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第三十四話 多角的観点

(甘かった……)


 血の騎士(ブラッドレイ)と蒼玉の秘書ウェイブは、陸に打ち上げられた魚のように床で藻掻くしか出来なかった。

 エレノアの得意な魔法である雷への属性変化は当たれば大ダメージ、その上一定時間麻痺の効果を与える。攻撃を仕掛ける間も反撃の機会も与えられず、瞬時に無力化された。

 黒影の供回りをして百余年、黒影の主人であるエレノアの戦闘スタイルやその威力は何度か見る機会に恵まれた。彼女が強いことも理解していたし、もし万が一戦った時の対処法はここ数日イメージしてきていた。しかし不意打ちとはいえ、ここまで簡単に倒されるなど予想外。戦力分析が甘かったと言わざるを得ない。

 いや、そもそも竜胆が捕らえられた時に場所を移動しておくべきだった。そう思うと悔しくて拳を振り下ろしたいが、全て後の祭りである。


 広間に投げ入れられ、(したた)かに顔面を打ち付けたウェイブは痛みに悶絶しながらチラッと窺うように周りを見渡す。魔王やその他大勢が簡素な椅子に座り、ティーカップ片手に体ごとこちらに向けている。まるで町の安いお食事処で(たむ)ろする近所の仲良しのような空気感に困惑を隠しきれない。


「見たことのある鎧ですね」


 ブレイドはブラッドレイと戦ったことがある。その時はアルルと二人掛かりで戦って怪我こそしなかったが、かなりの腕前だったと記憶している。


「ブラッドレイと蒼玉の秘書よぉ。蒼玉は情報を集めるのに力を注いでるのかなぁ?」


 エレノアはウェイブから取り上げた通信機を机に置いた。


「へぇ……魔族も通信機を使う時代か?円卓会議には古風にも出席って形を取ってたのに……」


「それはそれで良いことがあるんだぞラルフ。公務と称して城を離れられるし、行った先の美味しいご飯や絶景を堪能出来るんだからな」


 ミーシャはふんふんっ鼻を鳴らしながら興奮気味に熱弁する。権力を全て握っていても、それを活かせなければ政治などつまらないばかりだ。だから内政はイミーナに任せっきりで、ミーシャはのほほんと退屈を持て余していた。

 黒の円卓始まって以来、裏切られるまで皆勤賞。この背景には暇つぶししかなかったようだ。


「ウェイブはこノ際置いといても、ブラッドレイはかなりノ強者と記憶しておっタが、勘違いかノぅ?」


 灰燼の記憶を辿って確認するが、灰燼も長い時の中で噂くらいは耳にしても、実際の戦闘は見ていないようだ。


「強かったですよ?この魔族」


 アルルは当時を思い出しながら指を差す。その行動が気に食わなかったブラッドレイは、身悶えながら麻痺を解こうと必死になっていた。まずはアルルを斬り、混乱しているところを逃げ去ろう。そう思っていたのに……。


 バリッ


「ぐあぁっ……!?」


 その思考が読まれたかのような追い雷撃に、またも体の自由が奪われる。せっかく大人しくしていたウェイブにも追撃が刺さり、麻痺が延長された。


「流石エレノア様ダワ。完璧ナ タイミング」

「容赦なさすぎて怖いですわね……」

「本当本当、こちら側で良かったぁ」

「まったく動けなかったらそこの性欲丸出しハットに何されるか分かったもんじゃないもの」

「それ言えてますわ」

「お茶が美味しい」


 ジュリアとデュラハン姉妹はヒソヒソと周りで観察している。ここぞとばかりに入るラルフへの不満に「風評被害だぞーっ」とツッコミが入った。


「ったく、好き勝手言いやがるぜ。しかしこれで目標は出来たな」


 エレノアが机の上に置いた通信機に手を伸ばす。それは化粧道具のコンパクトに似ていた。パカッと蓋を開けて操作するタイプで、ネックレス型の通信機より使いやすそうに見えた。


「蒼玉。こいつはかなりの曲者だぜ。こいつと仲良く出来るか、それとも倒すかしないと後々面倒になることは必至だぜ」


「……コソコソとネズミを送って高みの見物を決め込む魔王だものね。曲者は蒼玉にこそ相応しい言葉かも?」


 ティアマトは冗談交じりに呟く。ティアマトの言葉を遮るようにアンノウンが質問する。


「それじゃ今度の目的地はその蒼玉ってのが支配している地域になるのかな?」


 (くろがね)は腕組みをしながら唸る。


「うーむ、渡りに船とはこのこと。奴の真意を確かめるためにも合う必要性があるだろう。それに……」


「イミーナの件でしょ?」


 ミーシャのセリフが鉄の後のセリフにピタリと嵌る。チラッとミーシャを見ると深く頷いた。


「……えっと、そのイミーナって魔族の所在を問いただすってことでしょうか?」


 歩はアンノウンに耳打ちする。


「違うよ。この会話の流れだと、その魔族は蒼玉の元に逃げ(おお)せたってことだよ。つまり蒼玉に聞くのは裏切り者の処遇についてだと思うね、この場合」


「な、なるほど……」


 アンノウンの説明に納得する。その会話を耳に掠めたラルフは話に入った。


「その上で俺たちの側につくか、敵であるかの是非を問うのさ。何より情報を大事にする魔王だ。今の戦力の差や、戦うことの愚を思い知れば、無血開城も目じゃないぜ?というより、既にその方向で動いてるかもな」


「何じゃ?そちは何も知らんくせに一丁前に分析かえ?あんまり期待すルヨうなことを抜かすと、精神的落ち込みも一入(ひとしお)じゃぞ?双方共に話半分に留めておけ」


 ベルフィアの叱責が心にしみる。ラルフは一つ頷いた。


「……灰燼って頭良いんだな」


「あぁ?!今何つっタ?!」


「ななな、何でもない。何でもないぞぉっ!そ、そんなことより通信機を起動させてみようと思うんだけど、どうだろうか?」


 ラルフの問いにミーシャが「うん、いいと思う」と肯定的だ。周りもミーシャに賛同している。


「ふむ……とうとう得体の知れぬ魔王との接触がなるのか……」


 アスロンは感慨深く呟いた。割と最近の魔王であることは承知しているが、それ以外の情報は皆無。国の中枢で働いてきたが、彼女の情報はほとんど入ってこなかった。無理もない。彼女は戦争に顔を出さない。自身の領内に侵入してこようとした輩はその(ことごと)くが排除された。人間も魔族もその点においては平等に許しはしなかった。知ってるとしてもこのくらいが限界である。


「じゃ、今ここで起動させてみるから、確認がてら色々質問してみっか」

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