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第三話 いびり合い

「さぁ、伺いましょう」


 蒼玉はグラジャラクからノコノコ戻って来たイミーナを向かいに座らせて、薄ら笑いを浮かべながら威圧する。質量すら感じる凍てつく殺意が、イミーナの体を貫くように襲う。

 目に余る数々の失敗。弁明も申し開きも本来は全く聞きたくない。だがここまでマイナスに振り切れると逆に聞きたくなってくるのが知識あるものの(さが)だと言えるだろう。

 この殺意を前にすれば蒼玉と肩を並べる魔王ですら恐れ慄き、有ること無いこと舌から滑り落ちるだろうが、イミーナは余裕の表情で蒼玉を見据えている。蒼玉も表情を崩すことなく見ているが、内心苛立ちを感じていた。本当に殺してやろうかと憤るほどに……。

 イミーナは元からこうでは無かった。もしこうなる前の彼女がここに居たならブルブル震えて口を固く閉ざしていただろう。現在の微笑みすら(たた)えそうな余裕は、ある切っ掛けの存在だった。


『説明の必要があるか?そんなのもの、時間の無駄であろう?』


 フンッと鼻で笑う不届き者が件の存在である。

 一見ただの給仕に見える女の魔族は、その喉から顔に似つかわしくない低い男性の声を発する。この部屋の主人であるかのように棚から酒瓶を取り出し、高価なグラスを一つ摘んだ。

 創造神アトム。この世界を創った神々の一柱だと言う胡散臭い存在だが、その力は本物であり、蒼玉ですら抗うことは出来なかった。


「……お酒のあてでもお出ししましょうか?」


 蒼玉は侍女の一人をチラリと見た。侍女はその視線に気づいて了解のお辞儀をした後、そそくさと出て行った。


『ふっ、良い心掛けだな。しかし気が利きすぎるというのも面白くない。もう少し間の抜けた者の方が私の好みだ』


「ふふふ……ですからイミーナの側から離れないのですね。納得の理由です」


 芯から楽しそうにコロコロ笑う。流石のイミーナもこの嘲りには苛立ちを覚え、口を一直線に結んだ。アトムはイミーナの反応を見て呆れたような顔をして視線を蒼玉に移す。


『口を慎め。いくら本当のことでも過分に言いすぎると痛い目を見るぞ?』


「気分を害されたなら申し訳ございません。ただ何と言いましょうか、お似合いのお二人だと思ってつい……」


「蒼玉様!!」


 ガタッとイミーナが立つ。何と不敬な態度か。前述の通り相手は神であり、その力は魔王ですら抗う術がない。殺されても文句の言えぬ返答に、馬鹿にされたイミーナが蒼玉の身を案じて声を荒げる異常事態。

 時既に遅し。既にアトムの耳にこれでもかと届いている。


『……どういう意味かな?私を愚弄しているのか?』


「そう聞こえましたか?可笑しいですねぇ、悪意など微塵もないのですが」


 半笑いで見下した態度を改めない蒼玉にアトムの堪忍袋の尾が切れた。


『何を勘違いしたのかは知らんがどうでも良い、すぐに分からせてやろう。這いつくばれ蒼玉』


 アトムの特異能力”言霊”。この力は耳からではなく、脳に直接働きかけるものであるため、耳栓や魔法による聴覚遮断を施しても意味がない。アトムの口を封じることが出来れば能力は発動しないが、近寄ることは出来ない。接近の対策はもちろんのこと、言霊の力が厄介で「動くな」と言われればそれまでだ。

 となれば、あの常に余裕の態度を堅持し続けてきた蒼玉の無様な姿が見えるということ。イミーナは面倒なことになったと半分思っても、残り半分は好奇心と優越感でワクワクしていた。

 いびられてきた上位者が天上の存在にいびられる。ざまあみろとほくそ笑んでやる。美しく妖艶な顔が、しなやかで淫靡な肢体が、輝かしい栄光が地に伏す光景はさぞ愉悦であろう。


 しかし、アトムの言霊による力では、終ぞその時は訪れない。

 蒼玉はアトムの言葉に対してスクッと立ち上がる。ここから床にダイブするかと思いきや、フゥ……とため息をついて肩を竦めた。


「茶番は終わりにしましょう。アトム様」


『……馬鹿なっ!?』


 一体何が起こったのか?

 蒼玉は平気な顔でアトムとイミーナを見下ろし、アトムは驚愕に彩られている。驚愕はイミーナとて一緒だった。アトムの言霊は防御不可能の力。蒼玉は言霊の攻略法を見出したとでもいうのか?


『何故貴様がここに居るっ!!』


 それは思っても見なかった言葉だった。(誰が?)そう思わずにいられない怒号、そして質問。辺りを見渡しても壁際に侍る侍女がふたりと目の前の蒼玉のみ。アトムの見据える視線の先が蒼玉だとすれば何か不可視の存在を連れているのか?


「まさか……」


 イミーナもその答えに辿り着く。アトムが驚愕し狼狽える相手は一つしかない。同列の存在、神だけだ。


『呼ばれて飛び出てにゃにゃにゃにゃーんっ!』


 アトムとは正反対とも言える可愛らしい声がこの部屋を埋め尽くす。セリフこそふざけているが、感じる気は抗うことの許されない神の気配。荒れ狂う天災。

 蒼玉の前に光が収束し始めた。徐々に形を帯びるそれは、活発そうな十台後半の女性の姿を形作る。ショートボブにキリッとしたつり目。鼻筋の通った美人な顔つきに幼さを残し、八重歯がチラリと見える。上半身は程よく筋肉がついているのに対して、下半身は陸上選手のように太い脚を見せつけている。胸も中々大きく、瓢箪(ひょうたん)のような見事な体型をしていた。健康そのものといった出で立ちのくせに肌は白い。それに気づけたのは彼女が真っ裸だったから。


『やーやー!我こそは”月の女神”アルテミスなるにゃー!控え寄ろうっ!控え寄ろうっ!!』


『アルテミスだと?ふ、ふざけているのか?』


 アトムは立ち眩みのように体を揺らした。


『え〜?先にふざけたのはそっちにゃ。ノッてあげたら梯子外すって最悪にゃよ?』


 ブー垂れる彼女の空気は年相応を装おうとしている年増の空気だ。神に年齢があるのかは定かではないが、少なくともこの空気は耐え難いものだった。


「アルテミス様。助けていただいた上でこういうのもなんですが、今後のことを話し合いたいので少しだけ聞く側に回っていただいてもよろしいでしょうか?」


『しょうがにゃいにゃ〜』


 アルテミスはドカッと椅子に座ると大きな欠伸をした。


『ふんっ!体を無理やり顕現させれば眠くもなろう。だいたい何をしに来た?そんな奴に肩入れして……』


『それは言いっこなしにゃ。第一なんでその魔族なの?もっと使えそうなのがいるのに』


「アトム様、アルテミス様。話を聞いてください」


 ふたりは唇を尖らせて黙る。


「……イミーナさん、今回もまた不問としましょう。それよりもこれからのことです」


 イミーナは内心ホッとしながら頭を垂れる。

 新たな神の登場で一気に馬鹿馬鹿しくなったいびり合いも、真面目な話へと移り変わる。協議の開催予定まであと三日。神々の力を借りて目指すのは夢の終わり。

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