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第二十七話 グラジャラクの栄光

「応戦しろっ!!」


 戦士(ウォリアー)デーモンは(くろがね)不在の戦場で指揮をとっていた。ただ彼はどちらかというと前衛で戦うタイプであり、後方で指示を出す指揮官タイプではない。戦術という点での実力は乏しい。

 とはいえ魔族は生まれながらの強者。魔族の中で種族的には弱くても、人間と比べればやはり強い。術理とは弱者が強者に対して用いる”最高で勝利、最悪でも引き分けに持ち込める戦法”のことだ。つまり文字通りであるならば、魔族が人間に対して使用することなどあり得ない。彼らには不要なものであることは想像に難くない。

 魔王が敵に回るまでは。


「コチラノ攻撃ガ通用シナイ!」

「無理ダ勝テナイ!!」


 泣き言が戦火に混じる。当然だろう。ベルフィアが手を振れば周りに居た魔族は真っ二つになり、エレノアが走れば魔族は真っ黒に焦げる。自分以外の兵士が目の前でどんどん死ねば泣きたくもなる。この魔王のペアは背中を見せる魔族にも容赦なく攻撃を仕掛ける。敗走すら許さない徹底した虐殺に、震え上がって命乞いする魔族も現れる。

 ベルフィアの前で跪けば血を抜かれ、エレノアの前で跪けば雷撃で炭になる。逃げることも跪くことすら許されない。


「フハハ、全員死ね。命乞いなら聞かんでもない。聞くだけじゃがノぅ!」


 魔力の板を薄く、とにかく薄く引き伸ばし、魔力の斬撃に昇華させたこの技は第六魔王”灰燼”の得意技だった。ベルフィアが取り込んでからはすっかり彼女の得意技となった。


「はぁい、順番に並んでぇ。せめて苦しむことなく殺してあげるからぁ」


 電気が体の周りを走る。第一魔王”黒雲”の娘である彼女は黒雲亡き後の次代の魔王候補であった。亡き父に反旗を翻し、暗殺に成功。美味しいところを持っていった彼女だが、実力は本物であり、みんな太刀打ち出来ていない。あっという間に雷撃で炭化する。


「魔王とは……これほどの……」


 魔族は上級、中級、下級に分類される。上級は次代の魔王候補。中級は将軍や幹部クラスであり、最低でも部隊長レベル。下級はそれ以外であり、一般兵等になる。上級の上に魔王が座り、全てを掌握するのだが、本当に何もかもが桁違い。

 上級魔族と持て囃されていた知り合いの強さが霞む。何が次代の魔王候補か。ただのピエロではないか。

 魔王とは選ばれし者が到達する極地。鉄が二対一でほぼ互角の戦いをしていたのが印象的だった。魔王は魔王でしか相手にならない。今城にお連れした鉄を除き、もう一人魔王が存在するはずだが……。


「朱槍様……貴女は……っ!」


 結局一度も戦場に降りてこなかった。グラジャラクの貴族が先頭に立って指揮をとっていたが、朱槍ご自慢の巨大槍が返されてからがケチの付けどころだ。これなら魔障壁の中でじっと機を伺い、何もしない臆病者と罵られていた方がマシだった。今更何を考えようと後の祭り。

 と、そこにフヨフヨと緊張感の欠片もなく、上空から人影が降りてきた。

 金髪の長い髪に金色の瞳に縦長の瞳孔。浅黒い肌と長い耳が特徴的なこの女性は……。


「……(みなごろし)……?ははっ……終わった」


 生きることを諦めた時、生き物は敵の前で目を瞑る。死を確信した時、せめて苦しまずに死ねるように祈る。言葉を介さない魔獣も気持ちは同じだ。首や腹、それぞれの急所を差し出し「一思いに殺してくれ」。

 ミーシャはそんな意を介するほど聡くない。しかし邪魔となれば話は別。手に溜めた魔力の塊は太い胴回りを持つビームへと姿を変え、下々の魔族を焼き払う。抵抗に意味などない。彼女を前にすればどんな権威ある存在も、どれだけ矮小な存在でも同じ死なのだから。

 上官の代わりを務め、逃げることなく踏み留まった戦士(ウォリアー)デーモン。彼もまた、ミーシャの放つ光に包まれ、消えて無くなった。



 フヨフヨと浮かんでいたミーシャはその場に降り立つ。グラジャラクの地。イミーナに取られてから一度たりとも足を踏み入れられなくて、この日ようやく帰郷したことになる。


「ミーシャ様。お見事で御座いましタ」


「ああ、ベルフィア。エレノアもご苦労」


「ふふ、ありがとぅ」


 軽い労いの挨拶を済ませて三人が肩を並べて立つ。


「イミーナは?」


「出て来ずです」


「だろうな、ティアマトもこの中にいる。さっき逃して城に入られた」


「へぇ、珍しい。仕留めきれなかったってことぉ?」


「えっ?いや、その……」


「やめヨ エレノア、妾達とて鉄を逃してしもうタノを忘れタか?」


「何?鉄も来ていたのか。ってことは……」


「そうねぇ、この中に三柱の魔王がいることになるわねぇ」


 三人は城を眺める。下の部下は消し炭にした。まだ城内部にも魔族がごった返しているのだろうか?下が綺麗になったのを見越して戦いの続行か逃げるかの選択を迫られているに違いない。それとも、城内部に罠を張り巡らせ、今か今かと敵の侵入を待っているのか?考え出したらキリがない。


「……う〜ん……面倒臭い。もういいや」


 ミーシャは手に魔力を溜め始める。


「ミーシャ様?まさか城ごと……」


「うん、面倒臭いもん」


 ミーシャは脳筋である。


「大雑把ぁ。自分のお城に愛着も何もないのぉ?」


「ん?これはもう私の城じゃないよ。イミーナの城だもん」


 一度は取り返そうとした城をあっさり捨てようとする。来るもの拒まず去る者追わず。自分のものでなくなったら破壊も厭わない。これだけ巨大な建造物を破壊するのは骨がいる作業だが、ことミーシャに限っては時間など不要。

 パッとやってボンッ。これで山を消した経緯がある。


「それに私には帰る場所があるからね、この城に未練はないよ。気の済むままに思いっきりやる。早く終わらせなきゃいけないし」


 魔族界きっての戦力最強の国はこの日を持って幕を閉じる。それもこの国を治めていた魔王によって。

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