第三十八話 通信の顛末
くあっと大きく口を開けてゆっくりと息を吸う。眠気を帯びる欠伸はラルフの顔をくちゃくちゃにした。
ふぅっと一息つけば目の前には夜空が広がり、輝く星が瞬いて存在を示す。
お腹を満たしたラルフは夜風に当たるために、食堂から真っ直ぐベランダまで直行した。肌寒くも感じる冷たい風だったが、今はこの風が心地良い。
(俺は何をやってんだろうなぁ……)
つい数日前の出来事を思い返し、自問自答し始める。
*
大広間にて、ラルフは通信機を起動した。
十中八九、かの魔王に繋がると思って起動した機器に映し出されたのは、案の定目の覚めるような綺麗な青い瞳の女性だった。
『あなたは……』
映像の向こう側の魔族は、決して映し出されることのない存在を前に目を丸くしていた。端正な顔立ちが崩れるこの瞬間は、いつ見ても心が動く。最近は色んな奴らの驚いた顔を見てきたが、目の前の女性は別格だと思えた。ラルフはそんな考えを振り払ってハットを被りなおす。
「蒼玉、だったな?俺のことは分かるよな?……ああ、言わなくて良い。たとえ覚えてなくても関係ないからな」
言いかけた口を閉じて微笑を湛える。瞬きを二度行い、再度口を開く。
『それで?』
「うん。俺たちの要塞の真上に魔族が飛んでてな、通信機を持ってたんで起動させてみたんだよ。そしたら何とあんたに繋がったわけだ。どういうつもりで俺たちを監視してんのか聞かせてもらおうと思ってよ」
『ふふふっ、何を当たり前のことを……あなた方の戦力を思えば、国家を相手にしているのも同じ。それも大国の力を遥かに超えた古代種級。何をしでかすかも分からない方々を放っておくなど私には出来ませんよ。あなただって同じことをするでしょう?』
口元を隠して笑う仕草に気品を感じる。それとは対照に、ラルフは顎を撫でながらニヤニヤ下品に笑う。
「へへへ……そりゃそうだが、捕まった連中のことは聞かないのかい?あんたに情報を渡すために危険を承知でこそこそ嗅ぎ回ってたんだぜ?俺たちに殺されるとは思わないのか?」
『……それは交渉でしょうか?』
表情を崩すことなく淡々と質問する。
「応じないでくださいっ!!私のことは構わず……!!」
「エレノアさーん」
バリッ「ぎゃっ!!」
ウェイブが何とか声を上げたが、ラルフの一声で黙らされた。ラルフはジッと蒼玉の顔を見ていたが、全く変わらないのを確認する。
「あ、ついでにそっちのも」
バリッ
今度は呻きの一つも聞こえないが、誰が攻撃されたかはよく理解しているはずだ。
「へー、立派な上司だな。部下の死にも眉ひとつ動かさねぇなんて思いやりのある君主だこと」
『……ふっ、ハッタリですか。私に対するせっかくの手駒を手放す間抜けではないでしょう。あなたのやり方は大体理解しました。挑発はおやめなさい、無用な争いを生むだけですよ?』
「……無用な争いねぇ……そいつを持ち込んでんのはあんたじゃねぇのか?」
その指摘に目が据わる。感情を表に出さない蒼玉の不意の表情にラルフの眉がクイッと上がった。
偵察に対してのことならこの表情はしない。ウェイブと血の騎士のことだったならすぐさま何らかの処分も口にしたことだろう。
他のことで考えが錯綜して言葉に詰まったと見るのが妥当。単なる直感だが、一つだけ思い当たることがあった。押し黙る蒼玉に追い討ちを仕掛ける。
「……俺はさ、ずっと思ってたんだ。マクマインの野郎が誰と繋がってんのかってよ。ミーシャを裏切ったからイミーナが繋がってるって普通考えるけど、あの女のことを色々聞いてると杜撰なところが目立つんだよなぁ……」
『何の話を……』
「いやな?円卓会議に参加してから俺も思うことがあってよ。エレノアは裏切ってたしマクマインと繋がってたけど、十年以上前の話。他に同族を裏切りそうな魔王っつったらイミーナだろ?だけどさっきの理由でしっくりこない。あんたみたいに用意周到で隙のない魔王が、人族と繋がってるってバレないように立ち回ってなきゃダメだよな?」
『ですから、何の話を……』
「だからぁ、あんたが敵であるはずの人族と結託して何かを成そうとしてたんじゃねぇかなって。ひょっとするとイミーナを唆してミーシャを殺そうと……」
『ラルフ』
蒼玉の透き通るような声に一本の芯が通ったような鋭さを感じた。ラルフは目を細める。
『……なるほど、確かにこれは命の花を散らしたくなりますね。皆が皆「ラルフラルフと何をそんなに」と思っておりましたが、単なる無知でした。これはどうもにも頭にきます』
ニッコリと満面の笑みでラルフを見た。
「……綺麗な顔の下に野獣がいるのを感じるぜ。俺と勝負したいってんなら相手になってやっても良いが、ここにもっとキレてる奴がいるから代わるね」
ラルフの隣で通信機を睨みつけるミーシャを映像に写す。他にもチラッと見慣れた鎧の端が見える。
『これはミーシャ。お元気でしたか?』
「蒼玉……お前……」
『他の方々も先の会話を聞いていた様子。まぁ良いでしょう。隠すほどのことでもありませんし……』
ラルフは通信機を自分に向ける。
「あんたの国は確かペルタルク丘陵。美しい土地だよな……」
『攻め入りますか?』
「まぁ待て。そう慌てるな。このまま戦ったんじゃその美しい場所が消えて無くなっちまう。かと言って、どっかで示し合わせて戦うってのも違うっていうか……ここは一つ話し合うってのはどうだ?」
『……話し……合う?』
「こっちはあんたの部下がいる。そっちはイミーナがいる。人質交換ってことで休戦協定を結ぶ」
「ちょっ……ラルフ?!」
ミーシャに「まぁまぁ」と手で制す。
「ここまで何とかやってきたが、戦争なんざ本当はまっぴらなんだ。俺は平穏を望んでいる」
「妾は血を望んどルが?」
「俺な?俺は〜だからな?」
ベルフィアの茶々に即座にツッコむ。
「それで……せっかくだからマクマインの奴も呼んでくれよ。人族にも魔族にも傾倒出来ない微妙な立場だから、みんなで話し合って仲良しこよしといかねぇか?」
『……正気とは思えない提案ですが、それがお望みであるならそういたしましょう。マクマイン様も参加していただく勢力協議。時間と場所は都合を見てまた追ってご連絡させていただきます。擦り合わせて協議を開始いたしましょう』
「え?マジ?流石蒼玉!それじゃこの通信機は肌身離さず持ってっからよろしく」
ピッ
ラルフは話しが終わったと見計らって一方的に通信を切った。
その後の反発は筆舌に尽し難く。特にミーシャを宥めるのにかなりの時間を要した。




