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エピローグ

「話したと思うが、今回の遠征は長くなると予想される。家のことを全て任せて悪いが、子ども達共々息災でな」


 マクマインは豪華な馬車に乗って外交という名目で旅立つというのに、戦場に赴こうと言わんばかりの雰囲気だった。妻のアイナは寂しそうな、それでいて清々しい表情で見送る。


「道中気をつけて……あなたの無事を祈っております」


 馬車の中、一人で乗り付けたはずの車内にはアシュタロトの姿があった。


『君が直々に行く必要があるのかな?』


「ああ、ある。通信機越しで参加するのは安全だが、生身でないと大局を見誤るやもしれん。それに私には貴様とゼアルが居る。まるで勝ち目のない戦いなら、何もせずに引きこもっておるわ」


『……それだけじゃないよね?』


 アシュタロトの指摘を鼻で笑う。車窓から流れる景色を眺め、青々と茂る草木を見て心を落ち着かせた。

 百人余りの私兵を連れてゾロゾロと大地を踏みしめ、ペルタルク丘陵を目指す。魔族の領地ともあれば護衛にもピリッとした空気が流れる。


『全く……僕を頼るのは分かるけど他色々とさ、あまり過信しないほうが身のためじゃないかな?』


 何がとは明言しないものの、言いたいことはよく分かる。

 魔族は当然として、魔獣の脅威もある街の外は、何が起こっても全て仕方がないと諦められるほどに危険だ。先日、コンラッドキャラバンという行商人の集団が野盗に襲われ全滅。白の騎士団の派兵前にことが解決したので、それ以上の大ごとに発展はしなかったが、一歩外出すれば命の保証などどこにもないと身につまされる。


「……ふっ。私は危険を掻い潜り、国の安全を保障するに至った。自ら罠に飛び込む度胸がなければ、この世に既にイルレアンは存在していないだろう」


 それはマクマインの誇り。後世に名が残る偉業。


『飽くまでも公務であると強調するわけだ。僕には隠し事なんて出来ないよ?』


「何?貴様一体何の話をしている?」


『とぼけなくたって良いのに。顔に書いてあるよ。長年の夢の成就を生で見たいってさ』


 それを聞いたマクマインは右手で顔に触れる。咄嗟の行動がアシュタロトの言葉の裏付けになった。


「未だに体裁を取り繕おうと無意識に頑張っていたようだ……。ふふふ、協議だと?ちゃんちゃら可笑しい限りだ」


 口角がつり上がる。邪悪とも呼べる顔でアシュタロトを見据えた。


「あの時、大願成就が果たせなかった理由を考えなかった日はない。元はと言えば魔族なんぞに頼ったのが運の尽きよ。その場に私がいたなら確実に(みなごろし)を殺せていた。しかし、そうならなかったのは運命だったのだ。全てはこの時のために取っておいた運命(さだめ)。地上最強の部下に天が味方し、我が夢は現実へと昇華する」


『やって来たことは現実主義者(リアリスト)のくせに、心は夢想家(ロマンシスト)だよね。でもそれだよ。せっかくの舞台だよ?楽しまなきゃダメさ』


 アシュタロトとマクマインはお互いに笑い合う。協議という名の戦争に向けた戦略は進行中だ。


(待っているが良い(みなごろし)……そしてラルフ。今度こそ息の根を止めてやる)


 肥大した憎悪の矛先は、必ず北を指す羅針盤のようにブレはしない。

 この数日後、白の騎士団と合流し、迷うことなく目的地へと進行する。



 だだっ広い草原をひたすらに歩く集団。その名も八大地獄。


「おいロングマン。本当にターゲットの魔王は現れんのか?」


「マクマインは今のところ嘘は言っていない。信用してやろうではないか」


 テノスの軽口に何の気無しに答える。

 彼らの目的もマクマイン同様、ミーシャとラルフである。誰が最初にこの目的を達成するのか?命の争奪戦はペルタルクで始まる。



「本気か?」


 正孝はガノンを見て困り顔で質問する。


「……本気も本気だぜ」


 ガノンの目に鋼の意志を感じた正孝とアリーチェはため息をつく。


「もうゼアルさんが全部解決してくれるよ。私たちは邪魔になんないように後方支援に徹するだけだってば……」


「それはそれで傷付くな……。でも事実か。俺たちが出来んのはせいぜいが露払い。あの化け物を支援するっきゃ道はねぇ」


 二人の意見は合致している。ゼアルという規格外がいるのに、これ以上何を求めるというのか?


