第八話 漁夫の利
アルパザより北に位置する高山「ヒラルドニューマウント」。
その火山口に棲んでいる究極の生物、飛竜。古代種の頂点とも目されるドラゴンは誰を襲うでもなく静かに過ごしていた。
だが、そんな大人しい彼を倒そうとする輩はこの数世紀跡を絶たず、誰もが最強のドラゴンを討伐した称号を得ようと、勝てぬ戦いに身を投じた。飛竜に戦いを挑んだのは、そのほとんどが人族である。
魔族は若き日の第八魔王"群青"がサイクロプスへ無謀な戦いを挑んだ失敗から学び、古代種への戦いを種類に関わらず禁止した。賢い選択であったと言えるだろう。何故なら勝てる道理が無いのだから。
(……?)
飛竜はパチッと目を開いてヌゥッと長い首を持ち上げた。じっと見つめるその先には何もなく、誰もいない。しかし確かな気配がそこにある。目を細めて居ないものを見るような行動を示した。
(……ん?君か。珍しい客だ……君はここには来ないと思っていたが、私に何か用だろうか?)
『ふふ……久し振りであるな飛竜。吾を覚えていたとは少々驚いたぞ?』
飛竜はフンッと鼻を鳴らす。
(まぁ……この世界への干渉を拒んだというのに、今更現れて何を企んでいるのか興味がある)
『おやおや、毒されたなぁ飛竜。昔はあんなにも純粋だったというのに……アシュタロトの奴が要らぬことを吹き込んだせいであろうな』
聞き慣れぬその名に首を傾げる。
(アシュ……何だい?まさか自分達に名前を付けたのかい?)
『その通りだ飛竜。吾はネレイドと名乗ることにした。其に何度も接触していたのがアシュタロトだ。良く覚えておくが良い』
(勝手気ままな連中だな。「名前なんていらない」とか言って困らせてきたくせに、突然名前で呼べだなんて……いやそんなことよりまだ答えを聞いてないな。何の用があって尋ねたのかを……)
『だったな。知っての通り 其に敗北を味合わせた魔族が猛威を振るっておる。それも藤堂 源之助クラスの異常事態だ。今すぐにここから発ち、急ぎペルタルク丘陵と呼ばれる地に向かえ』
気配の場所から目を離して遠くを見据えるような仕草をする。その方向にペルタルクが存在しているのを飛竜は知っている。ゆっくりと視線を戻して呆れたように目を瞑った。
(我々守護獣は動いてはいけない。そう義務付けたのは君たちではなかったかい?もう二度と異世界の扉を開かないようにと……)
神々が守護獣と定めた飛竜を筆頭とした様々な獣達は、結界の柱の役を担っていた。異空間に穴を開けられないための対策として、反撃する怪物を作り上げたのだ。強すぎるが故に魔族ですら近付くのを躊躇わせる無敵の存在。それが一体でも残っていれば結界が機能するという仕様だ。
しかし、その最強にして最硬の布陣が脆くも崩れ去ろうとしている。それも一体の魔族によって。
『負けた其なら分かるだろう?あれは世界を破壊しようとしている。何とかせねばならないのだ』
(だとしても……いや、尚のこと守護獣たるこの身を危険に晒してはいけないだろう?私はこの地を離れはしない。例え最後の一体になろうとも、この身を死守する。それがこの世に生まれ落ちた私の義務だ)
ミーシャと戦い、敗北したものの、魔族繁栄の名目のために運良く生かされた。柱たる獣が一体でも生き残ればこの世界に風穴をあけることは出来ない。誰が何と言おうとも、ここを離れるつもりはなかった。
『そうか……究極の生物たる其が戦いに参加してくれるなら、これほど心強いこともないと確信していたが、まぁ良い。その言葉、一理ある。其が最後の一体となってこの地に生き続けよ。吾も吾の考えのもとに行動する』
(待てネレイド、あれに構ってはいけない。最初に決めた規則を守るんだ。決して我々をぶつけてはいけない。世界のためにも放っておくんだ)
飛竜は少し焦り気味に注意する。最後の一体まで残るつもりではあるが、それは何も今すぐという話ではなく、長い時間をかけてゆっくり最後の一体になることを望んでいる。簡単に玉砕されてはたまったものではない。
『悪いな飛竜。これは吾の一存ではなく、吾らの総意。既に他の場所にも伝えに言って出立している。ペルタルク共々消し去るようにと。今丁度集結している。攻撃にはうってつけだ』
(目先のことだけ囚われていては大局を見誤る。引くのも勇気だ)
『もういい。吾はもう行く。その身を破壊されぬよう気をつけてな』
ネレイドは飛竜の忠告を無視して一方的に、逃げるように気配を掻き消した。
飛竜は思う。
(……あの女が全てを壊していく。獣も大地も、神の規則をも……この世界の崩壊は近い)
神々の干渉も相まって、世界の終わりを幻視する。残る古代種は飛竜を入れてあと四体。既にペルタルクの地を踏みしめている鳳凰、住処から離れなかった飛竜。そしてあと二体は不届きな輩を消滅させるべくひた走る。
ペルタルクまであと一時間がリミットか。
そして、この事実を協議の場にいる全員が未だ知ることはなく、刻一刻と迫る危機に対して無知なまま、己が信念を貫き通すため、探り合いを続ける。




