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第三十五話 逢魔時

 真っ赤な夕焼けの空。それとは対象的な青で構成された遊女が煙管(きせる)を片手に煙を(くゆ)らせる。


 第五魔王"蒼玉"。肩と乳房の谷間までを露出させて縁側で寛いでいる。作り物のように真っ白な肌は妖艶な空気を漂わせる。侍女は団扇(うちわ)を持ってゆっくり強くなりすぎないように風を送る。


「……蒼玉様」


 侍女たちの後ろで黒子(くろこ)が跪いて現れた。侍女はキッと鋭く睨みつける。


「蒼玉様は夕涼みのお時間です。控えなさい」


 コンッとたばこ盆の上に乗る灰落としを煙管で叩く。小気味良い音を出して灰を落とした。


「それを承知で今話しかけたのでしょう。急ぎとあれば構いません、何の用でしょうか?」


「……はっ、朱槍様が御目通りを願っておいでです。応接間にてお待ちいただいています」


 蒼玉はくすくす笑って煙管を盆に置く。乱れた服を整えて縁側に座り直した。


「蒼玉様。よろしいのですか?もう少し涼まれていては……」


 侍女は朱槍を軽んじている。肩書きこそ魔王だが、主人と肩を並べられる実力にないと暗に伝えている。


「また今度ゆっくりします。そんなことより暇つぶしになりそうな話が舞い込んで来たのですよ?ふふっ楽しみではありませんか……」


 心底楽しそうな顔でにっこり笑う。それを見た侍女たちはゾッとして顔を伏せた。蒼玉が思っていることを顔に出す時は、決まって良くないことの前触れだ。

 その昔、大失態をかました部隊長に出した清々しいまでの笑顔。それを見た部隊長は許されたものだと解釈し、感謝をしていたのを思い出す。

 その後のことは筆舌に尽くし難い。部隊長の目の前で部下が蒼玉のペットである魔獣に八つ裂きにされ、ショックを受けている部隊長を跪かせて滅多やたらに切り刻んだ。

 命の火が消える直前で時間を元に戻し、また切り刻む。何度も何度も同じことを繰り返し繰り返し。時には毒を持って蝕み、蝕んでは元に戻し。飢餓に喘いで餓死しかけては元に戻し。死ぬことを絶対に許さない拷問。部隊長が「もう殺してくれ」と叫び出すのに時間はかからなかった。それから数日後、彼はようやく解放された。

 蒼玉を怒らせたら死よりも辛いことが待っている。それを知るからこそ微笑以外の顔は恐怖の対象となっていた。


 蒼玉は部下を伴って応接間までゆっくりと歩を進める。まるで何かを考えているようだ。例えば拷問方法とか?応接間までの道中、時間をかけてやってきたというのに緊張感からか早く感じたのは、この場で蒼玉に侍る部下たちの総意だ。

 黒子が真っ先に扉に立ち、ノックをする。部屋から「どうぞ」と許しがあり、扉をあけて蒼玉が止まることなく丁度入れるようにタイミングを見計らった。


「蒼玉様……」


 立ち上がって歓迎しようとする。しかし、腰が少し浮いたところで蒼玉は手を前に出して静止するように求めた。それに逆らうことなくイミーナは従って座った。


「グラジャラク数十日の統治は如何でしたか?よくも平気な顔でここに来られましたねぇイミーナ」


「……これは手厳しい」


 イミーナも笑みを浮かべてはいるが、その笑顔は何処と無くぎこちない。逃走の最中に連絡を入れた時は「逃げた方が良い」と太鼓判をもらったというのに、いざ来てみればこうして責められる。それを聞いて嬉しそうにしているのは隣に座るアトムだ。イミーナの部下の体が気に入ったのか、最近は体を入れ替えていない。

 少し重めの空気の中、蒼玉は一拍置いて口を開く。


「しかしまぁ……終わったことをくどくど言っても始まりません。それに局面は今大きく変わったのですから……」


 いつまでも頭ごなしに叱責されるかと思いきや、すぐさま切り替わったことに内心拍子抜けした。これにはアトムもイミーナ同様弾かれたように顔を上げた。


『何の話だ?』


「平たく言うと和平ですよ。先ほど忌まわしいヒューマンから連絡がありまして、協議の場を設けて欲しいと提案がありました」


「まさか……っ!?受けたのですか?!」


 ガタッと立ち上がる。蒼玉は手を上から下に下げて座るように指示する。バツが悪そうにイミーナは腰を下ろした。


「あなたがやらかしたことを思えば自明の理でしょう。相手の戦力が高すぎる故に手の施しようがありません。ここは言われるがままに協議を開くのは最早避けられぬ必然。当然あなたも参加していただきます」


「……はい」


 急激にしおらしくなるイミーナ。完全に有利に運ぶはずだった戦争は真逆の結果を産み、せめて一太刀浴びせようとした罠も無駄に終わった。おめおめと逃げて来た自分には言い訳の一つも立たない。アトムは不甲斐ないイミーナを見て呆れから鼻を鳴らす。


『ふんっ……そんなことより、ただ話し合いをするだけではつまらんだろう。ラルフを野放しにするわけにはいかんし、協議の場で一悶着あると期待して良いか?』


「流石はアトム様。読みが深いですねぇ」


 ちょっとバカにされたような言い方にムッとするアトム。蒼玉は気にせず続ける。


「私の狙いはまさにこの協議にこそあります。我々だけでは面白くありません。この協議を広く周知させ、開かれた協議にすべきだと考えております」


『ほぅ……具体的な説明を求む』


「はい、王の集いと八大地獄の介入。それだけです。至って単純な事柄ですが、一網打尽にするならこれが一番かと……」


 その答えに目を見開く。


『王の集いにどれほどの価値があるかは知らんが、八大地獄か……(いにしえ)よりの刺客を参加させるとなれば話は確かに変わってくる。だが、ラルフに関して上手いこと丸め込めるかどうか……』


「それは問題ないでしょう。マクマイン公爵からの報告によれば、ラルフを殺す代わりに情報提供を持ちかけ、了承を得たと伺っております。衝突は避けられないでしょうね」


『なるほど。奴らが勝手に戦いを放棄しない限りはそうなるわけか。そしてどさくさ紛れに攻撃を仕掛け、奴の死はより確実なものとなる。協議も悪くないものだな』


「ええ、全く。……そういえば最近面白い拾い物をしましてね。試運転がまだ出来ていないので報告には早いですが、近くお披露目の時がくることでしょう。楽しみに待っていてください」


『ほぅ……?気になるが良かろう。それでは後は座して待つのみよ』


「我がペルタルクは景色豊かな美しい土地です。是非ごゆるりと、アトム様」


 この会話ですっかり空気となったイミーナは側で聞いてこう考えた。


(……果たしてそう上手くいくかしら?)


 蒼玉を中心に行われる協議。

 マクマインとつながっているからこそ出来る二つの組織の介入。

 元はと言えばラルフが言い出しっぺ。


 協議というなの謀略が、世界を巻き込み開催される。

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