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第三十三話 束の間の休息

 (くろがね)とティアマトの話はイミーナの裏切りが大半で、さらに戦争への参加を拒否し続ける蒼玉の愚痴へと繋がった。

 二人共溜め込んでいるものがあるらしく、堰を切ったように口から流れ出る。


(これが……魔王……?)


 歩はギャップに翻弄される。鉄の姿形は厨ニ心を(くすぐ)った。全身鎧の騎士という出で立ちなのに魔王であり、十二の席がある円卓に於いて末席であるという立場。これから第一魔王への道が開けそうな設定に、歩の心の中で小説(ストーリー)が組み上がる。

 しかし口を開けば、やれイミーナが、やれ蒼玉がと女々しいの一言。現実を突き付けられたような気がしてせっかくの妄想も霧散する。

 ティアマトも何か言いたくてウズウズしていたのか、鉄の愚痴に割って入る。


「そもそも何なの?!あの女!!戦いもしない!すぐに逃げる!ドレイク様の時もきっと逃げたんだわ!そうでしょう?!」


 ヒステリーに叫び始める。机もバンバン叩き、破壊しそうな勢いだ。


「まぁ落ち着け、ミーシャを前にすれば誰でも逃げたくなるさ。それにあの時は一応イミーナも戦ってたし……」


「ならば尚のこと分からんな。今回は自治領が襲われているのだぞ?なぜ逃げた?」


「……イミーナが逃げた時に言ってた”意識外からの攻撃”。本来くるはずもない所からの攻撃に対処するのは難しい。そしてあの槍の魔法……私を殺すためならどんな手でも使ってくるのね」


「例え戦力を削いでもか?ミーシャを殺せるかも分からない罠なんて設置するだけ無駄じゃないか。それとも単に嫌がらせがしたかっただけとか?」


 ラルフは自分で質問しててイミーナの陰湿さを再確認する。卑怯、裏切りの(そし)りを受けようとも、自分の立場や命を守るためなら仲間の命などゴミも同然。

 虫唾が走るほどに酷い性格をしているというのに、ラルフは何故だか親近感が湧く。ミーシャと出会う前のことを思い出した。種族や能力に判然とした差があるものの、やってることはあまり変わらない。他人を利用し、他人を騙して甘い汁を吸う。隠れてそっと血を吸う(ひる)の如き卑屈な男だった。


 そんなラルフの思考を余所に、ブレイドがお茶を入れてやってきた。一人のお盆では一杯に使っても広間に集まる全員を(まかな)うことは出来ない。ブレイドの後ろからメラとアイリーンがお盆を持ってお茶を運ぶのを手伝っていた。


「お茶を入れてきました。良かったら一服しませんか?」


「おっ?気が利くね。ところでお茶菓子はないの?」


 アンノウンはお茶を受け取りながら冗談めかして尋ねた。ブレイドがスッと背後に目をやると、メラとアイリーンのすぐ後ろでエールーがお茶菓子を乗せたお盆を持ってきていた。


「……抜かりなしか。流石だね」


 みんなに配り終えるとブレイドはアルルの側についた。ベルフィアはティーカップの取っ手に指をかけて湯気に乗って立ち上る香りを堪能する。ただ決して飲もうとはしない。ラルフが「飲まねーの?」と聞く。


「いや何、妾には不必要なノでな……」


「そんなこと言わずに飲んだら?」


「はっ!ミーシャ様!……ブレイド ヨ、感謝すル」


 この感謝がミーシャに構ってもらったことによる感謝だと分かっているので、ブレイドは「あ、はい」と生返事で返した。

 ついさっきまで敵だった自分たちの前に置かれたお茶に、鉄は釘付けになる。ティアマトは特に気にすることなくお茶を啜った。


「どうした?鉄。ブレイドが丹精込めて作ったお茶っ葉だ。美味いぜ」


 ラルフはお茶の香りを楽しみながら口をつける。それにはティアマトも頷きながらお茶を促した。


「毒なんて入ってないわよ?そこは手放しで信用出来るの。なにせお人好しの連中だから……」


「おい、ティアマト。言い方気を付けろ」


 ラルフはティアマトを指差して注意する。ティアマトは訝しい顔で威嚇するが、ミーシャの冷ややかな顔を見て口をへの字に押し黙る。逆に鉄は口を開いた。


「不思議な奴らだな。これでよく今の世を生きてきたと感心する」


「そうか?物珍しさはあるかも知んねーな。あんたも良ければ飲んでみろよ。ティアマトの言葉じゃないが、毒なんて入ってないからよ」


 鉄は全身鎧。飲食をしようとすれば、兜を取らなければなるまい。その謎めいた素顔が露わになるかと期待していたが、鉄の飲食は予想の斜め上に行った。


 チャプ……


 お茶に指を入れた。何をしているのか見ていると、カップの中が水銀で埋め尽くされた。水銀はすぐに鉄の指先に入っていき、カップの中も空になった。


「いや、どんな飲み方だよ……」


 ラルフたちも困惑を隠しきれない。種族ごとに飲み方があって(しか)るべきだが、いくらなんでも容認しきれないものがある。


「俺にとっては普通だ。俺に毎日飲食を提供するなら、いつでも見られるようになる」


「そりゃ、いずれ慣れるのかも知んないけど、今の俺には荷が重い……」


 ラルフもお手上げの食事の仕方に思わず目を背けた。

 それぞれが束の間の一服を楽しんでいる時に、不意にエレノアが帰ってきた。


「おかえり〜」


 ミーシャやアルルは呑気に声をかける。エレノアも「ただいま〜」と上機嫌で返していた。


「それで、収穫は?」


「二匹〜。かなり上空で監視してたみたい。でもそれももう終わり。イミーナの件で役立つかもしれないよ?」


 ラルフはティアマトと鉄を交互を見る。その反応を見て一つ頷いた。


「よし、すぐに連れてきてくれ。ここで少し話をしよう」

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