第三十一話 俯瞰からの眺め
「はい、要塞に入りました。竜胆様、並びに鉄様は降伏を選んだと見えます」
遠く上空から眺める蒼玉の秘書ウェイブと血の騎士。結局戦争に参加することはせず、偵察に徹した。
傍目から見ればよく分かる。ラルフ一行の桁違いの戦力が。
第六魔王”灰燼”の居城だった空中浮遊要塞スカイ・ウォーカー。攻守ともに優れ、魔族でも侵入は難しい。それに住まうは三柱の魔王とそれを囲う上級魔族に匹敵する手練れ達。ドラゴンまで思いのままに召喚出来るのを見れば、尚のこと敵に回してはいけない相手だと、この戦争の一部始終を観測して身につまされた。
(……竜胆と鉄が奴らの手に落ちた。この上更なる戦力強化となれば、こちらの敗北は確定。魚人族の連中のように誰にも知られない場所に身を隠し、どうか見つからないでくれと懇願する以外に助かる道は無い……)
ウェイブが通信機越しにペコペコと頭を下げる。ブラッドレイの目には非常に情けなく見えた。ウェイブのこの姿こそ、今後魔族がラルフ一行に取る姿なのかも知れないと思うと吐き気を催す。
(冗談じゃない。人間なんぞに頭を下げるくらいなら死んだほうがマシだ)
拳を堅く握り、錆だらけの鉄甲がキシキシと揺すり鳴く。蒼玉との通信の最中だというのにその音が気になったのか、ウェイブはチラチラとブラッドレイの様子を見ていた。
『しかし弱りましたね……群青様も亡くなられた今、お二方の存在は欠かせませんのに……』
「……あ、えっと……竜胆様は一度、機を見計らって抜け出してきました。もし機会があれば、またこちらに着くと考えられないでしょうか?それが叶えば鉄様も……」
「……それは無い……」
ブラッドレイはボソッと呟く。一度失敗したことを二度繰り返すのは学習能力が無い。つまり今後は軽々しく出てこなくなり、必ず慎重になる。
そんなブラッドレイの見識を看破出来なかったウェイブは、不敬な呟きにキッと睨みつける形で反応した。
『ええ、残念ながらブラッドレイさんの言う通りでしょう』
ウェイブは威勢の良かった顔を一瞬で情けない困り顔に変化させる。秘書の百面相に反応することなく話を続ける。
『彼らは朱槍に対し失望していることでしょう。悲しいお話ですが、今回も朱槍は失敗して戦線を離脱。ここペルタルク丘陵に向かっていると思われます』
「な……いつの間に……」
イミーナの動向まで探っていなかったため、いつの間に逃げたのか見当もつかない。
「何故、戦線にも出られていない蒼玉様がそれを知り得たのでしょうか?理由をお聞かせ願いたい」
ブラッドレイは非難するような口調で問い詰める。蒼玉は通信機越しに肩を竦めた。
『彼女から直接連絡がありまして、今回の裏切りに関してはその時に看破しました。土壇場の裏切りだったようで、もう二度と彼女に力を貸そうなどとは思わないでしょうね。いや、それどころか、円卓の信用の失墜。私の言葉にも耳を貸してくれるかどうか……』
「……朱槍様がそう仄めかしていたと?」
『正確には「撤退を促したが、どちらも頑なに戦場に残った」とのことです。被害甚大とのことで、そこを放棄することは私からも提案しましたが、まさかお二方を置いていくとは……主君を裏切った者はどこに行こうと……また、どれだけ階級を上げようとも性格は変わらなかったということです』
全く酷い話だ。武人の身であるブラッドレイは腕を組んで押し黙る。これ以上質問が無いことを悟り、ようやく自分の番だとウェイブは口を開く。
「それで……如何いたしましょうか?」
『彼らは遠からずここを襲いに現れます。鳳凰が国の上空を飛んでいるのは不吉の前触れだったのかも知れませんねぇ』
「……不敬な、度し難い質問をお許しください。失礼極まりないのですが、彼女の首を差し出すのは如何でしょうか?」
『朱槍様の?それは確かに度し難い……愚問と言って良いでしょうね。だけどそう、状況は逼迫しています。それも考慮の内であると捉えざるを得ません。質問し辛いことをよくぞ言ってくれました。感謝します』
ウェイブは自分の意見が通ったことに喜びを覚える。久々に役に立てたと体を震わせた。そんな気色を黒塗りにするようにブラッドレイが口を開く。
「承諾しかねます。そのようなことを考えるなど言語道断。この話はまだ推測の域を出ておりません。魔族同士が結束し、強化していかなければならない現状に仲間割れは敵に勢いをつけることになりましょう。となれば、朱槍様には一度引退を表明していただき、雲隠れをしていただく。ほとぼりが冷めたところを見計らって城に帰るなりそのまま隠居するなりを決定していただくのは?」
『かなり平和的な解決法ですね。悪くはありません。こちらも考慮に入れましょう』
「ありがとうございます」
ウェイブはその光景をイライラしながら眺めていた。対抗心を燃やすかのような言葉の選び方、喧嘩を売っているのかと思いたいほどに至福の時を邪魔する。異物がここにきて調子付くのは許せない。だが代替案もないのに口を挟んでは迷惑にしかならない。ここは甘んじて受け止める。
『引き続き偵察を続行。接触不可ですが、万が一戦闘となる場合は頃合いを見計らって全力で逃げてください。偵察時、要塞の移動を感知したらすぐに伝えてください。よろしくお願いします』
基本方針は変わらないようだ。言うことを言った蒼玉はさっさと通信機を切ってしまう。通信映像越しに頭を下げて上の者を敬うウェイブ。しばらくそうしていたが、スッと頭を上げてブラッドレイに視線を移す。
「暴れたいのかも知れませんが、感情の起伏をどうにか沈めてくれませんか?」
「……至って冷静だが?」
「いや、もう良いですよ。別に……」
最近は偵察ばかりなので、ブラッドレイの気持ちが落ち窪んでいることだろう。戦いとなれば話は違うのだが……。
「では、仕事に戻りましょう」
そうはいっても選り好みできる立場でもない。視線を落として要塞を観察する。も
「何してるのぉ?」
いきなり聞こえた声にビクッと体を跳ねさせて振り返る。そこにはブレイドの母、エレノアが浮遊していた。
「エレノア様……?」
それ以上言葉が出せずに固まってしまう。この状況は最近もあった。デジャヴという奴だろう。もっともそこにいたのはエレノアではなくティアマトだったが……。
「ん?聞き取れなかったのかなぁ?もう一度言うよぉ。何してるのぉ?」




