタイミングが必要なんだからよ」


「ミーシャ様ノ御手を(わずら)ワせないヨう、とっととラルフ ノ利己(エゴ)を満足させヨ。(もっと)も、戦争を願っていル妾としては、決裂を待ち望んでワいルがノぅ」


「褒めて損したなぁ……」


 ガクッと肩を落とす動作に不快感を禁じ得ない。ティアマトが露骨に舌打ちした。ゼアルならまだしも、ティアマトに不快感を表されたラルフは(いや、何で?)と心底疑問と理不尽さを感じたが、蒼玉の美しさに心の安寧を取り戻した。


「と、とにかく。これ以上の戦争は無意味だ。黒の円卓もほとんど壊滅寸前、白の騎士団にも死人が出ててんやわんや。そこの八大地獄も一人犠牲が出たそうじゃないか?痛み分けで譲歩すれば丸く収まりそうじゃないか」


「……誤りだ」


 ラルフの情のない発言に端を発したのはガノンだ。


「……こっちは三人死んでいる。アウルヴァング、ドゴール、そしてアイザック=ウォーカーだ。だが、そこのクソ野郎どもはジニオンって野郎が一人。こいつは割に合わねぇ……」


 八大地獄は素知らぬ顔で否定も肯定もせずに、ただただ黙っている。


「"光弓"アイザック=ウォーカーは結構前だろ?そこに座るハンターが代わりに騎士団入りしたはずだ。残り二人はやられたかも知れんが嘘はいけない」


 即座にラルフに訂正される。ガノンの顔に苛立ちが見えたが、すぐに思い出したような顔になり、ロングマンの隣に座る女性に指をさした。


「……それを言うならそこの女も補充されてるぜ!」


 鬼の首を取ったかのようなはしゃぎようだが、ガノンの行動は揚げ足をとる小僧と何ら変わらない。


「はぁ……俺はその女のことを知らないし、八大地獄もまともに知らない」


 この時のセリフで微動だにしなかったハンターがピクッと動いた。


「俺たちは殺伐とした日常から足を洗いたいだけなんだ。汚した手はもう、洗っても綺麗にはならないかもしれないけど、ここを転機に新しい環境に変えるんだよ。魔族と人族が手を取り合う次世代の様式。それが可能な段階になっているんだよ」


 熱弁するラルフを余所に、ハンターに小声でガノンが「話してないのか?」と問い、ハンターは静かに首を振った。


(あえて知らないふりをして八大地獄の隙を伺っている可能性がある。ここは慎重を期して話を合わせるべきだ)


 ハンターはラルフに全幅の信頼を持っている。敵のために罠を張っているなら、それを壊すわけにもいかない。調子を合わせるよりも、何も語らないことを選択した。


「夢物語も甚だしい……」


 蒼玉はため息をついた。


「あなた方の目指していることは、何となく理解しました。その理念を考慮し言わせていただきたいのですが、捕虜をこちらに引き渡していただきたい」


「おう、いいぜ。交換だな」


「いいえ、一方的な返還を求めています。先ほども言いましたが、魔族と人族が手を取り合う世界を望むなら、先ずは我々を信じて捕虜を解放すべきでしょう。イミーナを殺せば、本末転倒ではないかと思いますが。如何でしょう?」


「あ、そうくる?でもそうは行かねぇんだよ。それじゃミーシャとの約束を反故にすることになる。この交換に関してだけは当初の予定通りで行かせてもらうぜ」


「自己中心的で身勝手な言い分ですね。どうでしょうか?イミーナさん」


「……私に振りますか?」


「当然です。あなたの命が掛かっているのですよ?」


 誰だって命が掛かっていれば死にたくはない。もちろんイミーナも死ぬ気はない。断って終わるなら即断即決だが、それはあり得ない。選択肢など存在しない。ラルフやミーシャ、蒼玉も「ここで死ね」と明言しているようなものだ。

 イミーナを追い詰める行為に呆れを感じたアトムは口を出そうと思考を巡らせる。結局色々やりすぎたイミーナに味方はいない。ここは一つ言霊の力で何とかしよう。そう思った時、それより早くロングマンが口を開いた。


「……茶番だな」


 目を瞑り、我関せずを気取っていた男の素直な言葉だった。

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