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第二十九話 超常の協議

 空間に亀裂が入る。ガラスに衝撃を与えたような蜘蛛の巣のような亀裂は、これを作った張本人が怒りに(まみ)れ、感情のままに生み出したのだと主張する。


『……不快』


 姿なき影がポツリと言葉を発する。

 何千年と眠っていた彼女は最近起きたばかりで機嫌が悪いと見るべきか、癇癪のままに行動する性格なのだと見るべきか。


『そう焦るでない。この世界に逃げ場など存在しないのだからな』


 大広間のような広い空間に姿形のないものたちが円を描くように存在する。視覚にも映像にも映ることはないが、確かに気配だけはそこにある。


『つまり汝らの言うことはこうか?創造神アトム、豊穣神アシュタロト、死神サトリを名乗る此方(こなた)らの三が最近図に乗っているとそう言いたいのだな?』


『ああ……()らは箱庭に降りて人間に力を貸している。()らのルールに違反しているのだ』


『……獣が犠牲に』


『うむ、その件も含めて審議したいのだ』


 超常の存在たちは三体の同士を抜いて協議の場を開いていた。様々な声が唸り声を上げる中にあってふわふわした声が場内の空気を変える。


『名前がかっこいいにゃ〜。うちも名前をつけるかにゃ?』


 猫撫で声と変な語尾をつけて名前を羨ましがる。


『そう言うのは物質への感傷だと何千年も前に決着はついたはずだが?』


『古い古い。何千年も前のことを持ち出して今を腐すのは流行に乗れてない証拠にゃ。もうあの時の名前なんて忘れたんにゃから新しいのをつけるべきにゃ』


『話の根幹でもないことを持ち出して議論を乱すな。貴様の悪い癖だぞ』


『そんな言わなくたって良いじゃにゃい!そんなこと言うにゃら名前が無いと、誰に話しかけてるか分かんないにゃ!ここは素直に受け入れるべきにゃ!』


 今度は別の場所で癇癪を起こす。加熱しそうな名前論争で余計に時間を食うと感じた同士の一は『良いんじゃ無いでしょうか?』と一言声を上げた。


『こうして議論をすべく集まったと言うのに、喋った相手の反論にノータイムで割り込むのは難しいでしょう。名前を使用すればそのような考えは不要。でしたら名前をつけましょう。いや、つけるべきです』


『あはっ!さっすが分かってるにゃ〜』


『……面倒だが、一理ある。では言い出しっぺから名乗るが良い』


 その問いに唸り声を上げる。だが割と早くに決まったようで、嬉しそうに名を名乗る。


『うちの名はアルテミス!月の女神アルテミスだにゃ!』


『なるほど。獣の如き荒々しさは()に相応しい』


『どう言う意味にゃ!?』


 アルテミスの問いに答えることなく『次』と流す。


『では、私はエレクトラで』


『次を頂くぞ。我が名はユピテル』


『イリアとお呼びください』


『バルカンでどうだ?』


『良いんじゃ無いかにゃ?』


 だいたい出揃ったところで計ったように言葉を発する。


()はネレイドと名乗ろう』


『……ミネルバ』


『良い名前が揃ったにゃ。うちは満足にゃ』


『そうか、これでようやく本題に移れるな』


 本題。箱庭の様子、現存する守護獣(ガーディアン)の数と敗北の記録、暴れている連中の素性など。


『箱庭はだいぶ様変わりしたと見える。魔族が入り込んで幾星霜、対抗するための知恵を絞り出してよくやってこれたと人類を褒めねばなるまい。誰ぞ人類は五百年ほどで滅ぶと言っておったが、予想は外れたようだな』


『ユピテルとアトムだにゃ。あ、バルカンも(ほの)めかしてたにゃ』


『何を言う。貴様の方こそ滅ぶ論調だったでは無いか。自分だけ逃げようとは卑怯では無いか?』


『忘れたにゃ〜、随分と昔のことにゃし』


『ふふっ……それにしては他の者のことはよく覚えているな。随分と都合の良いことで』


『他者のセリフの方が良く記憶に残るものにゃ。うちは忘れたにゃ』


『そんなことより守護獣(ガーディアン)が死んでいることを議論すべきだ。人類はおろか、魔族にも対抗出来ぬように我らが手ずから強化したのに負けるとは由々しき事態』


『左様。神の権威の失墜にも繋がりかねん。新しく作り直してはどうか?』


『そう簡単に改善出来れば苦労はありませんよね。あれだけ強化した存在ですし、やられた時を想定していませんでした。ただ、やられたからにはどうにかする必要があるでしょうね』


 メガネの位置を頻繁に調整するような真面目な声で問いかける。


『想定出来なかったと言うよりは過信であるな。間抜けな話よ』


『それを成したのは俗に第二魔王と呼ばれていた魔族の一体だ。やはり魔族は脅威そのもの』


『……干渉する?』


『そうはいかんよ。一度干渉すれば、どうなるかは火を見るより明らかだ』


『既に三つの同士が参戦している。此方の意見も干渉を押す』


『私は反対よ。それより、守護獣に代わる何かを創造すべきでは?』


『必要ないにゃ、既に八大地獄が動いてる。うちらの傑作集に手を出したことをたっぷり後悔させて……』


『……一人やられた』


 ミネルバの言葉に一同驚愕の空気を孕む。


『まさか……あの異世界人共も苦戦を強いられると言うのか?』


『武器まで与えたというのに、何という体たらく!』


 信じられないという言葉が飛び交う中にあって、ネレイドが口を開く。


『ジニオンを滅ぼしたのは白の騎士団最強の男”魔断のゼアル”。箱庭生まれ箱庭育ち。それにしては破格の才能だと言わざるを得ない。さらに同士の助けがあったとも聞く。場所を変えていなければアシュタロトの降り立ったイルレアン国出身の武人。アシュタロトの介入があったと()は見ている』


『……濃厚』


 ネレイドとミネルバの意見は一致している。


『だが良いこともあった。藤堂 源之助を阿鼻地獄に取り込むことに成功した。先ずは安泰』


『ああ、不可解な連中に目を瞑ればな……』


 一拍置いてイリアが話し出す。


『ラルフ一行。ここ半年の間に凄まじい勢いで戦果を上げる新興チーム』


『八大地獄に倒すように命令を下した。そう遠くない未来に不届き者らは沈黙しているだろう』


『そうなる前に一つご相談が……』


 その言葉に視線がネレイドに向くのを感じた。深呼吸をするように一拍置いてから話し出す。


『実は彼らからジニオンの復活を頼まれたのだ。あれは大焦熱地獄の適合者。遊ばせておくのはもったいなし』


『うむ、であるなら考慮に入れよう。下に降りた同士には罰が必要と考えるが如何に?』


 八大地獄の件も合わせて賛成の声が響く。

 世界は動く。ラルフたちの死を求めて。

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