「私はガノン様を支持しますが?」


 そこには長年の友のように人形師(パペットマスター)ルカ=ルヴァルシンキが口を挟んだ。


「お前の出る幕かよ?相当数のドローン兵を出せても1mmも傷付けられなかったくせに……」


「泥の兵隊ではなく人形の兵隊です。それはともかくとして、あなた方の言うようにゼアル様にばかり負担を強いては必ず”漏れ”が発生します。一人で出来ることが限られる以上、人数が多いに越したことはないのですよ。もちろん、対処出来ることが前提の方々を起用する必要性がありますがね」


「一理あるよ。でもそれを魔族に頼るのは人としてどうなの?」


「……アリーチェ、手前ぇは一つ失念してる。ラルフはヒューマンだ。魔族じゃねぇ」


 つまりガノンはラルフを利用して八大地獄の撃破を狙っていた。


「……奴らには魔族最強の(みなごろし)がいる。こいつを暴れさせて、且つその敵意を八大地獄の奴らに向けさせれば難なくお陀仏だぜ。ゼアルと組むかは(はなは)だ疑問……いや、組まねぇだろうが、協力を要請して独自に動かせれば勝機はある」


「机上の空論。そんなの出来っこない」


 アリーチェは即座に否定する。そこに「やれるかもしれないですよ?」という声が聞こえて来た。目を向けると、エルフの最強兵ハンターが声を上げたようだ。


「だってラルフさんたちは優しいですからね。頼み込めば僕らの敵を攻撃してくれますよ。不義理さえ働かなければ、あちらから仕掛けてくることもないですし、味方につけられればこれほど頼れる方々もいません」


「……そういえば手前ぇはあいつらと旅したこともあるんだったか?渡りに船とはこのことだ。その繋がりを活かして協力を要請して来い。謝礼なら後でいくらでも払おう」


「それなら結婚式をあげたいので、その費用をあなた持ちでお願い出来ますか?」


 ガノンは一瞬鼻白む。でもすぐに大きく頷いた。


「……そんくれぇ安いもんだ」


 ラルフの戦力に目を付けたガノンはその力を利用し、八大地獄の討伐を考える。それぞれの思惑が錯綜する。



 ぶどう酒片手にずっとニヤニヤ笑っているのは蒼玉。

 あの時、通信機に映し出された草臥れたハットの男を反芻しながら酒を呷る。


 彼女の目的はミーシャの陥落とラルフの死。美しい顔に彩られた満面の笑みは狂気を孕んでいた。



 夢、願望、思想信条。

 全てが集結するペルタルクの地にラルフたちも向かう。


「な〜、機嫌直せって〜」


 ラルフはノックしながら部屋に引きこもるミーシャに語りかける。通信の件以降、ずっとこの調子だ。

 と言っても二、三日のこと。このくらいの期間、反抗期を迎えた子供がよくやることと変わりない。しかしながら相手は地上最強。ヘソを曲げられたままでは怖い。


「俺がまた独断で決めたことは本当に反省してる。もうやらないから頼むよ〜」


 ラルフは調子に乗ったら自分の要求を通すために言葉巧みに誘導する癖がある。今回も色々やらかしただけにミーシャの不満が爆発。部屋に閉じこもったというわけだ。


(しかも俺の部屋で……)


 ラルフのベッドを占拠しているので仕方なく大広間で寝ていた。別の部屋を使うことも考えていたが、反省の色なしと引きこもり生活を延長されるのも嫌なので、あえての大広間だ。そろそろベッドで寝たい。


「ミーシャも疲れただろ?俺を抱き枕に一緒に寝ようぜ」


「……やーだー……」


 扉越しにくぐもった声で聞こえた。反応があったことから、この方向性で牙城が崩せる。


「良いのか?もう一緒に寝てあげないぞ?もう抱き枕禁止にしちゃうぞ?」


「……」


「今出て来てくれたら、毎日一緒に寝てあげるんだけどなー……どうするー?」


 ラルフは言っててなんだが、出来れば出て来てほしくなかった。今までも生殺しの目にあってきたのにこれからずっととなると……それを考えるだけで身震いする気持ちだが、とりあえずはミーシャの機嫌取りを一番に考えないとダメだ。これから行く先のこともあるし、何より面倒くさい。

 しばらく待って返事が無いので少し浮つく。これで釣れないのは残念だが、ミーシャは成長したのだ。何より個室が出来るのが最高に嬉しい。もう一声あげようと息を吸った直後、ミーシャが顔を覗かせた。


「……毎日?」


 ラルフの顔から性欲が抜けた。仏のような悟った顔でこくりと頷く。


「うん、毎日……」


 目指す先はペルタルク丘陵。

 協議という名の決戦の火蓋が切って落とされる。

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